上 下
127 / 135
勇者と聖剣

第127話 大迷宮攻略④

しおりを挟む
 
「マサキ。あんたそれ本気で言ってるの?」

 マサキさんの生き返れないんですか発言を聞いて、セレンさんの雰囲気が一変。

 おもわず背筋がピン!っと伸びてしまうぐらいシリアスな雰囲気を漂わせながら、セレンさんは真剣な表情で真意を確かめるようにジッとマサキさんを見つめた。

「え? いやだって……。そうじゃないとおかしいじゃないですか!? 死んだら終わり? そんなんでどうやって魔王と戦えっていうんですか!?」

「おかしい? 魔王だって死ねば終わりなのに、なにがそんなにおかしいの?」

「それは……」

「だいたい私からしてみたら生き返ることができるって話のほうがよっぽど不条理だわ」

「不条理?」

「だってそうでしょ? 至る経緯はどうあれ死は種族、思想関係なく平等に訪れるものよ。じゃあそのバランスが崩れたら? 一体どうなると思う?」

「どうなるって……。死なずに済むならそれに越したことはないんじゃないですか? 誰だって死にたくはないですよね?」

「マサキ。それじゃ答えになってないわ。……確かに誰だって死にたくはない。生き返ってほしい……。もう一度会いたい……。そういう想いを抱えてる人はたくさんいるでしょうね」

 どこか寂しげな瞳でそう語るセレンさんの言葉には、不思議と説得力があった。そう。まるで実際に見て体感してきたかのようなそんな言葉の重み……。もしかしたらセレンさんは私が想像もできないほど多くの死を目の当たりにしてきたのかもしれない。

「……でもね、マサキ。生き返ることができるようになったら世界は今より確実に乱れるわ」

「乱れないですよ!!」

「どうして? なにを根拠にそんなことが言えるの? 生き返るのが善人だけとは限らないのに」

「うっ! それは……」

 セレンさんの言ってることはもっともだ。もし生き返る方法が確立されれば生き返るのが善人だけとは限らない。どんな条件で生き返れるのかにもよるけど、この世界の秩序が乱れるのは確実だろう。

 まぁ、マサキさんはそこまで考えて言ってるわけじゃないんだろうけど……。

 いやぁー、それにしてもこの話一体いつまで続くんだろ? 正直、物凄く気まずいんだけど……。

 マサキさんが未だにゲーム感覚だったことにも驚いたけど、セレンさんのこの豹変ぶりにはビックリだよ。よほどマサキさんの反応が癇に障ったのか。それとも何か思うところがあるのか。……とりあえず今私にできることはたった一つだ。

 頑張れ勇者!! 私のことはぜ~ったいに巻き込まないでねっ!!


 私がそんなことを考えていると、口ごもるマサキさんを見てセレンさんが呆れたように溜息をついた。

「それともマサキ達のいた世界では死んだ人間を生き返らす方法があったの?」

「…………」

 マサキさんは無言で首を横に振りうつむいた。

「そっ。じゃあマサキ達の世界も私達の世界も同じじゃない。今更何を怖がってるの?」

「……ッ! 同じなんかじゃない!!」

 不安や恐怖。そういった感情を吐き出すかのようにマサキさんは声を荒げた。

「俺は今まで命のやり取りどころか喧嘩だって1度もしたことがなかったんだッ!! なのに突然こんな世界に召喚されて……。挙げ句の果てには命をかけて戦え? ふざけるなッ!! そんなのまともな神経をもってたらできるわけないじゃないか!!」

「「……」」

 マサキさんの話を無言で聞いていたマリーちゃんとシィーがスッと顔をこちらに向けてきた。

(なぜそこで私を見る!? 私は十分まともでしょ!?)

「どうして俺なんかを召喚したんだよ!? 他にもっと。俺なんかよりもっと強い人が沢山いたのに……」

「マサキ……」

「んー、そんなに嫌ならもう勇者辞めちゃいますぅ?」

「「えっ?」」

 あっけらかんとした様子でふたりにそう提案したのはイザベラさんだ。

 イザベラさんの提案が意外だったのかマサキさんとセレンさんはポカーンとした表情でイザベラさんを見つめている。

「だって嫌ならもう無理に戦う必要なんてないじゃないですかぁ~? チカさんがいれば『勇者』は量産できるんですよぉ?」

(うん。それはそう。そうなんだけどね……。イザベラさんはあれかな? マサキさんにトドメを刺そうとしてるのかな? マサキさんが今にも泣きだしそうなんだけど……)

「あっ! 私は別にマサキが嫌いでこんなことを言ってるわけじゃないんですよぉ? でもそんなに怖いなら無理する必要なんてないと思うんです。マサキが言ってることも分かりますし……。だからマサキがしたいように生きればいいと思いますよぉ?」

「俺がしたいように……?」

「はい! もちろんマサキが一緒に戦ってくれるって言うなら、私は一生懸命マサキを守りますよぉ~! マサキのこと嫌いなわけじゃないですからね! どちらかというと好きかも? セレンさんも同じ気持ちですよね?」

