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それを知らされたのは会社でだった。
「手塚が亡くなった……?」
私はそれを知った時、嘘だと思った。
けれど、それは現実であることを同僚が突きつけてきた。
「お通夜は、今日の18時からだから」
その日は、何も手につかなかった。
お焼香は、同僚と一緒に行くことにした。
嘘だと。まだ信じられない気持ちが大きかった。
葬儀場に着いたら手塚が待っていて、「驚いただろ。嘘だよ」と、笑っているような気がして、まだ、現実だと受け止められずにいた。
「……」
葬儀場に到着すると、そこには手塚なんているはずもなく、私は視線を彷徨わせた。
彼の姿を見たかったのかもしれない。
ご遺族に挨拶をすると、「最後に挨拶でも」と言われた。
断る理由もなく。私は手塚の顔を見た。
最後のお別れのつもりで。
「……っ」
手塚の顔に大きな損傷はなく、死化粧のおかげなのか、まるで眠っているかのようだ。
今にも瞬きと共に手塚の長いまつ毛が動き出しそうだ。と、私はぼんやりと考えていた。
何もかもが全部嘘だと。思いたい。けれど、全てが現実だと受け入れなくてはならない。
それが、自分にできるだろうか。
わからない。もう、何も考えたくない。
そこから、私の頭の中は真っ白になった。
気がつけば家にいた。
『もう会わないから、忘れろよ』
手塚が私に言った言葉が頭の中に響いた。
本当にもう二度と会えなくなるなんて、私は思いもしなかった。
私は手塚のことを忘れられるのだろうか。
わからない。きっと、指に刺さった細くて小さな棘のように、滅多なことでは抜けずに時折り痛みを思い出しそうな気がした。
でもきっと時間が全てを解決してくれる。と、私は思っていた。
でも、それは間違いだった。
少しずつ自分がすり減っていくような気分を感じていた。
それは、会社で手塚の姿を無意識に探してしまうところや、普段なら許せた誰かのミスを許せなくなっている自分に気がついたから。
手塚がいなくなって寂しいから、そうなっていったのだと思う。
それは時間が解決してくれる。と、信じていた。
会社で手塚との思い出の残り香を探して、深い喪失感を覚えるたびに私は深い後悔に包まれる。
あの時、なぜ手塚を拒んでしまったのか。
認めたくないけれど、認めるしかない。私は手塚のことを好きだったのだ。
この想いに気がついた瞬間、私は底なし沼のような絶望に囚われていた。
夢で何度も手塚の姿を見る。
彼は変わらずみずみずしいままで、私は少しずつ枯れていくように顔や手に皺が刻まれていく。
いつのまにかたくさんの年を取っていた。
夢の中の手塚は何一つ変わらない。それが、また、苦しい。
どれだけ仕事で努力して出世しても何一つ嬉しくなかった。
周囲は結婚して幸せな家庭を築いているのに、私は他に目がいかない。
ゆっくりと死を迎えるように、ただ、手塚と会える日を待つ生活をしていた。
いつものように、下を向き出社していると、不意に顔を上げたくなった。
その時、私はあるものを見た。
それを知らされたのは会社でだった。
「手塚が亡くなった……?」
私はそれを知った時、嘘だと思った。
けれど、それは現実であることを同僚が突きつけてきた。
「お通夜は、今日の18時からだから」
その日は、何も手につかなかった。
お焼香は、同僚と一緒に行くことにした。
嘘だと。まだ信じられない気持ちが大きかった。
葬儀場に着いたら手塚が待っていて、「驚いただろ。嘘だよ」と、笑っているような気がして、まだ、現実だと受け止められずにいた。
「……」
葬儀場に到着すると、そこには手塚なんているはずもなく、私は視線を彷徨わせた。
彼の姿を見たかったのかもしれない。
ご遺族に挨拶をすると、「最後に挨拶でも」と言われた。
断る理由もなく。私は手塚の顔を見た。
最後のお別れのつもりで。
「……っ」
手塚の顔に大きな損傷はなく、死化粧のおかげなのか、まるで眠っているかのようだ。
今にも瞬きと共に手塚の長いまつ毛が動き出しそうだ。と、私はぼんやりと考えていた。
何もかもが全部嘘だと。思いたい。けれど、全てが現実だと受け入れなくてはならない。
それが、自分にできるだろうか。
わからない。もう、何も考えたくない。
そこから、私の頭の中は真っ白になった。
気がつけば家にいた。
『もう会わないから、忘れろよ』
手塚が私に言った言葉が頭の中に響いた。
本当にもう二度と会えなくなるなんて、私は思いもしなかった。
私は手塚のことを忘れられるのだろうか。
わからない。きっと、指に刺さった細くて小さな棘のように、滅多なことでは抜けずに時折り痛みを思い出しそうな気がした。
でもきっと時間が全てを解決してくれる。と、私は思っていた。
でも、それは間違いだった。
少しずつ自分がすり減っていくような気分を感じていた。
それは、会社で手塚の姿を無意識に探してしまうところや、普段なら許せた誰かのミスを許せなくなっている自分に気がついたから。
手塚がいなくなって寂しいから、そうなっていったのだと思う。
それは時間が解決してくれる。と、信じていた。
会社で手塚との思い出の残り香を探して、深い喪失感を覚えるたびに私は深い後悔に包まれる。
あの時、なぜ手塚を拒んでしまったのか。
認めたくないけれど、認めるしかない。私は手塚のことを好きだったのだ。
この想いに気がついた瞬間、私は底なし沼のような絶望に囚われていた。
夢で何度も手塚の姿を見る。
彼は変わらずみずみずしいままで、私は少しずつ枯れていくように顔や手に皺が刻まれていく。
いつのまにかたくさんの年を取っていた。
夢の中の手塚は何一つ変わらない。それが、また、苦しい。
どれだけ仕事で努力して出世しても何一つ嬉しくなかった。
周囲は結婚して幸せな家庭を築いているのに、私は他に目がいかない。
ゆっくりと死を迎えるように、ただ、手塚と会える日を待つ生活をしていた。
いつものように、下を向き出社していると、不意に顔を上げたくなった。
その時、私はあるものを見た。
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