19 / 34
その19
しおりを挟む
「娘さんの様子はどうだったかね?」
「ああ、おかげですっかり細くなってしまったよ」
「気の毒になぁ……年頃の娘の気の迷いってやつにやらてのかねえ……」
「お互い大変だな……」
ボアジエ公爵はホフマン公爵と夕食を共にしていた。
「カモ肉のステーキ……確か、君の好物だったろう?」
「ああ、これはなかなかの絶品だな」
「ゴート地方から直接取り寄せたんだ。口に合って何よりだよ」
「そして……君は私に頼みごとがあるというわけか?娘さんのことかね?」
「言うまでもないね。ご名答だ。昔ならば、取引なんてする間柄ではなかった。私たちは友達だったな……」
「昔話はいいさ。君の気持は分からないでもない。私も父親だ。娘さんの罪を少しでも軽くしたいと躍起になるのは当然のことだ。だが……婚約者に毒を盛る、しかも相手が王子様ときたら、これはそう簡単な話じゃないな。いくら旧友の頼みと言ってもね……」
「どこまで軽くすることができるんだ?」
「そうだな……裁量で死刑回避は可能だろう。ただ……努力して流刑かな?それくらいが限度だろうな……」
「流刑……仕方がないな……」
ボアジエ公爵は、一度ポケットの奥に仕舞いこんだ薬草を取り出そうとした。
「煙草がきれたみたいだ。下でもらってくるよ」
「そうか?ごゆっくりどうぞ」
ボアジエ公爵は決断することができなかった。娘が大事であるのは当然なのだが、かといってこのままホフマン公爵を殺めていいのか、これは非常に重大な問題だった。
「時代は変われど……私たちは永遠に友達でいることを誓い合ったな……。マリア……私は今から友達を殺そうとしているんだ。これは……許されることだろうか?」
受付でコップをもらい、水を汲んだ。ホフマン公爵に飲ませるつもりだった。そして、自分で調合した薬を水に溶かしこんだ。酔っぱらった舞踏家のように、手元が大きく波打っていた。
ガチャンと大きな音を立てて、コップが地面に落ちた。
「お客様!大丈夫ですか?」
「ああっ……大丈夫だ……」
ボアジエ公爵は、床に散らばった水とまだ溶け切らずにばらまかれた白粉を、足で思いっきり踏みつけた。
「どうして、私は薬師なんだろうか?どうして、私は友達に裏切られるのだろうか?どうして私は……これほどチキンなんだ?これじゃ、いつまでたってもあの日から進めないじゃないか……」
ボアジエ公爵は、思う存分笑った。自分がこれほど惨めだと思えば、余計に笑えた。そして、笑えを堪えるための涙を小川のように流し続けた。
「ああ、おかげですっかり細くなってしまったよ」
「気の毒になぁ……年頃の娘の気の迷いってやつにやらてのかねえ……」
「お互い大変だな……」
ボアジエ公爵はホフマン公爵と夕食を共にしていた。
「カモ肉のステーキ……確か、君の好物だったろう?」
「ああ、これはなかなかの絶品だな」
「ゴート地方から直接取り寄せたんだ。口に合って何よりだよ」
「そして……君は私に頼みごとがあるというわけか?娘さんのことかね?」
「言うまでもないね。ご名答だ。昔ならば、取引なんてする間柄ではなかった。私たちは友達だったな……」
「昔話はいいさ。君の気持は分からないでもない。私も父親だ。娘さんの罪を少しでも軽くしたいと躍起になるのは当然のことだ。だが……婚約者に毒を盛る、しかも相手が王子様ときたら、これはそう簡単な話じゃないな。いくら旧友の頼みと言ってもね……」
「どこまで軽くすることができるんだ?」
「そうだな……裁量で死刑回避は可能だろう。ただ……努力して流刑かな?それくらいが限度だろうな……」
「流刑……仕方がないな……」
ボアジエ公爵は、一度ポケットの奥に仕舞いこんだ薬草を取り出そうとした。
「煙草がきれたみたいだ。下でもらってくるよ」
「そうか?ごゆっくりどうぞ」
ボアジエ公爵は決断することができなかった。娘が大事であるのは当然なのだが、かといってこのままホフマン公爵を殺めていいのか、これは非常に重大な問題だった。
「時代は変われど……私たちは永遠に友達でいることを誓い合ったな……。マリア……私は今から友達を殺そうとしているんだ。これは……許されることだろうか?」
受付でコップをもらい、水を汲んだ。ホフマン公爵に飲ませるつもりだった。そして、自分で調合した薬を水に溶かしこんだ。酔っぱらった舞踏家のように、手元が大きく波打っていた。
ガチャンと大きな音を立てて、コップが地面に落ちた。
「お客様!大丈夫ですか?」
「ああっ……大丈夫だ……」
ボアジエ公爵は、床に散らばった水とまだ溶け切らずにばらまかれた白粉を、足で思いっきり踏みつけた。
「どうして、私は薬師なんだろうか?どうして、私は友達に裏切られるのだろうか?どうして私は……これほどチキンなんだ?これじゃ、いつまでたってもあの日から進めないじゃないか……」
ボアジエ公爵は、思う存分笑った。自分がこれほど惨めだと思えば、余計に笑えた。そして、笑えを堪えるための涙を小川のように流し続けた。
0
お気に入りに追加
401
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

