デネブが死んだ

毛蟹葵葉

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 その日から、アルビレオは私に声をかけてくるようになった。
 理由はわからない。

「最近、園芸をするようになって」

 アルビレオは、庭で育てているのだろう、花を何本か私のところへと持って来てくれた。

「家庭菜園も始めて、野菜が大きくなったら持っていきます」

 白い肌が浅黒くなり精悍さが増したように見える。
 花を渡される度に、私はどんな顔をしたらいいのかわからなくなる。

 きっと、デネブの友人として認めてくれているのだと思うのだけれど、自分で育てた花を渡されるのは少し気が引ける。

「ありがとうございます。その、野菜はありがたく受け取ります」

 お礼を言うと、アルビレオが柔らかく微笑んだ。
 その笑顔がどこかデネブと重なり、夫婦が似るという話は本当なのだとぼんやりと思った。

「今日もお世話になりますね」

 アルビレオが、長期間不在になるのでデネブが私の屋敷へとやって来た。

「ねえ、このお花綺麗ね」

 デネブは、アルビレオからもらった花を見てそう言った。
 自分の屋敷にあるのなら、彼女のことだから話題に出すはずだ。

「ありがとう」

 それについてあえて触れずに返事だけした。

「そういえば、デネブの屋敷にもお庭があるんでしょう?花は満開なの?」

「うちにはないわよ。アルビレオが家庭菜園をするって言ってやってるけど、そのくらい」

 無邪気なデネブの返しに、違和感がした。
 庭がないのになぜアルビレオは私に花なんかを渡したのだろう。

「そうなの」

「ごめんなさい。少し疲れちゃったの、寝ててもいい?」

 デネブは元気がなさそうだった。
 いや、実際に彼女の身体は日に日に弱っていっているように見える。
 それが、アークの姿と重なるのだ。

「ええ、もちろん。何かあったら呼んでね」

 じくりと胸が痛む。アークの事を思い出したせいか。

 一度、アルビレオと話し合った方がいいかもしれない。
 デネブは、ベッドで臥せがちに過ごしていた。

 それが、更に不安感を駆り立てた。

「いつもありがとうございます」

 アルビレオがデネブを迎えにやって来た。
 アルビレオは以前に比べて警戒心が見られなくなった気がする。
 けれど、まるで私を監視するかのように、じっと見つめる事が増えたような気がする。
 好意の裏側を探ろうとしているのかもしれない。
 デネブから聞いた話が事実なら、気持ちはよくわかる。

「いえ、私も楽しく過ごせましたので」

 あくまでデネブと過ごすのが楽しいから、と、アピールするしか本当の意味で信用はされないような気がした。
 屋敷に庭はないらしい。それなのに、なぜ、私に花などを渡すのだろう。
 もしかしたら、彼は私を試しているのかもしれない。

 それは、傲慢であまりにも自意識過剰だと思う。

 その理由を知るきっかけはすぐに起きた。
 
 不意にバルコニーから見える浜辺を歩きたいと思うようになった。
 なぜわからないけれど、アークとの思い出の痕跡を感じたかったのかもしれない。

 浜辺は風が強くて、おろしたままの黒い髪が乱れる。
 
「アデラインさん」

 背後から名前を呼ばれて振り返ると、そこにはアルビレオがたっていた。

「こんにちは」

「……」

 挨拶をすると、アルビレオは悩ましげな顔で黙り込んでいた。

「どうかしましたか?」

「あの時、失礼な事を言って申し訳ありません」

 どうやら、初対面の時の無礼を謝りたくて、そんな顔をしていてようだ。
 過去のことだし、警戒する理由もわかるから気になどしていないのに。
 律儀に謝るなんて、彼は真面目なのだろう。

「気にしてませんよ。デネブさんから色々と聞きましたから」

「好きです」

 頭を殴られたような衝撃を受けた。
 アルビレオは何を言っているのか。

「貴女の事が好きなんです」

 二度目の告白で、その意味をちゃんと理解した。
 彼を真面目で誠実な人だと思っていたが、とんでもなく不誠実で最低の男だと理解した。
 妻がいるのに、私を好きだと言うだなんて。

「あ、貴方、何を言っているんですか!?不誠実にも程があるでしょう!?」

「僕を受け入れてくれませんか?」

 懇願するような目。もしも、彼に相手がいなければ私は頷いていたと思う。

「あ、ありえません。そんな事、許されません」

 私はその場から走り去った。
 その日からアルビレオを意識するようになった。
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