上 下
172 / 202
愛おしいということは、愛しているということは 〜内藤昴 スピンオフ〜

ブラックコーヒー ①

しおりを挟む
あの後、しばらくして鈴木が自室に戻った音がしたが、その後はとても静かだった。
 鈴木は怖い思いをしていたのに、追い討ちをかけるように俺はあんなことをしてしまって……。
 自己嫌悪で一睡もできなかった。

 翌日の午前5時ごろ。
 鈴木が部屋を出た音がし、なかなか部屋に帰ってくる気配がない。

 今日は土曜日で仕事は休み。
 休みの日は特に示し合わせていないが、8時半ごろ朝食を食べるようになっていた。
 だから5時起床は早い。
 気になり俺は自室を出ると、キッチンから物音がする。

ーカチャー

 キッチンのドアを開けると、そこには厚焼き卵を作るフライパンと菜箸を持ったエプロン姿の鈴木がいた。
「あ、すみません、起こしてしまいましたか?」
「いや、その前から起きていたから。それよりこんな朝早くからどうした?」
「朝食作りをしてて。俺、どうも同時進行が苦手らしくて、それじゃあ一つ一つすればいいってなって。それで8時半に間に合うよう逆算したからこれぐらから作らないと間に合わなくて、今、厚焼き玉らしきものを作っています」
「また難しいものい挑戦してるな」
 フライパンを覗き込むと、フライパンの隅に押し込まれた、見ただけでわかるカチカチな厚焼き卵とは言い難い卵料理があった。

「一つ一つ作っても、料理だけは全然上手くならなくて……」
 しゅんと頭を項垂れた鈴木の両手首には、昨日貼った湿布がある。
「まだ痛むか?」
「少し……。でも[[rb:内藤さん > ・・・・]]が湿布を貼ってくださったので、ずいぶん楽です」
 鈴木が手首を回してみせた。

 『内藤さん』呼ばれて、どきりとした。
 ああ、今日は仕事が休み。だからプライベート呼びか。

「無理しなくていいのに」
「無理してません。俺が作りたいんです」
「ならよかった。何か手伝おうか?」
「じゃあ、あそこでゆっくりしててください」
 鈴木はソファーを指差す。
 昨日のことが思い出されて気まずい。

「ゆっくりじゃなくて、何かすること、ない?」
 伺うように聞くと「じゃあ」と、鈴木がコーヒーメーカでできてくるコーヒと甘いカフェオレをマグカップに注ぐと、
「俺とコーヒー飲んでください」
 カフェオレが入ったマグカップを差し出した。

 そういう意味じゃないんだけどな……と思いながらも、鈴木と一緒にソファーに座る。
「内藤さんはコーヒー飲まれる時も砂糖多めなんですか?」
「そうだな」
「いつからなんですか?」
「小学低学年ぐらいからかな?その時本当はコーヒーなんて苦くて苦手だったんだが、コーヒー飲んでたら大人な感じがしてな。それでもブラックは無理だったから砂糖多めで飲んでた。その名残が今でもあるんだ。もちろん今はブラックも飲めるぞ」
「もちろんって」
 おもしろそうに鈴木は笑う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

春風の香

梅川 ノン
BL
 名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。  母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。  そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。  雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。  自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。  雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。  3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。  オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。    番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!

身代わりβの密やかなる恋

朏猫(ミカヅキネコ)
BL
旧家に生まれた僕はαでもΩでもなかった。いくら美しい容姿だと言われても、βの僕は何の役にも立たない。ところがΩの姉が病死したことで、姉の許嫁だったαの元へ行くことになった。※他サイトにも掲載 [名家次男のα × 落ちぶれた旧家のβ(→Ω) / BL / R18]

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

【完結】運命の相手は報われない恋に恋してる

grotta
BL
オメガの僕には交際中の「運命の番」がいる。僕は彼に夢中だけど、彼は運命に逆らうようにいつも新しい恋を探している。 ◆ アルファの俺には愛してやまない「運命の番」がいる。ただ愛するだけでは不安で、彼の気持ちを確かめたくて、他の誰かに気があるふりをするのをやめられない。 【溺愛拗らせ攻め×自信がない平凡受け】 未熟で多感な時期に運命の番に出会ってしまった二人の歪んだ相思相愛の話。 久藤冬樹(21歳)…平凡なオメガ 神林豪(21歳)…絵に描いたようなアルファ(中身はメンヘラ) ※番外編も完結しました。ゼミの後輩が頑張るおまけのifルートとなります

この噛み痕は、無効。

ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋 α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。 いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。 千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。 そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。 その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。 「やっと見つけた」 男は誰もが見惚れる顔でそう言った。

処理中です...