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上手くいかない
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ギルバートが部屋に訪れたのは、茜色の空が夕闇色の空に変わり始めた頃だった。
紫色を帯びた空に、頼りない星が浮かんでいる。雲の隙間から覗くうっすらとした夕月。今夜はどうやら半月のようだ。仄暗い闇に沈んでいる庭園は、鈴を転がしたような虫の音色がする。
カルミアとギルバートは、建物の片蔭のような暗がりの部屋の中にいた。テーブルに向かい合い、何やら真剣に話し合っている。
ターニャは組み立てられた梯子の天板の上でマッチを擦り、火を灯した。暗闇にゆらゆらと浮かぶ小さな炎を、彼女はシャンデリアの蝋燭に近づけた。シャンデリアの全ての蝋燭に引火し終わると、目に優しい橙色の光が部屋中を包み込む。
カルミアはテーブルに置かれたミルク入りの珈琲に視線を落とした。今にも泣き出しそうな表情が、ぐにゃりと濁った水面に映し出されていた。
「ーー駄目と言ったら駄目だ」
ギルバートは純白のカップをソーサーに置いて、カルミアに向けた視線を鋭くさせた。
「なんでだよ」
「クロエは信用ならない。俺からカルミアを奪い取る可能性がある。そんな奴を君の傍に置いておけない」
「クロエは絶対にそんな事しない!!僕もギルから永遠に離れないと誓う。だからお願いだ。クロエの追放令を解いてよ」
「...ほんとカルミアはさぁ。何も分かってないよね」
ギルバートは呆れたように溜息を吐いた。
「人はコロコロと意思が変わる生き物なんだよ。カルミアだって何かのきっかけがあれば、火が移るように気持ちが揺らぐだろうね。俺はその発端はクロエだと思っている。そんな危険な火種を君の側に置いておく事は出来ない。君が何と言おうとこれは決定事項だ」
「…なんでそんなに強情なんだよ!クロエが火種に成りうると言うのなら、ターニャはどうなんだよ!そんな事を言ったら、僕の傍にいる人間は全員火種とやらになるだろ!」
「ターニャはならないよ。幼い頃から魔族の子供と言うだけで差別されてきたクロエとは違って、ターニャは男爵の位のある家に生まれたお嬢様だ。性格も明るくて社交的。おそらく幼い頃から存分に可愛がられてきただろうね」
ギルバートはソーサーの上に置いてあった角砂糖の包みを剥いて、珈琲の中に入れた。ポチャンと水が跳ねる音がする。
「.....クロエは、君と出会って随分と救われただろうね。もしカルミアが俺から離れたいと思う日がやってきたら、自分の命を投げ捨ててでもクロエはその鎖を解くだろう。クロエにとって、君は全てだから。……とにかく追放令は撤回しない。分かってくれるよね?カルミアは賢いから」
「...分からない。僕は自己満足の道具じゃない。僕を鎖で繋いで、クロエを遠ざけて。その上、監視用の機械なんて置いて。ただギルは、自分勝手な欲望を僕に押し付けているだけだ。僕の事なんて何も考えてくれていない」
「愛しているが故だよ」
「何が愛してるだよ。そんな独りよがりな愛は愛と言わないだろ!ギルなんて嫌いだ。大嫌いだ」
「困ったな。俺は好きだよ、狂おしいくらい」
ギルバートは愛おしむように目を細めた。笑っているのに、笑っていないと感じるのは何故だろう。背筋が凍りつくくらいの狂気が瞳の奥に潜んでいるように感じた。
ギルバートはキャビネットの上に置いてある鳥型の機械をちらりと見て、再び視線をカルミアに戻した。
「贈り物は気に入らなかった?カルミアに喜んで貰えると思ったんだけど」
「....それ、本気で言ってる?」
カルミアは怒りで体を震わせた。
「今以上に自由を束縛されて僕が喜ぶとでも!?鎖を付けられて、監視までされて。これじゃあまるで本物の罪人だろ!ターニャが教えてくれなかったら何も知らずにこの先も監視されていた!!」
「嫌なら布でもかけておけばいいだろ」
「そういう問題じゃない!!」
出せる限りの大声を出し尽くしたカルミアは、肩で息を繰り返した。視界がくるくると回り、気分が悪くなる。酸欠にでもなったのだろうか。
ギルバートに悟られないように、俯く。
(ごめんね、クロエ。僕が無力なばかりに)
膝の上に置いた手を、カルミアは強く握り締めた。
瞳の奥がじんわりと熱くなる。カルミアは堪えるように唇を噛みしめた。
十分な富も権力もないせいで、城外の世界にカルミアを連れ出す事が出来ない、と自分を責め立てていたクロエ。きっと今の僕の気持ちは、あの時のクロエの気持ちと同じだ。
ーークロエのこれからの未来を奪った僕は、君にどうやって償えばいいんだろう。
紫色を帯びた空に、頼りない星が浮かんでいる。雲の隙間から覗くうっすらとした夕月。今夜はどうやら半月のようだ。仄暗い闇に沈んでいる庭園は、鈴を転がしたような虫の音色がする。
カルミアとギルバートは、建物の片蔭のような暗がりの部屋の中にいた。テーブルに向かい合い、何やら真剣に話し合っている。
ターニャは組み立てられた梯子の天板の上でマッチを擦り、火を灯した。暗闇にゆらゆらと浮かぶ小さな炎を、彼女はシャンデリアの蝋燭に近づけた。シャンデリアの全ての蝋燭に引火し終わると、目に優しい橙色の光が部屋中を包み込む。
カルミアはテーブルに置かれたミルク入りの珈琲に視線を落とした。今にも泣き出しそうな表情が、ぐにゃりと濁った水面に映し出されていた。
「ーー駄目と言ったら駄目だ」
ギルバートは純白のカップをソーサーに置いて、カルミアに向けた視線を鋭くさせた。
「なんでだよ」
「クロエは信用ならない。俺からカルミアを奪い取る可能性がある。そんな奴を君の傍に置いておけない」
「クロエは絶対にそんな事しない!!僕もギルから永遠に離れないと誓う。だからお願いだ。クロエの追放令を解いてよ」
「...ほんとカルミアはさぁ。何も分かってないよね」
ギルバートは呆れたように溜息を吐いた。
「人はコロコロと意思が変わる生き物なんだよ。カルミアだって何かのきっかけがあれば、火が移るように気持ちが揺らぐだろうね。俺はその発端はクロエだと思っている。そんな危険な火種を君の側に置いておく事は出来ない。君が何と言おうとこれは決定事項だ」
「…なんでそんなに強情なんだよ!クロエが火種に成りうると言うのなら、ターニャはどうなんだよ!そんな事を言ったら、僕の傍にいる人間は全員火種とやらになるだろ!」
「ターニャはならないよ。幼い頃から魔族の子供と言うだけで差別されてきたクロエとは違って、ターニャは男爵の位のある家に生まれたお嬢様だ。性格も明るくて社交的。おそらく幼い頃から存分に可愛がられてきただろうね」
ギルバートはソーサーの上に置いてあった角砂糖の包みを剥いて、珈琲の中に入れた。ポチャンと水が跳ねる音がする。
「.....クロエは、君と出会って随分と救われただろうね。もしカルミアが俺から離れたいと思う日がやってきたら、自分の命を投げ捨ててでもクロエはその鎖を解くだろう。クロエにとって、君は全てだから。……とにかく追放令は撤回しない。分かってくれるよね?カルミアは賢いから」
「...分からない。僕は自己満足の道具じゃない。僕を鎖で繋いで、クロエを遠ざけて。その上、監視用の機械なんて置いて。ただギルは、自分勝手な欲望を僕に押し付けているだけだ。僕の事なんて何も考えてくれていない」
「愛しているが故だよ」
「何が愛してるだよ。そんな独りよがりな愛は愛と言わないだろ!ギルなんて嫌いだ。大嫌いだ」
「困ったな。俺は好きだよ、狂おしいくらい」
ギルバートは愛おしむように目を細めた。笑っているのに、笑っていないと感じるのは何故だろう。背筋が凍りつくくらいの狂気が瞳の奥に潜んでいるように感じた。
ギルバートはキャビネットの上に置いてある鳥型の機械をちらりと見て、再び視線をカルミアに戻した。
「贈り物は気に入らなかった?カルミアに喜んで貰えると思ったんだけど」
「....それ、本気で言ってる?」
カルミアは怒りで体を震わせた。
「今以上に自由を束縛されて僕が喜ぶとでも!?鎖を付けられて、監視までされて。これじゃあまるで本物の罪人だろ!ターニャが教えてくれなかったら何も知らずにこの先も監視されていた!!」
「嫌なら布でもかけておけばいいだろ」
「そういう問題じゃない!!」
出せる限りの大声を出し尽くしたカルミアは、肩で息を繰り返した。視界がくるくると回り、気分が悪くなる。酸欠にでもなったのだろうか。
ギルバートに悟られないように、俯く。
(ごめんね、クロエ。僕が無力なばかりに)
膝の上に置いた手を、カルミアは強く握り締めた。
瞳の奥がじんわりと熱くなる。カルミアは堪えるように唇を噛みしめた。
十分な富も権力もないせいで、城外の世界にカルミアを連れ出す事が出来ない、と自分を責め立てていたクロエ。きっと今の僕の気持ちは、あの時のクロエの気持ちと同じだ。
ーークロエのこれからの未来を奪った僕は、君にどうやって償えばいいんだろう。
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