「え? え、えぇ。そうね。……いまの心構えはどうかと思うけど。私もマサキが頑張るって言うなら、戦士としての心構えができるまで見守っててあげてもいいと思ってるわ」

「もぉ~! セレンさんはホント素直じゃないですねぇ~! 素直に成長するまで守ってあげるって言えばいいじゃないですかぁ~!」

「べ、別にいいでしょ! 言ってることは同じじゃない!」

「セレンは昔から素直じゃないんだぜぇー! ホントはマサキのことが心配でしょうがないくせに」

「ちょっと! ウィル!! 余計なこと言わないで!!」

「セレンさん……。イザベラさん……」

 どうやらイザベラさんはマサキさんにトドメを刺そうとしてたわけじゃなかったらしい。マサキさんも私と一緒で仲間に恵まれたってことか。良かったね! マサキさん!

「……ふたりともありがとうございます。俺……。もう少しだけ頑張ってみようと思います。チカさん達も待たせてしまってすいません」

「ん。気にしないで? 怖くて当たり前。私だって死ぬのは怖い。一緒に頑張ろ?」

「マリーさんの言う通りです。私にも似たような経験があるのでマサキさんの気持ちは痛いほどよく分かります……。一緒に頑張りましょう! 強くなれるように。憧れに追いつけるように!」

 アージェさんはガルーダの時のことを言ってるのかな? 確かにあの頃のアージェさんはどこか今のマサキさんと雰囲気が似てたような気がする。

「マリーさん。アージェさん……。ありがとうございます。一緒に頑張りましょう!」

「……私は別に帰っても良かったんだけどなぁ~」

「はぅ。私もご主人様の意見に激しく同意します……。もう帰りたぃ……」

 マロンさんは私の意見に同意するように頷くと、蚊の鳴くような声でポツリと呟いた。

 良かった。マロンさんは私と同じ気持ちだったみたい。私はうつむくマロンさんの頭をソッと撫でた。

 そんな私たちを見てマサキさんが愛想笑いを浮かべる。

「あはは……。チカさんはホントブレないですね。でもよく生き返れないと分かっててブルードラゴンに挑戦できましたね? 怖くなかったんですか?」

「んー。はじめてじゃなかったからね。それにあの時はメリィちゃんの安否と、前を走ってたマリーちゃんに追いつこうと必死だったから。そんなこと考えてる余裕もなかったかなぁー」

「ふ~ん? そういうもんですかね? 俺からしてみたらそれって、死の恐怖を克服してるってことじゃないのかなぁー、なんて思っちゃいますけどね。……だいたい道中で考えなかったんですか? 怖いーとか。死んじゃうかもしれないーとか」

「……そういえばあまり考えてなかったかも」

 言われてみればそうだ。どうして今まで考えなかったんだろ?

 私だってマサキさんと同じように元の世界で普通に生きてきた。普通に義務教育を終えて、普通に高校、大学をでて……。

 少なくとも命のやり取りなんかとは無縁の普通の生活を送ってきた。

 そりゃゲームでならたくさんのMOBを倒してきたよ? でもそれはあくまでゲームの中での話であって、現実と混合するほど私だって馬鹿じゃない。

 ……じゃあどうして?


 ──初めて魔物と戦った時は恐怖は全くと言っていいほど感じなかった。あの時はまだゲーム感覚が抜けてなかったんだと思う。

 けどガルーダの時はそうじゃないよね? 恐怖はあった。明らかに格上の相手だったし、そんなのが2匹もいた。怖いと思うのは当たり前だ。

 ……けど戦意を失うほどじゃなかった。

 よく考えたらそれっておかしくない? どうして私はガルーダを見て戦意を失わずにいられたんだろ。ううん。そもそも街のあの惨状を見てどうして私はマイちゃんのお母さんや、マリーちゃん、メリィちゃんの安否を心配するほど冷静でいられたんだろ? 必死だったから? ……本当にそれだけ? 


 私が無言で考え込んでいると、シィーが私とマサキさんの間に入り、人差し指を立てて得意げな顔で左右に振った。

「チッチッチ。お前はまだチカのことをまったく分かってないみたいなの」

「というと?」

「チカはいつだって深く考えたりしねぇの!! 思いたったらすぐ行動! 怖いとか死んじゃうかもしれないなんて、そんな余計なこと考えてるわけねぇの!!」

「……はい?」

 私が呆気にとられていると、アージェさんが目を輝かせながら「余念を持たないその姿勢。さすがチカさんです!!」とか言い始めた。

 いやいや。確かに考えてなかったよ? 考えてなかったけどさ……。シィーの言い方はなんか違くない!? それじゃまるで私が考える前に行動しちゃうダメな子みたいじゃん!! 