【完結】べつに平凡な令嬢……のはずなのに、なにかと殿下に可愛がれているんです
朝日みらい
恋愛
アシェリー・へーボンハスは平凡な公爵令嬢である。
取り立てて人目を惹く容姿でもないし……令嬢らしくちゃんと着飾っている、普通の令嬢の内の1人である。
フィリップ・デーニッツ王太子殿下に密かに憧れているが、会ったのは宴会の席であいさつした程度で、
王太子妃候補になれるほど家格は高くない。
本人も素敵な王太子殿下との恋を夢見るだけで、自分の立場はキチンと理解しているつもり。
だから、まさか王太子殿下に嫁ぐなんて夢にも思わず、王妃教育も怠けている。
そんなアシェリーが、宮廷内の貴重な蔵書をたくさん読めると、軽い気持ちで『次期王太子妃の婚約選考会』に参加してみたら、なんと王太子殿下に見初められ…。
王妃候補として王宮に住み始めたアシュリーの、まさかのアツアツの日々が始まる?!
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】己の行動を振り返った悪役令嬢、猛省したのでやり直します!
みなと
恋愛
「思い出した…」
稀代の悪女と呼ばれた公爵家令嬢。
だが、彼女は思い出してしまった。前世の己の行いの数々を。
そして、殺されてしまったことも。
「そうはなりたくないわね。まずは王太子殿下との婚約解消からいたしましょうか」
冷静に前世を思い返して、己の悪行に頭を抱えてしまうナディスであったが、とりあえず出来ることから一つずつ前世と行動を変えようと決意。
その結果はいかに?!
※小説家になろうでも公開中

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】もしかして悪役令嬢とはわたくしのことでしょうか?
桃田みかん
恋愛
ナルトリア公爵の長女イザベルには五歳のフローラという可愛い妹がいる。
天使のように可愛らしいフローラはちょっぴりわがままな小悪魔でもあった。
そんなフローラが階段から落ちて怪我をしてから、少し性格が変わった。
「お姉様を悪役令嬢になんてさせません!」
イザベルにこう高らかに宣言したフローラに、戸惑うばかり。
フローラは天使なのか小悪魔なのか…

婚約破棄をされて魔導図書館の運営からも外されたのに今さら私が協力すると思っているんですか?絶対に協力なんてしませんよ!
しまうま弁当
恋愛
ユーゲルス公爵家の跡取りベルタスとの婚約していたメルティだったが、婚約者のベルタスから突然の婚約破棄を突き付けられたのだった。しかもベルタスと一緒に現れた同級生のミーシャに正妻の座に加えて魔導司書の座まで奪われてしまう。罵声を浴びせられ罪まで擦り付けられたメルティは婚約破棄を受け入れ公爵家を去る事にしたのでした。メルティがいなくなって大喜びしていたベルタスとミーシャであったが魔導図書館の設立をしなければならなくなり、それに伴いどんどん歯車が狂っていく。ベルタスとミーシャはメルティがいなくなったツケをドンドン支払わなければならなくなるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる