【完結】偽りの花嫁 〜すり替えられた花嫁は冷血王子から身も心も蕩けるほどに溺愛される〜

葉月

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マナーのレッスン ①

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 そんな日々を過ごしていたある日、「貴方は帝国第一王子の側室なのですから、マナーと知識を学ぶべきです」と皇后様より講師のハンナ先生を紹介されて、子ども達と過ごしていた時間が勉強の時間となった。
 はじめはお辞儀の仕方。僕は男性側のお辞儀と、アレク様の側室の立場からドレスを着ての、女性のお辞儀の仕方も習わないといけない。
「ドレスのスカート部分が綺麗に見えるように、スカートを摘み広げます」
「こう……ですか?」
 ハンナ先生の仕草を、見よう見まねでしてみる。
「違います。裾が少し上がる感じです。次は右足を後ろに引いて、前に出した左足と一緒に腰を落とすように曲げます」
「こう……ですか?」
「違います。こうです。もっと腰を下ろして……それは下ろし過ぎです」
「こう……ですか?」
「腰から伸ばすように背筋を伸ばして……。それはのけぞっています」
「こう……ですか?」
「背中に気がいきすぎて、下半身がおろそかになっています」
「こう……ですか?」
「違います」
「違うんですか?」

 こんなやりとりを30分ほど続け、ずっと中腰状態で全身の筋肉が悲鳴を上げている。
「ユベール様、しっかりしてください。腰に力を入れるのです」
 バンっと平手で腰を叩かれ、バランスを崩した僕は前に倒れ込んだ。
 ハンナ先生は僕の姿を見て、はぁ~と大きくため息をつき、手を差し出す。
「こんなことでバランスを崩されるようでは、困ります」
「ごめんなさい……」
 ハンナ先生に立ち上がらせてもらい、恥ずかしいやら情けないやら。

「こんなことも出来なくて、どうされるんですか?」
 はぁとまたハンナに大きなため息をつかれ、
「すみません……」
 と謝れば、
「そんなすぐに謝るものではありません」
 と怒られる。
「ごめんなさい……。あ……」
 また謝ってしまった。
「ユベール様。謝るのなら、今後同じ間違いをしないように気をつけるべきです」
「すみま……」
 そこまで言いかけ、慌てて口を閉じた。
 朝からハンナ先生にずっと怒られ続け、もう僕の心はマナーのレッスン初日にて折れてしまいそうだ。
「美味しいクッキーが焼けたそうなので、お持ちしました。あの、少し休憩されてはいかがですか?」
 銀色のトレイに焼きたてのクッキーと、紅茶のはいったポットと二人分のティーカップを持ったクロエが、部屋に入ってきた。
「休憩ですか?」
 ハンナ先生がちらりと時計を見る。
「そうですね。少し休憩としましょうか」
「すぐにご用意いたします」
 クロエがテーブルにお茶のセットをする。
「ありがとう」
 口パクでクロエに言うと、クロエはウィンクで答える。

「さ、ユベール様、お座りになってください」
 侍女に椅子を引かれいつものように座ると、
「腰掛ける位置は、もっと前」
 腰をトントンと叩かれる。
「はい」
 今度は浅く座ると、
「姿勢が悪い」
 背中をピシャリと叩かれる。
 痛いほどではないが、叩かれるたび、次は何をしてしまったんだろうと不安で震える。
 カップに紅茶を淹れてもらい、クロエから受け取り飲もうとすると、ソーサーやカップの持ち方、クッキーを食べるタイミングまで指摘される。

「ユベール様は、今まで何を学ばれてきたのですか?」
「え?」
「こんな初歩的なことも出来ないなんて。私が接してきたご令嬢には、こんなことお教えする前にはマスターされていましたよ」
 またしても大きなため息をつかれ、泣きそうになった。
「ユベール様のご両親は何をされていたのでしょう……。ユベール様は人前に出る前にきちんとマナーを身につける機会を与えてくださった皇后様に、感謝なさってくださいね」
 確かにきちんとしたマナーは学んでこなかった。
 でもそれは王族として過ごし、勉強する時間が少なかったからで、決して父様と母様が何も教えようとしていなかったわけではない。
 父様と母様が何もしてこなかったと言われたようで、悔しさのあまりカップを持つ手が震える。
 あんな言い方……。
「あの、僕、決して何も教わっていなかったわけでは……」
「言い訳は聞きたくありません」
 まだ話の途中だったにも関わらず、ハンナ先生にピシャリと言われてしまった。
「どんなことがあったにせよ、出来ていないことには変わりありません。悔しいのであれば、できるようになればいいことです」
 表情を一つも変えることなく、ハンナ先生は教科書通りの流れるような動作で紅茶を飲む。

「休憩はここまでです。さあ、続きをしますよ」
「……。はい」
 僕はクロエが出してくれた紅茶を一口も飲む機会なく、レッスンを再開するはめになった。
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