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【8章・闇夜に沈め/祷SIDE】
『8-3・崩壊』
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私達はパンデミック発生から2回目の夜を迎えた。自動で点灯した街灯を頼りに窓の外を見ると、やはりゾンビ達は、昨夜と同じ様に一か所に密集している。夜間は活動が休止するという推察は当たっているのかもしれない。となれば、昨日の様に、その群れから外れたゾンビ数体と遭遇するだけで済む。
明瀬ちゃんが、ゾンビの活動休止と密集には彼等の体温が関連している可能性について考え込んでいた。下がった気温に対応するために密集しているのかも、との事だった。そういう映画があるの、と私が聞くと明瀬ちゃんは曖昧な返事をした。
「気を付けてね、二人とも」
「ヤバそうなら、直ぐ逃げてきますよ」
昨夜話した予定の通り小野間君と葉山君が探索に出ることになった。私の心配を余所に、小野間君は気楽そうに笑って返す。戦力的に私が行くべきだと思う反面、私も付いていけば明瀬ちゃんと佳東さんだけを教室に残すことになる。かと言って、魔法の事を明かさずに小野間君と交代するわけにもいかないだろう。少なくとも、この中では小野間君が最も腕力がある。急にやる気を出した葉山君を留めるのもあまり良くない様に思える。
3階非常階段から2階へと降り、鍵を開けておいた非常扉を使って職員室へ進入する。職員室の校舎内側の扉には内側から鍵を閉めており、またゾンビの昇降能力からして非常階段を昇ってくる事は難しい筈だった。故に、職員室までのルートは安全が保障されている。
職員室から校舎内に戻る事で安全に2階廊下に行くことが出来る。そこから2階の教室の探索に行くと言っていた。私は教室内に、ゾンビの群れが密集している可能性があると二人に伝えておいた。矢野ちゃんの犠牲によって得た、貴重な情報であった。
二人が教室を出ていき、その後直ぐに、非常口の重たいドアを開く金属の軋む音が聞こえた。
私は教室の隅で虚空を見つめている佳東さんの横に座る。先程、少し見えた彼女の包帯が気になっていた。
「佳東さん、平気?」
「……はい、みんな、もう死ぬから」
「そういうこと言っちゃダメだよ。絶対、私達は助かる」
「私いじめられてたんです」
佳東さんが突然そう言って。私は返事に詰まる。
彼女の腕に巻いてあった包帯は無くなっていた。その手首には、真新しい一筋の切り傷があることに気が付いた。刃物で切った跡の様に見える。リストカットらしき切り傷の様に思えたが、その一本だけであった。自傷癖、の傷のイメージとは少々違う。刃物で真っ直ぐに切り込みを入れた様な。
「……でも、突然、みんな死んで。……だから、私……嬉しくて。いつも……みんな、死ねば、良いのにって、世界が終わっちゃえば、いいのにって思ってたから」
「佳東さん……?」
「でも、これでみんな死ぬんです」
「佳東ちゃん、あのね。私にも」
突然、怒鳴り声が聞こえてきた。下の階から聞こえてきたのだと気が付く。小野間君と葉山君の声だった。弾かれるように頭を上げた私と明瀬ちゃんが顔を見合わせて、佳東さんが小さく笑い声を漏らした。
廊下から非常扉が荒々しく開いた音が響く。乱暴な足音が鳴って、私は咄嗟に床から立ち上がった。嫌な予感がして、私は咄嗟に教室の隅へに置いてあった竹刀袋を投げ捨てる。中に仕舞ってあるは、私の魔女の道具。
「祷!?」
明瀬ちゃんが、私が抜いた杖を見て驚く。
魔女の杖。
その名に反して、そこまでアンティークめいた代物ではない。魔女の技術と同様に、略式を繰り返されてきた伝統は、工業品製品となっている。長さ約100cmのチタン製の杖。その金属質の素材を隠すように、耐熱塗料によって暗い木目調に仕上げている。塗装によって重たく見えるが、幼少期から扱ってこれるよう見た目に反して軽く出来ている。
