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離宮の長い回廊を抜けて、外に繰り出す。
正門の両脇で常に警備に当たっている騎士達は、祭りの警備に出計らっているのか、不在のようだった。
絶対に逃げ出すことは不可能だと思っていたのこの離宮から、こうも簡単に離れる日が来ようとは誰が予想しただろう。
ケット・シーは短い手足でグングン先に進む。
ーーまるでこれから向かう先は王宮の裏門で、それが何処にあるか知ってるかのようだった。
カルミアは活気ある空気の中、人波をかき分け、無我夢中で走った。
祭りで人も多いお陰か。それともシーツで満月のような美が隠れてるお陰か。誰もカルミア達を気に留める者はいなかった。
二人と一匹は、庭園の裏道を抜けて、王宮の建物に入った。そしてエントランスホールを抜けて中庭に足を踏み入れた。
そんな時だった。これまで軽やかだった二人の足が止まったのは。
「待って、息が、苦しい」
カルミアはゼーゼーと聞くに耐えない呼吸音を肺から出しながら、肩を大きく上下させた。
「わ、私も。体力の、限界です。広すぎますわ」
ターニャもペタリとその場にしゃがみこみ、カルミアと同じ荒い呼吸を繰り返した。
何百メートルとある距離を休まず走ったのだ。疲れが蓄積しても、おかしくはない。
ケット・シーも二人の足が止まったのに気づいて自ずと足を止めた。『脆弱だな、人間は』とでも言わんばかりの、じっとりとした視線を二人に向ける。
「お前は、凄いな。こんなに、走っても、息一つあげない、なんて」
『人間とは作りが違うからな』
カルミアは、何度も深呼吸を繰り返した。しばらくしてようやく乱れた息が整う。
「なぁ、ケット・シー....」
といいかけて、カルミアは口ををつぐんだ。
そういえば名前を聞いてなかった。ケットシー呼びも中々に言いづらい。
「....名前なんていうんだ?」
カルミアが尋ねるとケットシーは何か考え込むようにしっぽをパタパタと動かした。
『...ふむ。本来"この姿"で名を告げるのは、ご法度なんだがな」
どうやら魔物の世界にもルールというものがあるらしい。
「教えてくれよ。僕を伴侶にしてくれるんだろ?伴侶が名前くらい知らなかったらおかしいと思うけど」
ケットシーは、何か考え込むように黙りこんだ。
「......駄目か?」
「......」
長い間を置いて、ケット・シーは重たい口を開いた。
『ーージキル。ジキル・ユーフォルビア』
「ジ、キル」
何処かで聞いた名前だ、とカルミアは思った。けれどそれが、何時何処でだったか。
糸を手繰るように、記憶を辿ってみても、ぼんやりとぼやけて掴み所がない。
(まぁ、いいか)
カルミアは早々に記憶を呼び起こす事を諦めた。もしかしたらただの勘違いかも知れないと思ったからだ。
「なぁ、ジキル」
カルミアはジキルに目線を合わせるようにしゃがみ、柔らかそうなその頭を撫でた。
ふわりとした柔らかい毛の感触が走る。
ジキルは気持ちいいのか、瞳を細めて、くるくると喉を鳴らした。
「なんであの時、僕の足枷は外れたんだ?」
『簡単なことだ。魔術を使った』
「魔術?」
魔物が魔術を使える事にカルミアは驚いた。
しかし喋る魔物だ。普通の魔物と違うのだから、魔力を持っていてもなんら不思議ではないのかもしれない。
「よく魔術なんて使えたな。アーダルベルトしかり、人間の国は魔術が使えないようになってるって聞いたけど」
それは、本で見た知識だった。
大昔から資源と領土を求めて、魔国と争いを繰り広げた人間の国々は、魔力を持つ魔族が領土に攻め入らないように、神に祈りを捧げ、大々的に魔力封じを行ったらしい。魔族が人間の土地に足を踏み入れたものなら、たちまち魔力を失い、魔術は使えなくなると、本には書いてあった。
『確かに魔力封じはされているが、あれくらいの事は俺にとって大層ない。赤子の手をひねるようなものだ』
魔力封じでも抑えられない程、ジキルの魔力はとてつもなく膨大なものなのかも知れない。もしそうだとしたら、今の姿は本当の姿なのだろうか?もしかしたら、仮の姿なんじゃないだろうか。なんとなくカルミアそう思った。
「...そっか。ありがとうな。おかげで外に出られた」
カルミアが礼を述べると、ジキルはぱちぱちと瞳を瞬かせた。
礼を言われるとは思ってもいなかったのだろう。
『礼を言われる事は何もしてない』
「したさ。僕を外に連れ出してくれた」
おかげで、この王宮から、ギルバートから、逃げ出すことが出来る。
ありがとう、ともう一度礼を述べるカルミア。
『.....あのままでは、俺の国に連れていけないからな』
ジキルはただそれだけ溢すと、まるで照れ隠しのように背中を向けた。
漆黒の毛並みに覆われ、その皮膚は見えないが、何処と無くほんのり赤く熱を持っているような気がした。
カルミアはそんなジキルが無性に愛おしくなり、はにかみながらくしゃくしゃに頭を撫でた。
「カルミア様大丈夫かしら。」
ジキルの声が聞こえないターニャは、カルミアが独り言を言ってるように見えるのだろう。ついにおかしくなっちゃったのかしらとでも言いたげな表情で、カルミアを見守っていた事をカルミアは知らない。
