神様と翼のない少女

岡暁舟

文字の大きさ
上 下
6 / 18

再会

しおりを挟む
 それからこうした聴取は2日続いた。結局のところ、僕がひたすら話し続ける感じで聴衆はもう飽きている感じだった。嘘偽りのない話を続けているので、個人的には非常に清々しい思いだった。社会に生きれば、嘘をたくさんつかないといけない・・・でも、社会から離れた世界の住人になってしまえば、曝け出すことが出来る。この新しい世界を発見し自ら参加出来たこと・・・それは非常にありがたかった。

 「もう終わりにしますか?」

 大人たちは、もういい加減僕と話すことに飽きてしまったようだった。仕方のないことだ。

 「ええ、僕はどちらでも構いませんが・・・」

 「では、これで終わりにしましょう・・・」

 呆気なく終わってしまった。まあ、これはこれで仕方のないこと。理解していた。

 ずっと話し続けたので、体力的にはだいぶ限界だった・・・ああ、そうだ。こうやって疲れ切ったタイミングで自白を強要するのかな。でも、僕には意味がない。だって、最初から全て自白しているのだから。噓偽りのない自白、これ以上を求められても、正直困ってしまうのだ。

 「ご協力ありがとうございました。後はゆっくりお休みください・・・」

 ゆっくりお休みください・・・犯罪者にそんな声かけをするのか?益々疑念が深まるばかりだった。まあ、これがある人物の差し金だとしたら、既にお見通しではあるのだが。

 「暫くは個室でお休みください・・・」

 ある大人が僕を収監部屋に案内してくれた。個室・・・嫌な単語である。つまりは独房だ。独房から連想する言葉・・・死刑?まさか、このまま死刑になってしまうのか?殺人未遂、自殺教唆で死刑になるなんて、聞いたことがない。それは妄想で良さそうだ。さて・・・ではどうして個室なのか?ここまで配慮される必要があるというのか。

 「あの・・・本当にいいんですか?そんなに配慮して頂かなくても・・・」

 「ああ、いいえ、別に配慮というわけではありませんのでご安心を・・・私どもはどんな犯罪者であっても平等に扱うことを基本としていますので・・・」

 「それを聞いて安心しました。ありがとうございます・・・」

 「いいえ、こちらこそ・・・」

 本当に平等なのか?社会は不平等であり、一般社会から離れたこの新しい社会でも不平等がまかり通っているのか。もはや、誰も信頼することなんてできない。とはいえ、僕は今監禁されているので、自由に行動できるわけじゃない。主張は立派に出来ても、この新しい世界を変えることなんて、夢のまた夢なのだから・・・。

 結論から言うと、色々おかしい・・・信じられない待遇だった。自分が犯罪者であることを忘れてしまうというか。大人たちの長らしき初老の男性が素晴らしき独房に姿を現した。

 「こんばんは・・・ご気分はいかがですかな・・・」

 男性の口ぶりは紳士どうしで交わされるレベルだと思った。裁く人間と裁かれる人間の間でなされる会話ではとてもないと感じた。

 「ああ、結構でございます。どうも・・・こんな私をご配慮くださりありがとうございます・・・」

 「いえいえ、そんな、とんでもございませんよ!」

 男性は妙に畏まっていた・・・怪しいというか、ここまでくると黒幕はもう判明しているようなものだ。一体どこまで僕の人生に介入してくるのだろうか。僕は一応大人・・・自分が犯した罪を自分で償うのは当然のことだと思うのだが、どうもそれを許可しない人間が一定数いるようだ。

 お前は無罪だ・・・どれだけ罪を重ねても、お前は有罪にならない。神様がいないこの世界では、何をしても許される。

 異国の文豪が記した文章・・・黒幕は僕にそう語りかけているようだった。怖い・・・自分の犯罪がこれからなかったことになるかもしれないのだから。暫くしてまた別の男性が姿を見せた。

 「ご機嫌いかがでしょうか・・・」

 どうして、こうもこうも僕のところにひょこひょこと顔を出すのだろうか・・・先ほどの男性よりも階級が高いことは言われなくても分かる。中枢機関から視察に来ているのだろう。実験体じゃあるまいし・・・いや、黒幕が生み出した負の遺産を観察して、みんなで仲良く憐れんでいるのか?
 