杖頭には炎を模した装飾が供え付けてあり、その下にはグリップが巻いてあった。
鞄からは黒に近い紫色のマントと、つばの広い三角帽子を取り出す。マントを羽織り帽子を目深に被る。杖と衣装を装着した魔女の姿。
「その格好は……」
教室の前のバリケ-ドを崩しながら、小野間君と葉山君が倒れ込むようにして教室に飛び込んで来た。予定よりも早く、そして騒々しい帰還となった二人の姿に明瀬ちゃんが驚いた声を出す。小野間君の制服には赤い血が跳ね返っていた。
「何があったのさ!?」
「職員室に大量にゾンビがいたんだよ! 職員室の入り口のドアが開いてやがった!」
小野間君がそう怒鳴り返した。私の嫌な予感がより悪い形で当たっていて、滲んでいた脂汗が冷や汗に変わる。
職員室の入り口ドアが開いている、と小野間君は言った。そんな筈がない。昨日、確かに私は鍵を締めた。それは間違いない。職員室のドアは、鍵が閉まっている限り廊下側からは簡単には開かない筈だった。ゾンビによってドアが破られていたのではなく、開いていたと言った。
そして葉山君と小野間君が出発するまで、誰も職員室には出入りしていない。それどころか、非常扉を開けてもいない。
「その傷は何だ!? 噛まれてる!」
葉山君がそう怒鳴った。見ると、小野間の腕には血の付いた歯形が残っていた。明らかに噛み跡で、それは深く考えるまでもなくゾンビによるもので。葉山君がズボンのポケットの中から折り畳み式のナイフを出した。隠し持っていたらしい。銀色の刃が窓から差し込む月明りを反射して、明瀬ちゃんが息を呑む。
葉山君が手にしたナイフを小野間君へと突き立てようとした。咄嗟に小野間君が怒鳴る。
「止めろ! まだ発症するか分かんねぇんだろ!」
「危険因子は排除すべきだ!」
二人のやり取りに明瀬ちゃんが割って入ろうとしたので、私は咄嗟にその手首を強く掴んで引き寄せる。二人のやり取りから私は距離を取ろうと明瀬ちゃんを引いていく。
「……噛まれた奴は……直ぐ殺せって、言ってた……」
佳東さんが静かにそう言った。今まで彼女から聞いたことのない様な冷たい声で。
「佳東、てめぇ! 知ってんだぞ、校庭から逃げる時にお前が噛まれてたの! 隠してるけど、お前だって足を噛まれてたじゃねぇか!」
明瀬ちゃんが、ゾンビの活動休止と密集には彼等の体温が関連している可能性について考え込んでいた。下がった気温に対応するために密集しているのかも、との事だった。そういう映画があるの、と私が聞くと明瀬ちゃんは曖昧な返事をした。
「気を付けてね、二人とも」
「ヤバそうなら、直ぐ逃げてきますよ」
昨夜話した予定の通り小野間君と葉山君が探索に出ることになった。私の心配を余所に、小野間君は気楽そうに笑って返す。戦力的に私が行くべきだと思う反面、私も付いていけば明瀬ちゃんと佳東さんだけを教室に残すことになる。かと言って、魔法の事を明かさずに小野間君と交代するわけにもいかないだろう。少なくとも、この中では小野間君が最も腕力がある。急にやる気を出した葉山君を留めるのもあまり良くない様に思える。
3階非常階段から2階へと降り、鍵を開けておいた非常扉を使って職員室へ進入する。職員室の校舎内側の扉には内側から鍵を閉めており、またゾンビの昇降能力からして非常階段を昇ってくる事は難しい筈だった。故に、職員室までのルートは安全が保障されている。
職員室から校舎内に戻る事で安全に2階廊下に行くことが出来る。そこから2階の教室の探索に行くと言っていた。私は教室内に、ゾンビの群れが密集している可能性があると二人に伝えておいた。矢野ちゃんの犠牲によって得た、貴重な情報であった。
二人が教室を出ていき、その後直ぐに、非常口の重たいドアを開く金属の軋む音が聞こえた。
私は教室の隅で虚空を見つめている佳東さんの横に座る。先程、少し見えた彼女の包帯が気になっていた。
「佳東さん、平気?」
「……はい、みんな、もう死ぬから」
「そういうこと言っちゃダメだよ。絶対、私達は助かる」
