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1章

6.レイド・アーガス

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「いいか、レイド。今日からお前はレガスとしてここで過ごすんだ。しばらく会えなくなるが・・・」

「嫌だ!俺は今まで通り父さんと城で暮らしたい!教会になんて行きたくない!」

「駄目だ。俺が迎えに来るまで、城に帰ることは許さない。」

「何で突然そんな事っ・・・。母さんが死んで、父さんまで俺の前から居なくなるのかよ。父さんにとって、俺は邪魔な存在なのか?」

「違う!そんな事はあり得ない。ただ、お前を守る為なんだ。分かってくれ。」

「分からねーよ!ちゃんと説明してくれよ!何でっ・・・!」













ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「・・・レガス兄ちゃん、もうすぐここを出て行くって、本当?」

朝食後、共に日課の素振りをしていると、急に手を止めたマートが話しかけてきた。もちろんここには剣など無いので、自分で作った木刀で、だ。


「何だ、もう知ってるのか。誰かに聞いたのか?」

「ロブが、昨日シスターとレガス兄ちゃんが話してるのを聞いたって・・・本当なの?」

「そっか・・・うん、本当だ。マートは、施設の決まりを知ってるだろ?俺は今年で13歳だから、もうここを出ないといけないんだ。」

「そんな・・・。ボク、もっとレガス兄ちゃんから色々教わりたかったのに。剣だって、まだ1度も勝ててないのに・・・。」


今日は朝からやけに沈んでいるなと思えば、俺と離れる事を寂しがってくれているらしい。
唇を噛んで必死に涙を堪える姿に、それだけ自分の事を慕ってくれているのだと心が温かくなる。





マートがこの施設にやってきたのは、丁度去年の今頃だった。両親を事故で亡くし、親戚中をたらい回しにされた後、この施設にやって来た。
よほど酷い扱いを受けていたのか、施設に来てすぐの頃は誰にも心を開かず、1日中部屋の隅で膝を抱えてうずくまっていた。

その姿が昔の自分と重なり、気付けば声をかけていた。

「おい、いつまでそうしているつもりだ?ここではお前より小さい奴らも皆仕事して生活しているんだ。こんな所でウジウジ泣いてたって誰も助けてくれないぞ。」

俺はあえて突き放した言い方をする。


「うう、うるさいっ!す、好きでこんな所に来たわけじゃない!お前にボクの何が分かるんだよ!」

初めて聞いたマートの声は、震えているくせにそれを悟られまいと精一杯強がっていた。
涙で濡れた目は真っ赤で、グショグショの顔で俺を睨みつけている。






ああ、昔の俺を見ているみたいだ。


もうこれ以上傷付きたくないと、他人を拒絶することで自分を守っている。


「は。泣き虫が何言ってるんだ。」

「ボクは泣き虫なんかじゃない!」

「へー。じゃあ、俺に剣で勝てたら認めてやるよ。俺はレガス。お前は?」

「・・・・・・マート。剣なんて、使ったことない。」

「何だよ。剣の振り方も知らないのか?仕方ねーな、俺が教えてやるよ。」






その日から毎日、暇さえあれば2人で素振りの稽古をした。
マートは筋が良く、めきめきと上達していった。将来は騎士団に入りたいと、キラキラした目で話す姿は微笑ましかった。


強くなりたい。
もうあんな惨めな思いはしたくないから。















1年で随分と成長した目の前の弟分に、感慨深くなる。


「ったく。相変わらず泣き虫は変わらねーな、マート。そんなんじゃいつまでも認めてやれねーぞ。」

「な、泣いてないっ!」

乱暴にゴシゴシと目を拭う姿に、とうとう吹き出してしまう。

「ぶはっ!そーか、それじゃあ認めてやるよ。そんで俺が居なくなった後は、お前がチビ達を守ってやれ。お前だから任すんだぞ。」

「・・・ぅん。・・・わっ!何するのさ!」

俯いて小さく頷くマートの頭をチビ達にするようにわしゃわしゃと撫でれば、やめてよと怒りながらも、表情から本当に嫌がってるわけじゃないと分かる。


「さ、そろそろホールに行こうぜ。今日は来客があるんだろ。」

「あ、いつもドレスを送ってくれてるお嬢様が来るんだった!どれも高級な生地だから、あれで小物とか他の物に作り直すとバザーで高値で売れるんだよね。貴族はちょっと怖いけど・・・その子はどうかなぁ?確か名前は、リザ・・・」

「さーな。貴族なんてロクなもんじゃねーよ。ほら、行くぞ!」

「あ!待ってよ、レガス兄ちゃん!」





レガスとしてここで過ごせるのも後少し。

俺はまた、あの醜く残酷な世界に戻る。

だけど、もう泣く事しか出来なかった俺じゃない。

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