 なるほど、僕は立派な見世物ってわけか・・・そう考えると納得がいく。これはもはや僕一人の問題ではない。大それた考えかもしれないが、黒幕の手に落ちてしまった僕は、もっともっと深いところに落ちてしまうのだろうと思った。這い上がることの出来ない、どこからも光の届くことがない暗黒の世界に・・・僕は誘われているのだ。

 そんなことはごめんだ・・・出来るなら逃げたい。そう、社会が僕に暗黒の監獄を差し出すのだとしたら、僕はまた新しい社会を見つけ旅立たなければならない・・・それが死後の世界でしかないんだったら、もうこの瞬間諦めて死を覚悟する・・・このまま生き恥をさらし続けるよりかは、そのほうがよっぽどいいと思ったのだ。

 「あの・・・これから僕はどうなるんでしょうか・・・」

 確認のために周囲の大人たちに聴いてみた。彼らが食する貧相な弁当よりも、よっぽど高級な菓子を口にしていた。大人たちはやはり答えを教えてくれなかった。まあ、当然のことだろう。答えを言ったら、それはこの世界の威信に関わる大問題へと発展していくから・・・黒幕はそこも含めて計算しているんだ。

 だったら・・・今が一番ベストタイミングではないか。嘗ての誓いを果たす日がやって来たのではないか。僕はそう思った。

 「長官はいらっしゃいますか・・・」

 僕は尋ねた。長官、と言葉に出して反応したのは、最初の初老の男性とその次の男性くらいだった。どうやら、この2人の指示で末端の大人たちは動いているだけのようだった。

 「長官とは・・・一体誰のことをおっしゃっているのでしょうか・・・存じ上げませんね・・・」

 まあ、最初から知っています、というわけはない。

 「あれ、長官の命令でこのように僕を優遇しているわけではないのですか?ああ、社会は随分と変わったものですね。これだと犯罪者が増えると思いますよ。だって、正直な話、あなた方のように崇高な仕事をしていても、僕のより貧相な食事をしているのですからね・・・だったらみんな、犯罪者になると思いますよ。ああ、怖い怖い・・・」

 「いいえ、決してそんなことはないかと・・・」

 「そうですか?なら、いいんですけど。それで・・・僕はこれからどうなるんでしょう?」

 「ええと・・・暫くは個室でお休みいただければと思います。刑罰が確定しましたら・・・」

 「それでは質問を変えましょう。僕を裁ける人間が、一体この世界にどれほどいるのでしょうか?犯罪を憎むあなた方が裁けない人間・・・そう、僕は人間じゃなくて神様だ・・・」

 残念・・・本当は何もできないバカな人間である。でも、黒幕が姿を現すまで、僕は神様と扱われるのかもしれない。まあ、気持ちとしては悪くない。




 「舞い上がるのも大概にしろ・・・この若造が」

 それは突然の訪れだった。聴きなれた声、嫌な声・・・ひょっとして黒幕の登場か?僕は非常に興奮した。面と向かったら一発殴ってやろうか・・・そんなことを考えた。

 「若造・・・ああ、あなただけは言葉遣いが違う、嘗てのように僕のことを蔑むのですね・・・」

 安心した。黒幕まで態度が変わってしまったら、張り合いがなくなってしまう。反骨精神を蓄え続けて、今こうして対峙出来ているのだから。

 「貴様は・・・いつまでたっても迷惑をかけてばかりだ・・・ああ、出来損ないだよ・・・」


 このような形で再会するなんて・・・随分と粋な計らいをしてくれるものだ。さて、この黒幕に僕はどう接すればいいのだろうか。やってみないと分からない・・・まあ、そんなところなのか。上手くいけば願いをかなえることが出来るかもしれない・・・黒幕との対峙が始まりを告げた。
しおりを挟む

処理中です...