正門の両脇で常に警備に当たっている騎士達は、祭りの警備に出計らっているのか、不在のようだった。
絶対に逃げ出すことは不可能だと思っていたのこの離宮から、こうも簡単に離れる日が来ようとは誰が予想しただろう。
ケット・シーは短い手足でグングン先に進む。
ーーまるでこれから向かう先は王宮の裏門で、それが何処にあるか知ってるかのようだった。
カルミアは活気ある空気の中、人波をかき分け、無我夢中で走った。
祭りで人も多いお陰か。それともシーツで満月のような美が隠れてるお陰か。誰もカルミア達を気に留める者はいなかった。
二人と一匹は、庭園の裏道を抜けて、王宮の建物に入った。そしてエントランスホールを抜けて中庭に足を踏み入れた。
そんな時だった。これまで軽やかだった二人の足が止まったのは。
「待って、息が、苦しい」
カルミアはゼーゼーと聞くに耐えない呼吸音を肺から出しながら、肩を大きく上下させた。
「わ、私も。体力の、限界です。広すぎますわ」
ターニャもペタリとその場にしゃがみこみ、カルミアと同じ荒い呼吸を繰り返した。
何百メートルとある距離を休まず走ったのだ。疲れが蓄積しても、おかしくはない。
ケット・シーも二人の足が止まったのに気づいて自ずと足を止めた。『脆弱だな、人間は』とでも言わんばかりの、じっとりとした視線を二人に向ける。
「お前は、凄いな。こんなに、走っても、息一つあげない、なんて」
『人間とは作りが違うからな』
カルミアは、何度も深呼吸を繰り返した。しばらくしてようやく乱れた息が整う。
「なぁ、ケット・シー....」
といいかけて、カルミアは口ををつぐんだ。
そういえば名前を聞いてなかった。ケットシー呼びも中々に言いづらい。
「....名前なんていうんだ?」
カルミアが尋ねるとケットシーは何か考え込むようにしっぽをパタパタと動かした。
『...ふむ。本来"この姿"で名を告げるのは、ご法度なんだがな」
どうやら魔物の世界にもルールというものがあるらしい。
「教えてくれよ。僕を伴侶にしてくれるんだろ?伴侶が名前くらい知らなかったらおかしいと思うけど」
ケットシーは、何か考え込むように黙りこんだ。
「......駄目か?」
「......」
長い間を置いて、ケット・シーは重たい口を開いた。
『ーージキル。ジキル・ユーフォルビア』
「ジ、キル」
何処かで聞いた名前だ、とカルミアは思った。けれどそれが、何時何処でだったか。
糸を手繰るように、記憶を辿ってみても、ぼんやりとぼやけて掴み所がない。
(まぁ、いいか)
カルミアは早々に記憶を呼び起こす事を諦めた。もしかしたらただの勘違いかも知れないと思ったからだ。
「なぁ、ジキル」
カルミアはジキルに目線を合わせるようにしゃがみ、柔らかそうなその頭を撫でた。
ふわりとした柔らかい毛の感触が走る。
ジキルは気持ちいいのか、瞳を細めて、くるくると喉を鳴らした。
「なんであの時、僕の足枷は外れたんだ?」
『簡単なことだ。魔術を使った』
「魔術?」
魔物が魔術を使える事にカルミアは驚いた。
しかし喋る魔物だ。普通の魔物と違うのだから、魔力を持っていてもなんら不思議ではないのかもしれない。
「よく魔術なんて使えたな。アーダルベルトしかり、人間の国は魔術が使えないようになってるって聞いたけど」
それは、本で見た知識だった。
大昔から資源と領土を求めて、魔国と争いを繰り広げた人間の国々は、魔力を持つ魔族が領土に攻め入らないように、神に祈りを捧げ、大々的に魔力封じを行ったらしい。魔族が人間の土地に足を踏み入れたものなら、たちまち魔力を失い、魔術は使えなくなると、本には書いてあった。
『確かに魔力封じはされているが、あれくらいの事は俺にとって大層ない。赤子の手をひねるようなものだ』
魔力封じでも抑えられない程、ジキルの魔力はとてつもなく膨大なものなのかも知れない。もしそうだとしたら、今の姿は本当の姿なのだろうか?もしかしたら、仮の姿なんじゃないだろうか。なんとなくカルミアそう思った。
「...そっか。ありがとうな。おかげで外に出られた」
カルミアが礼を述べると、ジキルはぱちぱちと瞳を瞬かせた。
礼を言われるとは思ってもいなかったのだろう。
『礼を言われる事は何もしてない』
「したさ。僕を外に連れ出してくれた」
おかげで、この王宮から、ギルバートから、逃げ出すことが出来る。
ありがとう、ともう一度礼を述べるカルミア。
『.....あのままでは、俺の国に連れていけないからな』
ジキルはただそれだけ溢すと、まるで照れ隠しのように背中を向けた。
漆黒の毛並みに覆われ、その皮膚は見えないが、何処と無くほんのり赤く熱を持っているような気がした。
カルミアはそんなジキルが無性に愛おしくなり、はにかみながらくしゃくしゃに頭を撫でた。
「カルミア様大丈夫かしら。」
ジキルの声が聞こえないターニャは、カルミアが独り言を言ってるように見えるのだろう。ついにおかしくなっちゃったのかしらとでも言いたげな表情で、カルミアを見守っていた事をカルミアは知らない。
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