「思いたったら即行動……? それってなにも考えてないだけなんじゃ……?」

 セレンさんはポツリとそう呟くと、私の視線に気付いたのか。私の方を見て一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、申し訳なさそうに視線を落とした。

「いや考えてましたけど!? ちょっとシィーッ!! 誤解を招くような言い方するのやめてよ!」

「むっ。私は本当のことを言っただけなの! だいたいチカがよ~く考えて行動したとこなんて今まで見たことねぇの!」

「いやあるでしょ!? ねっ、マリーちゃん!」

 私はマリーちゃんに視線を送る。

 私と目が合ったマリーちゃんは、困惑の表情を浮かべた。

「……ごめん。私も見たことないかも?」

「あれれ~ッ!?」

 えっ!? あるよね!? なんかふたりを納得させるようなエピソードってなかったけ!? んんっー!!

 ガルーダと戦ったときは……。あー。メリィちゃんとマリーちゃんの姿を見て即決しちゃったか。あ、あれ? じゃあ大迷宮にいるメリィちゃんを助けに行く時はどうだったけ? ……そうだ。マリーちゃんの涙にやられて即決したんだった。王都の牢屋に閉じ込められたときは……。うん。考えずに脱走してメリィちゃんに怒られたっけ……。

 ……あれ? ないか……も? 

 えっ? じゃあ今まで私が戦意を失ったりしなかったのは、深く考えずに即行動しちゃってたからってこと!? 

「ぷっ! あはははは!! 思いたったら即行動! いいですねそれ! 俺もチカさんを見習って即行動を心がけてみようと思います」

「ふふっ、それもいいかもしれないわね」

「ですねぇ~! 考えるのは私とセレンさんに任せちゃってください! さあっ!! じゃあちゃっちゃとブラックドラゴンを倒しちゃいましょ~!」

 イザベラさんはそう言うと、BOSSの部屋へと続く扉を勢いよく開けた。

 若干複雑な心境でBOSSの部屋に入ると、いままでと同様に眩い光を放ちながら、部屋の中央に大きな魔法陣が描かれていく。

「ブラックドラゴンは強敵です! みんな油断しないようにしてください! チカさんとアージェさんは俺と一緒に前に来てください!」

「ウィル! みんなに補助魔法を!」

「了解だぜぇーっ!」

「アージェさん!! ブラックドラゴンが出てきたら、俺と一緒に即光魔法をぶち込んでやりましょう!!」

「ふふふっ! 任せてくださいマサキさん!! 思いっきりぶち込んでやりますとも!」

 みんな気合い十分。マサキさんも扉の前で見せた弱々しい姿がまるで嘘だったかのように、精悍な顔つきで部屋の中央を見つめている。

 ピーンと空気が張り詰めていく中、光の中から姿を現したのは。


 ──宝箱だった。


 それも金の装飾が施されたちょっとだけ豪華な宝箱だ。苦労の末に手に入れたものならきっとみんな感動したに違いない。

「「「「…………」」」」」

 しばしの無言。
 
 なんとも言えない気まずい空気が漂う中、示し合わしたかのようにみんな一斉にスッ…と私の方へ顔を向けた。

「だからどうして私を見るの!?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

幼馴染みを寝取られた無能ですが、実は最強でした

一本橋
ファンタジー
「ごめん、他に好きな人が出来た」 婚約していた幼馴染みに突然、そう言い渡されてしまった。 その相手は日頃から少年を虐めている騎士爵の嫡男だった。 そんな時、従者と名乗る美少女が現れ、少年が公爵家の嫡男である事を明かされる。 そして、無能だと思われていた少年は、弱者を演じていただけであり、実は圧倒的な力を持っていた。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

神に逆らった人間が生きていける訳ないだろう?大地も空気も神の意のままだぞ?<聖女は神の愛し子>

ラララキヲ
ファンタジー
 フライアルド聖国は『聖女に護られた国』だ。『神が自分の愛し子の為に作った』のがこの国がある大地(島)である為に、聖女は王族よりも大切に扱われてきた。  それに不満を持ったのが当然『王侯貴族』だった。  彼らは遂に神に盾突き「人の尊厳を守る為に!」と神の信者たちを追い出そうとした。去らねば罪人として捕まえると言って。  そしてフライアルド聖国の歴史は動く。  『神の作り出した世界』で馬鹿な人間は現実を知る……  神「プンスコ(`3´)」 !!注!! この話に出てくる“神”は実態の無い超常的な存在です。万能神、創造神の部類です。刃物で刺したら死ぬ様な“自称神”ではありません。人間が神を名乗ってる様な謎の宗教の話ではありませんし、そんな口先だけの神(笑)を容認するものでもありませんので誤解無きよう宜しくお願いします。!!注!! ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇ちょっと【恋愛】もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

(完結)もふもふと幼女の異世界まったり旅

あかる
ファンタジー
死ぬ予定ではなかったのに、死神さんにうっかり魂を狩られてしまった!しかも証拠隠滅の為に捨てられて…捨てる神あれば拾う神あり? 異世界に飛ばされた魂を拾ってもらい、便利なスキルも貰えました! 完結しました。ところで、何位だったのでしょう?途中覗いた時は150~160位くらいでした。応援、ありがとうございました。そのうち新しい物も出す予定です。その時はよろしくお願いします。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...