好きだと言いたかった

毛蟹葵葉

文字の大きさ
上 下
4 / 5

4

しおりを挟む
4

 それを知らされたのは会社でだった。

「手塚が亡くなった……?」

 私はそれを知った時、嘘だと思った。
 けれど、それは現実であることを同僚が突きつけてきた。

「お通夜は、今日の18時からだから」

 その日は、何も手につかなかった。
 お焼香は、同僚と一緒に行くことにした。
 嘘だと。まだ信じられない気持ちが大きかった。
 葬儀場に着いたら手塚が待っていて、「驚いただろ。嘘だよ」と、笑っているような気がして、まだ、現実だと受け止められずにいた。

「……」

 葬儀場に到着すると、そこには手塚なんているはずもなく、私は視線を彷徨わせた。
 彼の姿を見たかったのかもしれない。

 ご遺族に挨拶をすると、「最後に挨拶でも」と言われた。
 断る理由もなく。私は手塚の顔を見た。
 最後のお別れのつもりで。

「……っ」

 手塚の顔に大きな損傷はなく、死化粧のおかげなのか、まるで眠っているかのようだ。
 今にも瞬きと共に手塚の長いまつ毛が動き出しそうだ。と、私はぼんやりと考えていた。

 何もかもが全部嘘だと。思いたい。けれど、全てが現実だと受け入れなくてはならない。

 それが、自分にできるだろうか。

 わからない。もう、何も考えたくない。

 そこから、私の頭の中は真っ白になった。
 気がつけば家にいた。

 『もう会わないから、忘れろよ』

 手塚が私に言った言葉が頭の中に響いた。
 本当にもう二度と会えなくなるなんて、私は思いもしなかった。
 私は手塚のことを忘れられるのだろうか。

 わからない。きっと、指に刺さった細くて小さな棘のように、滅多なことでは抜けずに時折り痛みを思い出しそうな気がした。

 でもきっと時間が全てを解決してくれる。と、私は思っていた。
 でも、それは間違いだった。

 少しずつ自分がすり減っていくような気分を感じていた。
 それは、会社で手塚の姿を無意識に探してしまうところや、普段なら許せた誰かのミスを許せなくなっている自分に気がついたから。

 手塚がいなくなって寂しいから、そうなっていったのだと思う。
 それは時間が解決してくれる。と、信じていた。

 会社で手塚との思い出の残り香を探して、深い喪失感を覚えるたびに私は深い後悔に包まれる。

 あの時、なぜ手塚を拒んでしまったのか。

 認めたくないけれど、認めるしかない。私は手塚のことを好きだったのだ。
 この想いに気がついた瞬間、私は底なし沼のような絶望に囚われていた。

 夢で何度も手塚の姿を見る。
 彼は変わらずみずみずしいままで、私は少しずつ枯れていくように顔や手に皺が刻まれていく。

 いつのまにかたくさんの年を取っていた。
 夢の中の手塚は何一つ変わらない。それが、また、苦しい。
 どれだけ仕事で努力して出世しても何一つ嬉しくなかった。

 周囲は結婚して幸せな家庭を築いているのに、私は他に目がいかない。

 ゆっくりと死を迎えるように、ただ、手塚と会える日を待つ生活をしていた。

 いつものように、下を向き出社していると、不意に顔を上げたくなった。

 その時、私はあるものを見た。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして

犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。 王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。 失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり… この薔薇を育てた人は!?

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

あなたを愛するつもりはない、と言われたので自由にしたら旦那様が嬉しそうです

あなはにす
恋愛
「あなたを愛するつもりはない」 伯爵令嬢のセリアは、結婚適齢期。家族から、縁談を次から次へと用意されるが、家族のメガネに合わず家族が破談にするような日々を送っている。そんな中で、ずっと続けているピアノ教室で、かつて慕ってくれていたノウェに出会う。ノウェはセリアの変化を感じ取ると、何か考えたようなそぶりをして去っていき、次の日には親から公爵位のノウェから縁談が入ったと言われる。縁談はとんとん拍子で決まるがノウェには「あなたを愛するつもりはない」と言われる。自分が認められる手段であった結婚がうまくいかない中でセリアは自由に過ごすようになっていく。ノウェはそれを喜んでいるようで……?

婚約者は一途なので

mios
恋愛
婚約者と私を別れさせる為にある子爵令嬢が現れた。婚約者は公爵家嫡男。私は伯爵令嬢。学園卒業後すぐに婚姻する予定の伯爵令嬢は、焦った女性達から、公爵夫人の座をかけて狙われることになる。

雇われ妻の求めるものは

中田カナ
恋愛
若き雇われ妻は領地繁栄のため今日も奮闘する。(全7話) ※小説家になろう/カクヨムでも投稿しています。

【完結】大嫌いなあいつと結ばれるまでループし続けるなんてどんな地獄ですか?

恋愛
公爵令嬢ノエルには大嫌いな男がいる。ジュリオス王太子だ。彼の意地悪で傲慢なところがノエルは大嫌いだった。 ある夜、ジュリオス主催の舞踏会で鉢合わせる。 「踊ってやってもいいぞ?」 「は?誰が貴方と踊るものですか」 ノエルはさっさと家に帰って寝ると、また舞踏会当日の朝に戻っていた。 そしてまた舞踏会で言われる。 「踊ってやってもいいぞ?」 「だから貴方と踊らないって!!」 舞踏会から逃げようが隠れようが、必ず舞踏会の朝に戻ってしまう。 もしかして、ジュリオスと踊ったら舞踏会は終わるの? それだけは絶対に嫌!! ※ざまあなしです ※ハッピーエンドです ☆☆ 全5話で無事完結することができました! ありがとうございます!

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

エデルガルトの幸せ

よーこ
恋愛
よくある婚約破棄もの。 学院の昼休みに幼い頃からの婚約者に呼び出され、婚約破棄を突きつけられたエデルガルト。 彼女が長年の婚約者から離れ、新しい恋をして幸せになるまでのお話。 全5話。

処理中です...