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【17章・沈黙を切り裂いて/祷SIDE】
『17-1・禊焔』
しおりを挟む「穿焔―うがちほむら―!」
私がぶっ放した炎の塊が、大型ゾンビへと直撃した。その衝撃に大型ゾンビはよろめき、飛び散った炎の欠片が明瀬ちゃんの周囲へ散る。ホームセンター裏手の搬入用駐車場。そのフェンスを乗り越え、そして飛び降りた私は、地面にしゃがみ込んだ明瀬ちゃんまでの数メートルを駆ける。明瀬ちゃんの目の前に立つ大型ゾンビへと向けて、再度炎の塊を撃ち出した。
「詠唱省略! 穿焔―うがちほむら―!」
杖を振りかざす。杖の先から燃え盛る炎の塊を飛ばし、それは大型ゾンビの胴体へと直撃する。炎弾の連打でよろめいて隙が出来る、そして注意が明瀬ちゃんから此方へと向いた。私の後ろを遅れて付いてきた加賀野さんに、ゾンビの群れの方を任せると叫ぶ。私は明瀬ちゃんと大型ゾンビの方へと向かう。
大型ゾンビが此方を向く。その人相には覚えがあった。
姿は大きく変わっているものの、人の顔付きというのはそこまで変化するものではない。また、急激に筋肉等が増加しているものの、基本的には全て肉体の強化に充てられている。その点によって、頭部の変化があまりないことは納得がいく。いや、そんな事よりも。
明瀬ちゃんを傷付けようとしたこと以外どうでも良かった。
「葉山ぁっ!」
杖の先で炎が踊る。振り回す杖に追従して、炎が付いてくる。空中を燃やす炎が、私の呪文一言で撃ち出される。炎の塊が轟と唸りを上げて葉山の胴体を焼いた。よろめき後退った内に、私は明瀬ちゃんの傍に駆け寄る。
明瀬ちゃんの腕を取って抱き起すと、顔を上げた彼女の表情が明るくなって。そして突然にも眼から大粒の涙を溢す。
「祷!?」
「明瀬ちゃん、下がってて!」
咄嗟に明瀬ちゃんの肩を突き飛ばして、私は身を屈めて地を蹴った。振り下ろされた葉山の腕が、私が直前まで居た場所を砕き穿つ。勢いよく跳び込んで地面に転がりそれを躱すと、私は至近距離であることも厭わず、穿焔をぶっ放す。炎が直撃した衝撃が跳ね返って来て、私はそれに身体を押し込まれ体勢を崩す。その場でステップを踏んで立て直す。
通常のゾンビと違い炎をぶつけて吹き飛ばす事が出来ない。直撃でよろめきはするものの、倒れすらしない。身体を焼きつくすしか、他に手はない。
葉山が振り下ろした腕が鈍く空を切る。その太い腕が一瞬で、目で追い切れない程に、私の眼前を掠める。一撃が重たく速い。当たれば即死も大いに在り得る。素手でコンクリートの地面を穿つ人間離れした攻撃。咄嗟に身を屈めた私の頭上をそれが掠める度に、私の中で精神が研ぎ澄まされていくのが分かった。
身を翻して彼の足元でステップを踏む。手の中で杖を回す。杖の先で生成した炎が追従して、炎が踊る。一撃を躱し、その勢いを殺さぬまま全身を使って杖を振り抜く。炎の塊を勢いよく撃ち出してそれを打ち当てる。
炎の直撃に構わず拳が飛んでくる。地面を蹴って跳び退いて、杖を振り抜く。露出した心臓に炎をぶつけても、効いている気配はなく。
「詠唱省略! 猛焔―さかりほむら―!」
杖を振り下ろす。私と彼の間、その数メートルの間に火柱を立てる。燃やし尽くしながら進む火柱が直撃し、盛る炎の中にその人影が見えた。それが揺らめいて、一瞬大きくなって。炎の渦中を抜けて彼が突き進んでくる。
「此処で消す、明瀬ちゃんを傷付けるやつは全部、此処で!」
杖が熱に耐えられなくなるのも厭わず、私は炎の塊を生成し続ける。炎が大気を焼き、熱気が肺を圧迫する。撃ち出した炎が直撃と同時にその身が弾け飛び、火の粉がマントの上で跳ねて私の肌を焼く。杖が熱を持ち手の平を焦がす。
それでも尚、幾多の炎弾が、最早名前さえ告げぬ穿つ焔が、次々に散っては盛り灼熱を巻き起こす。炎に身を焼かれたその巨躯が黒く焦げ爛れても、しかしそれでも尚進んでくる。鈍い風切り音が、その音が衝撃波となる程に、重たい一撃。
視界の端を掠めていくそれが、スロウ・モーションに瞳に映って。一瞬を掻い潜ってその懐へと跳び込む。死の恐怖か、怒りの昂りか、神経が研ぎ澄まされて自分の身体が驚く程軽い。こんなに機敏にも動けたことなど無かった。
意識よりも思考よりも先に、反射神経によって身体が最適解で動く。振り下ろされる腕の動き、その予備動作、私へ向けられる視線。その全てが察知でき、まるでその先が予知出来ているようで。
けれど、それでも、まだ届かないというのなら。
穿焔を葉山の顔へと打ち当てて、その隙に数歩分一気に退く。
「灰塵全て銀に染め、万象墜ちゆく煉獄の槍。狭間の時に於いて祷の名に返せ」
魔女は自らに暗示をかけてきた。自らの保全や保身の為にでもあったが、魔法というものに制限をかけることが、ひいては魔女全体の為になってきたからだった。
暗示というものを作り出すにあたって魔女は、それを解除する為の手段として呪文と杖を用いた。呪文はその身の暗示を解き、杖は呪文が無くともそれを成す為の手段だった。
けれども、杖を用いても尚、呪文を要求する魔法がある。それだけ強固に暗示をかけるのは、ひとえにその魔法が慎重な取り扱いを必要とするからだった。
そしてその類の中で最も危険な魔法。知り得ても、それを使う時が来ようなど思ってもいなかったもの。
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