『手紙を書いて、君に送るよ』  

葉月

文字の大きさ
上 下
40 / 67

重なり合う ⑦

しおりを挟む
「ねぇ。何か味、変じゃない?」
 同僚の黒髪ロング、サッパリお姉さん系メイドのダルバはパイを大胆に口に放り込み、ゆっくりと咀嚼しながら私、マリン・ハーランドを見た。

 シャクッ。
 私も一口、パイをかじる。
 
 最初はサクサク、後で口の中でジュワ~っととろけるシェフご自慢の生地の歯触りはいつもとなんら変わりはない。
 
 ん~。

 言われてみると、少しレモン風味が強いような……?後味もいつもよりも、しつこく口の中に残っているような気がする。
 
「えー、何が?」
「モニカ! あんた、もう食べちゃったの?」
 モニカの皿は既に空っぽだった。

「おかわりいいかなぁ?」
「良いけど、後で夕飯入らなくなっても知らないよ」
「これぐらい大丈夫だって」
 私も嫌いではないが、カフェ巡りが趣味のモニカは特にスイーツに目がない。

 既に二皿目ももう完食。
 いや、ほっといたら一人で全部食べちゃうかも……。

「気のせいかもしれないけど、レモンがいつもより濃くて、なんか薬品臭い気がしない……?」
 ダルバの言葉に私はフォークをカラン、と取り落とした。

 「えっ……薬品!?」
 イヤな予感が、一瞬走り抜ける。

 ……この展開って、いつものパロマのパターンじゃ……?

「さっき、これ。パロマが運ぼうとしていたって執事長、言ってたわよね?」
 ダルバも皿を置いて私を見た。
「まさか……」
 ……薬物混入未遂じゃなくて、事後だったとしたら?

 言おうとして、私は愕然と気がついた。
 なんか……顔が熱い。

 いや、顔だけじゃない。
 身体の中心から、モヤモヤとした熱が広がってきていた。
「うぇっ……!」
 
 これ、絶対変だ!

 パロマの奴!

 自分の身体を思わず抱きしめた私の耳に、トロンとしたモニカの甘ったるい声が……。

「ダルバぁ~」
 目の前に座っていたモニカが背後からガバッとダルバに抱きついていた。

「ちょっ……やめ! モニカっ!!」
 イケイケメイド、モニカは実はこの邸一番の怪力メイドである。

 ダルバにもそれなりに体術の心得はあるが、物凄い力で背後から押さえ込まれ、身動きがとれない。

「ダルバもマリンも良いわよねぇ……」
 いきなり、低い声でモニカが呟いた。

「……何が?」
「こんなに! こんなに二人ともデカい胸があって!」
 モニカの目がすわっている。
  
「ちょ、あんた何して……、うわぁぁぁっ!」
 両手で掴んでも溢れるほどのダルバの巨乳をメイド服の上から、モニカはもニュッと鷲掴んだ。
「あたしなんか! あたしなんか何枚パットいれてもバレちゃうのにぃぃぃ!!」
 
「……」
 それはパットを詰めすぎて日頃からズレてるからだよ、とツッコミたかったが、あえて沈黙する私とダルバ。
 
 彼女のAカップに対するコンプレックスは根深い。明らかに様子がおかしい彼女を刺激するのは得策ではないだろう。
 
 静寂の中、無言で胸を揉むメイド。
 ……何なの?この空間は。


「あたしにも、あたしにもコレ、ちょーだいよぉぉぉ!」
 ダルバのメイド服の胸元からグイッと強引に手を突っ込むモニカ。
「わっ、バカ! 痛っ、マリンっ、助けっ」 

「正気に戻りなさい! モニカ!!」
 私の渾身の回し蹴りが、モニカの側頭部にヒット!

「うぎゃぁっ!!」
 ガードも出来ず、まともにくらったモニカは悲鳴をあげて床に昏倒した。

 ……白目剥いて転がってるけど、モニカは身体が丈夫なのが取り柄!大丈夫でしょ……。

「……ゲホっ。サンキュー、マリン」
 胸だけでなく、肋骨ごと押し潰されていたダルバが激しく咳きこんだ。
「大丈夫?ダルバ」
「あぁ、骨は無事だよ。ったく、相変わらずのバカ力なんだから。あ~あ、痣になっちゃってるじゃないの……」
 ダルバは自分の胸をのぞき込み、ため息をついた。バッチリ、モニカに掴まれた五本指の痕が白い胸についてしまっている。

「マリン。あんたは大丈夫?」
「えっと……、半分ぐらい食べちゃった、かな」
 以前、パロマに媚薬を盛られた時と似た感覚が沸き上がってくる感じはあるが、あの時ほどの激しい衝動性はない。 

 なんか、モヤっとしたものが奥からジワジワとクる感じだ。他事をしていれば紛れる程度の、ムラムラ感。 

 ……本当に何してくれてんだか、パロマは。 
 私、これから出かける予定があるのに。

「あたしは食べたの一口だけど、それでも何かちょっとモヤモヤするわ~。今回は何が入ってたのかしらね?」
「う~ん。こないだみたいな自白剤でもないし。いつもの催淫剤にしては即効性が薄い気がする。……あえていうなら、怪しい発情系?」
「絶対、あの子。どっかで隠れてあたしらを観察してると思わない?」
 ダルバはキッとした表情で部屋中を見回した。

「間違いないわ……」
「とりあえず、片付けよっか」
 私たちは深い溜め息をつくと無言で皿に残ったパイを片付けはじめた。

 ……本来は美味しいレモンパイなのに。
 あぁ、もったいない。覚えてなさいよ、パロマ!
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

忘れ物

うりぼう
BL
記憶喪失もの 事故で記憶を失った真樹。 恋人である律は一番傍にいながらも自分が恋人だと言い出せない。 そんな中、真樹が昔から好きだった女性と付き合い始め…… というお話です。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

泣き虫な俺と泣かせたいお前

ことわ子
BL
大学生の八次直生(やつぎすなお)と伊場凛乃介(いばりんのすけ)は幼馴染で腐れ縁。 アパートも隣同士で同じ大学に通っている。 直生にはある秘密があり、嫌々ながらも凛乃介を頼る日々を送っていた。 そんなある日、直生は凛乃介のある現場に遭遇する。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

僕のために、忘れていて

ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────

ちょろぽよくんはお友達が欲しい

日月ゆの
BL
ふわふわ栗毛色の髪にどんぐりお目々に小さいお鼻と小さいお口。 おまけに性格は皆が心配になるほどぽよぽよしている。 詩音くん。 「えっ?僕とお友達になってくれるのぉ?」 「えへっ!うれしいっ!」 『黒もじゃアフロに瓶底メガネ』と明らかなアンチ系転入生と隣の席になったちょろぽよくんのお友達いっぱいつくりたい高校生活はどうなる?! 「いや……、俺はちょろくねぇよ?ケツの穴なんか掘らせる訳ないだろ。こんなくそガキ共によ!」 表紙はPicrewの「こあくまめーかー😈2nd」で作成しました。

林檎を並べても、

ロウバイ
BL
―――彼は思い出さない。 二人で過ごした日々を忘れてしまった攻めと、そんな彼の行く先を見守る受けです。 ソウが目を覚ますと、そこは消毒の香りが充満した病室だった。自分の記憶を辿ろうとして、はたり。その手がかりとなる記憶がまったくないことに気付く。そんな時、林檎を片手にカーテンを引いてとある人物が入ってきた。 彼―――トキと名乗るその黒髪の男は、ソウが事故で記憶喪失になったことと、自身がソウの親友であると告げるが…。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

処理中です...