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2章
26.
しおりを挟む「その手を離せ。」
「誰だ、お前。」
「聞こえなかったのか?その汚い手を今すぐ離せと言っている。」
「ああ!?」
男の後ろには白いフードを被った小柄な男性が立っていた。自分よりも体格の良い男に睨まれても全く動じる様子はなく、悠然と構えている。
「どうして・・・」
何故、貴方がここに。今は式典の最中のはずだ。
顔は見えないが、この声は間違いなく彼だと分かる。
「誰だか知らねーが調子に乗るなよ!!」
男は私の腕を離すと、胸元からナイフを取り出して目の前の男性に向かっていく。対するフードの彼は何も持っているようには見えない。
男がナイフを振り下ろす。
「危ない!!」
私は思わず叫んでしまう。
しかしナイフが振り下ろされる瞬間サッと避けると、瞬時に男の腕を捻り脚を払った。
「ぐぁっ!」
バランスを崩した男の体を、その勢いで道路にねじ伏せる。男は一瞬の事に何が起きたのか分かっていない様子だったが、状況を理解すると激しく暴れようとする。しかし、頭と体を押さえつけられて動けない。
「てめぇ!こんな事してただで済むと──」
倒れても尚悪態をつく男に、彼が低い声で呟く。
「黙れ。ここまで怒りが込み上げるのは初めてだ。貴様みたいな奴は生きている価値がない。」
白いフードの隙間から覗く相手を射抜くような鋭い眼光と怒気をはらんだ声に男が戦慄く。
「お、おい!こいつらがどうなってもいいのか!?」
男の仲間が焦ったように私達に手を伸ばす。
私はとっさの事で体が動かせず身構えるが、その手が届く事はなく、男達が蹴り飛ばされていった。
「大丈夫か!?リザベル!」
「間に合って良かった。怪我はなかったか?」
「レイド!!それにライアン様も!」
ライアン様に続きやってきた騎士達が、道路に伸びている男の仲間を縛り上げていく。
しかし白いフードの彼はいまだに組み伏せた相手を睨み、離そうとしない。
「セリオス、もう離せ。そいつ今にも気を失いそうだぞ!」
「構わない。むしろそうしているつもりだ。」
「待てって!こいつらに聞きたいこともあるし、今意識を失くされたら困るんだよ!」
「・・・ちっ。」
レイドの言葉に渋々従うが、セリオス様の顔は険しいままだ。
「この男達は騎士団で預かる。リザベル嬢にも後で話を聞く事になるが、怖い目にあった直後だしまずはゆっくり休んでくれ。ニコラスにも迎えに来るよう伝えておく。レイド、お前も来い。」
「はい!」
セリオス様の護衛の為に数名の騎士が残り、男達は連れて行かれた。
私はほっと一息ついたが、急激に体の力が抜けていくのが分かる。
「っ!リザベル!大丈夫か!?」
「あ、ありがとうございます。」
足に力が入らず地面に倒れそうになったが、セリオス様が支えてくれた。
助かったと分かった途端、さっきまでの張り詰めていたものが緩んでしまったようだ。
な、情けない。
「・・・。」
「セリオス様?もう離していただいても大丈夫です。」
いつまでも私から離れないセリオス様に声をかけるが、返事がない。それどころか、ますます抱きしめる力が強くなっていく。
「あの、本当に大丈夫です。もう1人で立てま──」
「・・・だな。」
「え?」
セリオス様の声が小さくて聞き取れない。
何と言ったのかもう一度尋ねると、さっきよりも僅かに声量が上がる。
「本当に無事なんだな。」
「はい。セリオス様のお陰で無傷です。」
「良かった・・・。」
またギュッと強く抱きしめられ、私の首元に顔を埋めてくる。フードから流れるサラサラな髪の毛が私の鎖骨をくすぐる。
あまりの密着に心臓が飛び出しそうな程ドキドキして、セリオス様に聞こえているんじゃないかと恥ずかしくなってしまう。
「あの、セリオス様。それ以上抱きしめられると、私の心臓が持ちそうにありません。」
私は切実に訴える。だってもう、うまく呼吸すらできない。
騎士の人達も目のやり場に困ってますから。
むしろ目線逸らされてます。
「君がいなくなったと聞いた時、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなった。何か危険な事に巻き込まれたのではないかと本当に怖かった。頼むから、1人で行動しないでほしい。」
「・・・はい。ご心配をおかけして、本当に申し訳ありません。」
セリオス様の体が心なしか震えている。
自分の軽率な行動のせいで大勢の人に迷惑を掛けてしまった。
式典という事もあり、いつもより気持ちが高揚し冷静な判断が出来ていなかったと反省する。
「お姉ちゃんは僕を助けてくれたんだよ。怒らないであげて。」
振り向くと、男の子が私のスカートの裾を掴んでセリオス様に訴えている。どうやら私の事を庇ってくれているらしい。いまだにマントのフードを被ったままなので、顔が分からない。
セリオス様がそっと私を離し、男の子の目線に合わせてしゃがみ込む。
「助けてくれた、とはどういう事だ?」
「僕が怖い人達に追いかけられていた所を、お姉ちゃんが助けようとしてくれたの。」
「そうだったのか。君は、お父さんかお母さんと式典に来たのか?」
「違うよ。母上は僕を産んで死んじゃったんだって。だから塔の中に1人で住んでるんだ。今日は式典だからこっそり抜け出してきたの。」
「塔の中に・・・1人で?」
「うん!ちょっと寂しいけど、時々夜に父上が会いに来てくれるから平気だよ。」
男の子の言葉に、セリオス様は一瞬動揺した様子だった。
「・・・君の名前を聞いてもいいか?」
セリオス様の問いに男の子が口を開く。
「僕はマーリャだよ。」
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