二度目の人生は魔王の嫁

七海あとり

文字の大きさ
上 下
37 / 44

魔族

しおりを挟む
腕を捕まれた騎士は、恐怖に満ちて、蒼く強張った顔をしていた。

「ま、魔族」

震えた声で騎士は言葉を発した。
それを皮切りに、群衆もざわつき始める。

「今の光は一体」
「魔族だ」
「何で魔族がここに」

突然姿を現した魔族に、群衆は動揺を隠せない。
目の前の魔族は、掴んでいた騎士の腕を離した。すると騎士は腰を抜かせたように尻餅をついた。


「...ジキル、なのか?」

カルミアが戦々恐々と尋ねると、魔族はゆっくりと振り返った。
どくん、と心臓を鷲掴みにされたようにカルミアの心臓が高鳴る。

ーー墨を垂らしたような濡羽色の髪は、まっすぐ顎下まで伸びている。
鮮血を彷彿とさせる赤瞳。透き通るような白い肌。すっと通った高い鼻筋。ほんのり精悍さを纏った薄い唇。

見る者全てを惹き付ける容姿だ。完璧に配置された顔立ちは、冷淡さすら感じられる。

カルミアの問いに、目の前の魔族がコクリと頷いた。ーーやはりジキルだった。

「今までの姿は一体」
「この姿だと人間はうるさいからな。魔物に姿を変えていた」
「...そう、だったのか」

国交を断絶して長い月日が経ってるというのに、人間の魔族への偏見が今だ強い。群衆の反応を見ても一目瞭然だ。
確かに今の姿のままでは何かと不便だろう。

「カルミア」

ジキルは、ギルバートを指差した。
ギルバートは無表情だった。けれどその目は確かに憎悪がこもってるように感じた。

「あの男とはどういう関係だ?」
「...どういう関係と言われましても」

ギルバートとの関係性を問われて、カルミアは思い悩んだ。

なんと言えばいいのだろう。
一国の王と側室?
.....いや、まだ側室に迎えられてなかったな。
じゃあ妾、かな?


(ギルバートと僕は確かに想いが通じあっていた関係性だった。でも今もそうかと問われるとそれは違うように思える)

ーーピッタリと来る言葉が見つからない。


「カルミアが鎖で繋がれていたのは、あいつの仕業か?」
「....そうだね」

ジキルはふっと鼻で笑った。そしてギルバートに聞こえるように、大声で放つ。

「男の執着心程醜いものはないな!!」

ギルバートのこめかみがピクリと動いた。

「お前に何が分かる」

ゾッとするほど冷たい声だ。

「あともう少しでカルミアは完全に俺の物になるはずだった。壊れた人形のように意志がなくなって、俺から永遠に離れなくなるはずだった。なのにお前のせいで」
「...俺のせいじゃないさ。全部はこいつの意思だ」

ジキルはカルミアを横目で盗み見た。
全て見通されてるようなような気がするのは何故だろう。

「壊れた人形なぞ面白くも何ともない。そんな事も分からないなんて、可哀想な奴だな」
「黙れ!!」
「ーーカルミアはお前には勿体ない」

ジキルは天高く腕をあげた。親指と中指を擦り、パチリと音を鳴らす。
その刹那、息が出来ない程の強い風が渦を巻き、カルミア達を取り巻いた。
背後でターニャがスカートを押さえながら、甲高い悲鳴を上げる。


「カルミア!!!!」

ギルバートがバルコニーから降りようと、手すりに足をかけた。カルミアを追いかけようとしているのだろう。しかしいくらギルバートでも、あの高さから落ちたら一溜りもない。
真っ青になったカルミアは、ギルバートに向かって叫んでいた。

「止めてくれギルバート!!」

ギルバートの動きがピタリと止まる。

「.....ギルが大切にしないといけないのは、僕じゃない。ディアとその子供だ」

ギルバートは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。まるで欲しいオモチャが手にはいらない子供のようだ。仮にも大国の王が、なんていう顔をしてるんだよ、とカルミアは思った。

「お別れだよ、ギルバート」

ギルバートの顔がくしゃりと歪む。

「転移するぞ」

ジキルの声を端緒に、カルミア達を取り巻く強風はさらに威力をあげる。

身体中を覆う強烈な浮遊感。
それと同時にぐにゃりと歪曲する視界。


ーーやがて強風は竜巻へと変わり、カルミア達の姿を完全に消し去った。






ざわざわと雑然たる声が波のように広がる。
カルミア達の姿が消えても尚、どよめきが消えることはなかった。

バルコニーに佇んでいたギルバートは、憎々しげな表情で、拳を握りしめた。

「許さない、魔族っっ!!」

「絶対取り返してやる」と呟いたギルバートの声はいくつものざわめきの中に虚しく沈む。
クローディアはその様子を悲しそうに眺めていた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームのサポートメガネキャラに転生しました

西楓
BL
乙女ゲームのサポートキャラとして転生した俺は、ヒロインと攻略対象を無事くっつけることが出来るだろうか。どうやらヒロインの様子が違うような。距離の近いヒロインに徐々に不信感を抱く攻略対象。何故か攻略対象が接近してきて… ほのほのです。 ※有難いことに別サイトでその後の話をご希望されました(嬉しい😆)ので追加いたしました。

ミリしら作品の悪役令息に転生した。BL作品なんて聞いてない!

宵のうさぎ
BL
 転生したけど、オタク御用達の青い店でポスターか店頭販促動画か何かで見たことがあるだけのミリしら作品の世界だった。  記憶が確かならば、ポスターの立ち位置からしてたぶん自分は悪役キャラっぽい。  内容は全然知らないけど、死んだりするのも嫌なので目立たないように生きていたのに、パーティーでなぜか断罪が始まった。  え、ここBL作品の世界なの!?  もしかしたら続けるかも  続いたら、原作受け(スパダリ/ソフトヤンデレ)×原作悪役(主人公)です  BL習作なのであたたかい目で見てください

囚われた元王は逃げ出せない

スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた そうあの日までは 忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに なんで俺にこんな事を 「国王でないならもう俺のものだ」 「僕をあなたの側にずっといさせて」 「君のいない人生は生きられない」 「私の国の王妃にならないか」 いやいや、みんな何いってんの?

次期当主に激重執着される俺

柴原 狂
BL
「いいかジーク、何度も言うが──今夜も絶対に街へ降りるな。兄ちゃんとの約束だ」 主人公ジークは、兄にいつもそう教えられてきた。そんなある日、兄の忘れ物を見つけたジークは、届けなければと思い、迷ったのち外へ出てみることにした。そこで、ある男とぶつかってしまう。 「コイツを王宮へ連れて帰れ。今すぐに」 次期当主に捕まったジーク。果たして彼はどうなるのか。 溺愛ヤンデレ攻め×ツンデレ受けです ぜひ読んで見てください…!

いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな? そして今日も何故かオレの服が脱げそうです? そんなある日、義弟の親友と出会って…。

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

処理中です...