124 / 202
電話 ①
しおりを挟む
一日一日、幸恵と和子と一緒にする仕事を一生懸命した。
廊下で女性社員と出くわせば「淫乱はいつまでここにいるつもりかしら」とわざと聞こえるように言われたり、男性社員に出くわせば「美人局ちゃん、俺なんかどう?」と言われ、日に日にエスカレートする嫌がらせやセクハラにも耐えた。
そして最終日。
幸恵と和子に最後の挨拶を終え、私服に着替えると瑞稀はある場所へ向かった。
——トン トン トン——
部屋をノックする。
「はい」
中から返事があった。
「成瀬です。今お時間よろしいでしょうか?」
「……」
無言のままガチャリとドアが開く。
「どうぞ」
ドアを開けたのは無表情の晴人。
瑞稀は晴人に一礼すると、
「失礼します」
部屋の中に入って行った。
「あれ? 今日はどうしたの?」
私服で訪れた瑞稀を、机でpcを見ていた昴が顔をあげ不思議そうに見た。
「実はお二人にご報告がありまして……」
瑞稀に目も合わそうとしないし晴人と、いつも通りの笑顔を向けてくれる昴、二人を見る。
「今日はお二人に最後のご挨拶に来ました」
「最後の挨拶?」
「はい。明日より勤務地が変わって、御社で働かせていただくのが今日までとなりました」
「!」
「!」
急な瑞稀からの告白に、二人は目を見開く。
以前の瑞稀なら、勤務先の変更を言うことなく、辞めていたのかもしれない。
でも、自分可愛さに黙っていなくなる卑怯なことはしないと決めていた。
言うのに勇気がいるが、それが正しい選択だと思った。
「今日で最後って、どういうこと? ここで働く上で何か問題でもあった?」
昴が聞けば、
「俺と再開した時『ここで働き続けたい』っていってたじゃないか。なのにどうして明日から違う場所で働くだなんていうんだ?また俺の前からいなくなるのか?そんなに俺が嫌なのか? 嫌いなのか? 顔を合わせたくないほど憎いのか?俺が原因で辞めるのか?」
困惑した晴人が瑞稀に近づく。
「御社で働かせてもらえて、本当に感謝しています。それに山﨑さんのことが原因で辞め勤務地を変えるわけでもありません」
「じゃあどうして……」
「次の勤務先は自宅からも保育園からも近く、派遣ではなく正社員として採用してくださるとのお話だったので、受けさせていただくことにしました」
「それが原因なら、ここでも給料をあげて福利厚生も良くする。瑞稀くんが契約している派遣会社とも話をして、瑞稀くんや一緒に働いている人と3人、社員契約してもいい。だからここに残って欲しい」
昴が立ち上がった。
「ありがとうございます」
そう瑞稀が言うと、ほっと安心したように昴が微笑むが、
「お気持ちは本当に嬉しいのですが、もう新しい会社とは契約を結んでしまいましたし、スキルアップのために新しい場所で頑張ってみたいんです」
昴の目をしっかり見て行った。
本当はずっとずっと幸恵や和子と一緒にここで働きたかった。
でもそうすることで、幸恵や和子に嘘の噂が流れ、迷惑をかける。
昴の気持ちに答えられないまま、これ以上関わりを持ってはいけない。
そして自分勝手だが、愛する晴人と昔のように一緒にいられないのに、同じ場所にいることがつらかった。
嘘をつき続けることがつらかった。
廊下で女性社員と出くわせば「淫乱はいつまでここにいるつもりかしら」とわざと聞こえるように言われたり、男性社員に出くわせば「美人局ちゃん、俺なんかどう?」と言われ、日に日にエスカレートする嫌がらせやセクハラにも耐えた。
そして最終日。
幸恵と和子に最後の挨拶を終え、私服に着替えると瑞稀はある場所へ向かった。
——トン トン トン——
部屋をノックする。
「はい」
中から返事があった。
「成瀬です。今お時間よろしいでしょうか?」
「……」
無言のままガチャリとドアが開く。
「どうぞ」
ドアを開けたのは無表情の晴人。
瑞稀は晴人に一礼すると、
「失礼します」
部屋の中に入って行った。
「あれ? 今日はどうしたの?」
私服で訪れた瑞稀を、机でpcを見ていた昴が顔をあげ不思議そうに見た。
「実はお二人にご報告がありまして……」
瑞稀に目も合わそうとしないし晴人と、いつも通りの笑顔を向けてくれる昴、二人を見る。
「今日はお二人に最後のご挨拶に来ました」
「最後の挨拶?」
「はい。明日より勤務地が変わって、御社で働かせていただくのが今日までとなりました」
「!」
「!」
急な瑞稀からの告白に、二人は目を見開く。
以前の瑞稀なら、勤務先の変更を言うことなく、辞めていたのかもしれない。
でも、自分可愛さに黙っていなくなる卑怯なことはしないと決めていた。
言うのに勇気がいるが、それが正しい選択だと思った。
「今日で最後って、どういうこと? ここで働く上で何か問題でもあった?」
昴が聞けば、
「俺と再開した時『ここで働き続けたい』っていってたじゃないか。なのにどうして明日から違う場所で働くだなんていうんだ?また俺の前からいなくなるのか?そんなに俺が嫌なのか? 嫌いなのか? 顔を合わせたくないほど憎いのか?俺が原因で辞めるのか?」
困惑した晴人が瑞稀に近づく。
「御社で働かせてもらえて、本当に感謝しています。それに山﨑さんのことが原因で辞め勤務地を変えるわけでもありません」
「じゃあどうして……」
「次の勤務先は自宅からも保育園からも近く、派遣ではなく正社員として採用してくださるとのお話だったので、受けさせていただくことにしました」