「私いじめられてたんです」
佳東さんが突然そう言って。私は返事に詰まる。
彼女の腕に巻いてあった包帯は無くなっていた。その手首には、真新しい一筋の切り傷があることに気が付いた。刃物で切った跡の様に見える。リストカットらしき切り傷の様に思えたが、その一本だけであった。自傷癖、の傷のイメージとは少々違う。刃物で真っ直ぐに切り込みを入れた様な。
「……でも、突然、みんな死んで。……だから、私……嬉しくて。いつも……みんな、死ねば、良いのにって、世界が終わっちゃえば、いいのにって思ってたから」
「佳東さん……?」
「でも、これでみんな死ぬんです」
「佳東ちゃん、あのね。私にも」
突然、怒鳴り声が聞こえてきた。下の階から聞こえてきたのだと気が付く。小野間君と葉山君の声だった。弾かれるように頭を上げた私と明瀬ちゃんが顔を見合わせて、佳東さんが小さく笑い声を漏らした。
廊下から非常扉が荒々しく開いた音が響く。乱暴な足音が鳴って、私は咄嗟に床から立ち上がった。嫌な予感がして、私は咄嗟に教室の隅へに置いてあった竹刀袋を投げ捨てる。中に仕舞ってあるは、私の魔女の道具。
「祷!?」
明瀬ちゃんが、私が抜いた杖を見て驚く。
魔女の杖。
その名に反して、そこまでアンティークめいた代物ではない。魔女の技術と同様に、略式を繰り返されてきた伝統は、工業品製品となっている。長さ約100cmのチタン製の杖。その金属質の素材を隠すように、耐熱塗料によって暗い木目調に仕上げている。塗装によって重たく見えるが、幼少期から扱ってこれるよう見た目に反して軽く出来ている。
杖頭には炎を模した装飾が供え付けてあり、その下にはグリップが巻いてあった。
鞄からは黒に近い紫色のマントと、つばの広い三角帽子を取り出す。マントを羽織り帽子を目深に被る。杖と衣装を装着した魔女の姿。
「その格好は……」
教室の前のバリケ-ドを崩しながら、小野間君と葉山君が倒れ込むようにして教室に飛び込んで来た。予定よりも早く、そして騒々しい帰還となった二人の姿に明瀬ちゃんが驚いた声を出す。小野間君の制服には赤い血が跳ね返っていた。
「何があったのさ!?」
「職員室に大量にゾンビがいたんだよ! 職員室の入り口のドアが開いてやがった!」
小野間君がそう怒鳴り返した。私の嫌な予感がより悪い形で当たっていて、滲んでいた脂汗が冷や汗に変わる。
職員室の入り口ドアが開いている、と小野間君は言った。そんな筈がない。昨日、確かに私は鍵を締めた。それは間違いない。職員室のドアは、鍵が閉まっている限り廊下側からは簡単には開かない筈だった。ゾンビによってドアが破られていたのではなく、開いていたと言った。
そして葉山君と小野間君が出発するまで、誰も職員室には出入りしていない。それどころか、非常扉を開けてもいない。
「その傷は何だ!? 噛まれてる!」
葉山君がそう怒鳴った。見ると、小野間の腕には血の付いた歯形が残っていた。明らかに噛み跡で、それは深く考えるまでもなくゾンビによるもので。葉山君がズボンのポケットの中から折り畳み式のナイフを出した。隠し持っていたらしい。銀色の刃が窓から差し込む月明りを反射して、明瀬ちゃんが息を呑む。
葉山君が手にしたナイフを小野間君へと突き立てようとした。咄嗟に小野間君が怒鳴る。
「止めろ! まだ発症するか分かんねぇんだろ!」
「危険因子は排除すべきだ!」
二人のやり取りに明瀬ちゃんが割って入ろうとしたので、私は咄嗟にその手首を強く掴んで引き寄せる。二人のやり取りから私は距離を取ろうと明瀬ちゃんを引いていく。
「……噛まれた奴は……直ぐ殺せって、言ってた……」
佳東さんが静かにそう言った。今まで彼女から聞いたことのない様な冷たい声で。
「佳東、てめぇ! 知ってんだぞ、校庭から逃げる時にお前が噛まれてたの! 隠してるけど、お前だって足を噛まれてたじゃねぇか!」
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