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百合の香
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翌日。
雅成と拓海は嶺塚に会うため、本宅を訪れた。
二人を待っていた森本に通されたのは、手入れされた園庭見える広々とした和室だった。
その和室から一番園庭が美しく見える場所で、布団で眠っている嶺塚がいた。
「目を瞑られていますが、意識はあります。どうぞお声掛けください」
森本が言うと、雅成は嶺塚の傍に座り、
「お義祖父さま」
声を掛けた。
すると嶺塚の目がゆっくり開かれ、雅成を見つめた。
「雅成か……。よう帰ったな……」
嶺塚は微笑んだが、以前のような威厳も力強さもない、弱々しいものだった。
事前に拓海から嶺塚の容態は悪く、一日のほとんどは眠っていると聞かされていたが、ここまで衰弱しているとは思ってもみなかった。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」
「ええ、ええ。帰ってきてくれたことが……一番、嬉しいんや……」
布団の中から嶺塚が手を出すと、雅成はその手をしっかりと握る。
だが嶺塚からは握り返してこない。
それほど衰えていた。
「お義祖父様。ずっと僕のことを想い、見守ってくださり、ありがとうございます。お義祖父様の気持ちも知らず、本当にごめんなさい……」
森本から本当のことを聞くまで、雅成はずっとずっと嶺塚のことを誤解していた。
もし知っていれば、もっと嶺塚のために何かできていたのかもしれない。
もっと孫らしいことができたかもしれない。
寝たきりになる前に、もっともっといろんな思い出ができたかもしれない。
感謝の気持ちも、もっと早くに伝えられたかもしれない。
そう思うと、後悔しかなかった。
「森本から、いらんこと聞いたんか……。雅成は、なんも悪いこと、してへん。だから謝らんで、ええ」
「でも……」
「謝らなあかんのは、わしや。今まで、辛い思いばかりさせて、ほんまに、すまんかった……」
「……」
「雅成とは、血は繋がってないけど、わしは、雅成のことを、ほんまの孫やと……思てる」
「お義祖父さま……」
「これからは……拓海と、幸せに……なるんやで」
言い終わると、また嶺塚は目を瞑る。
握っていた嶺塚の手の力が、急に抜ける。
「お義祖父さま!?」
雅成の焦った声に、拓海も森本も異変を感じ、
「お祖父様!」
「旦那様!」
傍に駆け寄る。
「なんや、うるさいなぁ……。もう眠たいんや……。静かにせい……」
弱々しくも拓海と森本を嶺塚は戒める。
その時、風もないのに嶺塚の周りにふわりと百合の花の香した。
(あ、この香……)
雅成が嶺塚に余命宣告された時と、昏睡状態の時に見た夢の中で香った、百合の花と同じ匂いがした。
(もしかして……)
「お義祖父さま。僕のお祖母さまは百合の香がする方ではなかったですか?」
目を瞑っていた嶺塚が少し目を開ける。
「ああ、そうやった……。彼女は上品で優雅で……でも凛とした……百合の花の香がした……人やった」
何もない宙を見つめながら微笑む。
「今、お義祖父さまの周りに、その百合の花の香がします」
雅成が言うと、嶺塚の目が大きく見開かれる。
「僕、前にもこの香を嗅いだことがあるんです」
「前にも……か?」
「はい。お義祖父さまがお辛そうな時、この香がしました。きっとその時、お義祖父さまの傍にはお祖母さまがいらっしゃったんだと思います」
真実は確かめられないが、雅成は憶測ではなく、本当に嶺塚のそばに祖母がいたと思った。
「……そうか……」
そう言いながら閉じた嶺塚の目尻から、一粒の涙が溢れる。
「会いに……来てくれとったんか……」
もう一粒溢れる。
「わしも……ひとりやなかったんやな……」