「それが原因なら、ここでも給料をあげて福利厚生も良くする。瑞稀くんが契約している派遣会社とも話をして、瑞稀くんや一緒に働いている人と3人、社員契約してもいい。だからここに残って欲しい」
昴が立ち上がった。
「ありがとうございます」
そう瑞稀が言うと、ほっと安心したように昴が微笑むが、
「お気持ちは本当に嬉しいのですが、もう新しい会社とは契約を結んでしまいましたし、スキルアップのために新しい場所で頑張ってみたいんです」
昴の目をしっかり見て行った。
本当はずっとずっと幸恵や和子と一緒にここで働きたかった。
でもそうすることで、幸恵や和子に嘘の噂が流れ、迷惑をかける。
昴の気持ちに答えられないまま、これ以上関わりを持ってはいけない。
そして自分勝手だが、愛する晴人と昔のように一緒にいられないのに、同じ場所にいることがつらかった。
嘘をつき続けることがつらかった。
13
お気に入りに追加
675
あなたにおすすめの小説
零れる
午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー
あらすじ
十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。
オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。
★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。
★オメガバースです。
★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。
そばかす糸目はのんびりしたい
楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。
母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。
ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。
ユージンは、のんびりするのが好きだった。
いつでも、のんびりしたいと思っている。
でも何故か忙しい。
ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。
いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。
果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。
懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。
全17話、約6万文字。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
身代わりβの密やかなる恋
朏猫(ミカヅキネコ)
BL
旧家に生まれた僕はαでもΩでもなかった。いくら美しい容姿だと言われても、βの僕は何の役にも立たない。ところがΩの姉が病死したことで、姉の許嫁だったαの元へ行くことになった。※他サイトにも掲載
[名家次男のα × 落ちぶれた旧家のβ(→Ω) / BL / R18]
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
【完結】運命の相手は報われない恋に恋してる
grotta
BL
オメガの僕には交際中の「運命の番」がいる。僕は彼に夢中だけど、彼は運命に逆らうようにいつも新しい恋を探している。
◆
アルファの俺には愛してやまない「運命の番」がいる。ただ愛するだけでは不安で、彼の気持ちを確かめたくて、他の誰かに気があるふりをするのをやめられない。
【溺愛拗らせ攻め×自信がない平凡受け】
未熟で多感な時期に運命の番に出会ってしまった二人の歪んだ相思相愛の話。
久藤冬樹(21歳)…平凡なオメガ
神林豪(21歳)…絵に描いたようなアルファ(中身はメンヘラ)
※番外編も完結しました。ゼミの後輩が頑張るおまけのifルートとなります
この噛み痕は、無効。
ことわ子
BL
執着強めのαで高校一年生の茜トキ×αアレルギーのβで高校三年生の品野千秋
α、β、Ωの三つの性が存在する現代で、品野千秋(しなのちあき)は一番人口が多いとされる平凡なβで、これまた平凡な高校三年生として暮らしていた。
いや、正しくは"平凡に暮らしたい"高校生として、自らを『αアレルギー』と自称するほど日々αを憎みながら生活していた。
千秋がαアレルギーになったのは幼少期のトラウマが原因だった。その時から千秋はαに対し強い拒否反応を示すようになり、わざわざαのいない高校へ進学するなど、徹底してαを避け続けた。
そんなある日、千秋は体育の授業中に熱中症で倒れてしまう。保健室で目を覚ますと、そこには親友の向田翔(むこうだかける)ともう一人、初めて見る下級生の男がいた。
その男と、トラウマの原因となった人物の顔が重なり千秋は混乱するが、男は千秋の混乱をよそに急に距離を詰めてくる。
「やっと見つけた」
男は誰もが見惚れる顔でそう言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる