【完結】偽りの花嫁 〜すり替えられた花嫁は冷血王子から身も心も蕩けるほどに溺愛される〜

葉月

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噂 ②

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 次に目が覚めた時マティアス様は約束通り、僕のそばにいてくれた。

「調子はどう?朝食は食べられそうか?」
 僕が目覚めたのに気づいたマティアス様が、読みかけの本を閉じる。本当はずっと苦しいし悲しいし、食欲もない。でもここまでよくしてくださっているマティアス様に心配をかけてはいけない。
「よく眠って気分もスッキリです。それにお腹もぺこぺこで」
 笑って見せると、
「無理しなくていいよ……って俺から訊いておいて、そんなことを言うのはおかしな話だね」
 マティアス様は苦笑いをした。

「今日は気分転換に園庭で朝食を食べるかい?今見頃な薔薇が一斉に花を咲かせたのも見てもらいたい」
 そう言いながら、マティアス様は僕に一輪の薔薇を差し出す。
「薔薇は心を癒してくれるよ。どうだい、一緒に行かないかい?」
 マティアス様の提案に、僕は「はい」と笑顔で答えた。


 朝の支度を済ませ、クロエとマティアス様と僕の三人で薔薇のアーチまで歩いて行った。
 あまり食欲がないのを見越してか、クロエがサンドイッチと一緒に果物を中心としたものも用意してくれていた。

 食後、マティアス様は僕に園庭の花の説明をしてくれながら歩いていると、視線の先にジェイダに腕を組まれながら、園庭を散歩するアレクの姿があった。

 僕はマティアス様のことを考える間も無く、咄嗟に草陰に隠れながら二人の後について行ってしまう。
 僕だってあんなこと、したことないのに……。
 駆け寄り手を伸ばせば、届くところにアレクはいる。でも今はその距離が果てしなく遠い。 

 僕といない間、アレクはずっとジェイダと一緒だったのだろうか?

 また胸が押しつぶされそうで、息が苦しい。

 ジェイダは誰かに後ろからつけられていると気づいてか、ちらりと後を振り返り、ついてきているのが僕だとわかると素知らぬ顔で、よりアレクの腕に自分の腕を絡まらせる。

「アレク様はどうしてユベール様ではなく、私をおそばに置いてくださるのですか?」
 僕の存在なんて気づかないように、アレクに訊く。

「なぜそんなことを訊く?」
「だってアレク様はもうずっとユベール様のところに、行かれていないではないですか。それが少し気になって……。もうユベール様のところには行かれないのですか?」
「ああ。行くつもりはない」
 アレクは間髪入れずに言い切った。

「俺は忙しい。もうそんなくだらないことを訊くな」
 そう言いながらアレクは早足でその場から立ち去っていく。
「アレク様、待ってください」
 そう言いながらアレクを追うジェイダが一瞬立ち止まり僕の方を振り返ると、声を出さず口の形で言葉を作る。
 僕の目はそれを解いてしまった。その言葉は、

ーですってー

 ジェイダが言いたいのは『アレクは貴方のところにはもう行かないですって・・・・、だ。

 もうアレクは僕に会いにきてはくれない。
 僕の前から遠ざかっていく二人の後ろ姿を見ながら、膝から崩れ落ちた。
 それからマティアス様とクロエのいる場所に戻り、一緒にサンドイッチを食べたけど、なんの味もしなかった。

 もう完全にアレクは僕のことを必要としていない。
 アレクが帰還した時からわかっていたことなのに、今、やっと現実として受け入れられたと思う。

 それはもっと悲しくて、もっと苦しいものだと思っていたけど、実際はアレクに完全に拒否されると、もうどこまでも黒く光のない暗闇に突き落とされたような虚無感しかなかった。

 初めて会った時あんなに怖かったアレクが、一緒に過ごすことで僕の唯一の人となっていたことを、思い知らされる。もうアレクのそばここには僕の居場所はなく、僕は後宮から出ていくことを決意した。

 後宮を出たら、どこか住み込みで働かせてくれるところを探そう。
 アレクは孤児院に援助をしてくれていたけど、僕が側室でなくなったら援助もなくなるだろう。だったら僕が稼いだお金を孤児院に入れよう。

 出ていく時はクロエにもヒューゴ様にもマティアス様にも黙っ行こう。
 でもアレクには、きちんとさよならを言いに行かないと、急に僕がいなくなったと騒ぎになる。
 そうなると僕に良くしてくれたみんなに迷惑がかかる。それだけは避けたかった。
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