もう一粒涙が溢れたが、幸せそうな笑みを浮かべていた。
その夜、嶺塚は雅成と拓海に見守られながら、息を引き取った。
雅成と拓海は嶺塚に会うため、本宅を訪れた。
二人を待っていた森本に通されたのは、手入れされた園庭見える広々とした和室だった。
その和室から一番園庭が美しく見える場所で、布団で眠っている嶺塚がいた。
「目を瞑られていますが、意識はあります。どうぞお声掛けください」
森本が言うと、雅成は嶺塚の傍に座り、
「お義祖父さま」
声を掛けた。
すると嶺塚の目がゆっくり開かれ、雅成を見つめた。
「雅成か……。よう帰ったな……」
嶺塚は微笑んだが、以前のような威厳も力強さもない、弱々しいものだった。
事前に拓海から嶺塚の容態は悪く、一日のほとんどは眠っていると聞かされていたが、ここまで衰弱しているとは思ってもみなかった。
「ご挨拶が遅れ、申し訳ございません」
「ええ、ええ。帰ってきてくれたことが……一番、嬉しいんや……」
布団の中から嶺塚が手を出すと、雅成はその手をしっかりと握る。
だが嶺塚からは握り返してこない。
それほど衰えていた。
「お義祖父様。ずっと僕のことを想い、見守ってくださり、ありがとうございます。お義祖父様の気持ちも知らず、本当にごめんなさい……」
森本から本当のことを聞くまで、雅成はずっとずっと嶺塚のことを誤解していた。
もし知っていれば、もっと嶺塚のために何かできていたのかもしれない。
もっと孫らしいことができたかもしれない。
寝たきりになる前に、もっともっといろんな思い出ができたかもしれない。
感謝の気持ちも、もっと早くに伝えられたかもしれない。
そう思うと、後悔しかなかった。
「森本から、いらんこと聞いたんか……。雅成は、なんも悪いこと、してへん。だから謝らんで、ええ」
「でも……」
「謝らなあかんのは、わしや。今まで、辛い思いばかりさせて、ほんまに、すまんかった……」
「……」
「雅成とは、血は繋がってないけど、わしは、雅成のことを、ほんまの孫やと……思てる」
「お義祖父さま……」
「これからは……拓海と、幸せに……なるんやで」
言い終わると、また嶺塚は目を瞑る。
握っていた嶺塚の手の力が、急に抜ける。
「お義祖父さま!?」
雅成の焦った声に、拓海も森本も異変を感じ、
「お祖父様!」
「旦那様!」
傍に駆け寄る。
「なんや、うるさいなぁ……。もう眠たいんや……。静かにせい……」
弱々しくも拓海と森本を嶺塚は戒める。
その時、風もないのに嶺塚の周りにふわりと百合の花の香した。
(あ、この香……)
雅成が嶺塚に余命宣告された時と、昏睡状態の時に見た夢の中で香った、百合の花と同じ匂いがした。
(もしかして……)
「お義祖父さま。僕のお祖母さまは百合の香がする方ではなかったですか?」
目を瞑っていた嶺塚が少し目を開ける。
「ああ、そうやった……。彼女は上品で優雅で……でも凛とした……百合の花の香がした……人やった」
何もない宙を見つめながら微笑む。
「今、お義祖父さまの周りに、その百合の花の香がします」
雅成が言うと、嶺塚の目が大きく見開かれる。
「僕、前にもこの香を嗅いだことがあるんです」
「前にも……か?」
「はい。お義祖父さまがお辛そうな時、この香がしました。きっとその時、お義祖父さまの傍にはお祖母さまがいらっしゃったんだと思います」
真実は確かめられないが、雅成は憶測ではなく、本当に嶺塚のそばに祖母がいたと思った。
「……そうか……」
そう言いながら閉じた嶺塚の目尻から、一粒の涙が溢れる。
「会いに……来てくれとったんか……」
もう一粒溢れる。
「わしも……ひとりやなかったんやな……」
もう一粒涙が溢れたが、幸せそうな笑みを浮かべていた。
その夜、嶺塚は雅成と拓海に見守られながら、息を引き取った。
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