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水津はどこか言いにくそうに私に聞いてきた。
別に過去の男の事なんて彼には関係のないことで、そもそもそれを口にすることも憚られるが、答えてほしそうな視線に耐えられず私は仕方なく答えた。
「深い関係になる前に別れたのよ」
私は言葉を濁して苦笑いした。
水津に過去の男の話をするのは悪口を言っているようで嫌なものだ。けれど、どこにも連れていって貰ったことがなかったのは事実だ。こっそり他の女性と遊んでいたのも知っている。
本当は気がついていた。私が都合のいい女だってことに、浮気しても結婚してしまえば何も言わないと澤田は思っていたのだろう。
実際にその通りだ。浮気相手の彩那が妊娠したから私が捨てられてしまったけれど。
もし、あの人と結婚していたら、何も知らないければ幸せで居られたかもしれない。どんなに酷い扱いをされても気がつかなかっただろう、私は澤田しか男を知らなかったから。
あの件で人間不信に陥った。いい人が現れても、その人を心から信用なんて出来ないだろう。
「……」
私は何も言えずに俯いた。言葉は喉に張り付いたまま出てこない。
「俺とは行きたくない?」
沈黙を破ったのは水津でとても不安そうに私の方を見ている。
私が水津と行きたくないと思ったのだろうか?
彼は私の沈黙の意味をそんなふうにとったのかもしれない。
「そんな事ないわよ。水津くんといると楽しいの」
私は昔の事で彼に不安な思いをさせたことを申し訳なく思った。
「じゃあ、行こうよ。楽しいよきっと、向こうに戻ったらしばらくは会えないし」
そうだった。再来年の四月には彼はここには居ない。
本社に戻れば彼はすぐに私の事を忘れるのだろう。若くて可愛い女の子に目移りするのかもしれない。いや絶対にその女の子に夢中になる。
彼女だった進藤すら冷たく切り捨てた彼なら、私の事なんて二度と思い出す事なんてないだろう。
だったら。楽しい泡沫の夢くらい見てもいいじゃないかと私は思った。どうせ、再来年の四月には捨てられる。
破滅のオプションまでついてくるかもしれないけれど、だったらその時まで精々楽しめばいい。私の心には真っ黒な想いが広がった。
「うん」
けれど、私はそれを隠してにっこりと微笑んだ。
「凛子はどんなアーティストが好きなの?」
「えっと」
私達は好きなアーティストの話しで盛り上がった。
すごく楽しい。それなのに。今までの人生で楽しい計画を立ててそれが叶った事はあっただろうか。
私はふとそんな事を考えていた。
「それじゃあ、おやすみなさい」
水津との休日は楽しい物だったと思う。意味もなくショッピングモールに行ったり映画を観たりした。
「さようなら」
水津は私の頬に口づけをして名残惜しそうに帰って行った。
それを見送り。いつものように、水津に緑色の薔薇を渡された私は部屋に戻りベッドに潜り込んだ。
途方もない寂しさが胸の中を埋め尽くしていく。水津は居心地が良くて遠くない未来に失うことがつらくて。
だけど、それを私は納得している。情けなくすがり付くつもりも、醜く他の女に嫉妬するつもりもない。今この時だけ楽しめればいいだけ。と、そう自分に言い聞かせる。
「そうだわ。ライブのチケットを取っておこうかしら」
沢山の思い出がほしくて、私は自分からライブのチケットを注文した。ゴールデンウィークだが、無理を言えば水津は付き合ってくれるだろう。
「断られても、一人でもいけるし」
そう自分に言い聞かせる。そこに。
プルルルル……。
私のスマホが鳴り出した。手に取ると『非通知』と表示されている。この、電話は進藤からだと思うけれど、怖くていまだに出ることが出来なかった。たくさんの恨み言を言われるのが怖くて。
柏木に相談しよう。私はそう思うと着信が切れるのを待った。
別に過去の男の事なんて彼には関係のないことで、そもそもそれを口にすることも憚られるが、答えてほしそうな視線に耐えられず私は仕方なく答えた。
「深い関係になる前に別れたのよ」
私は言葉を濁して苦笑いした。
水津に過去の男の話をするのは悪口を言っているようで嫌なものだ。けれど、どこにも連れていって貰ったことがなかったのは事実だ。こっそり他の女性と遊んでいたのも知っている。
本当は気がついていた。私が都合のいい女だってことに、浮気しても結婚してしまえば何も言わないと澤田は思っていたのだろう。
実際にその通りだ。浮気相手の彩那が妊娠したから私が捨てられてしまったけれど。
もし、あの人と結婚していたら、何も知らないければ幸せで居られたかもしれない。どんなに酷い扱いをされても気がつかなかっただろう、私は澤田しか男を知らなかったから。
あの件で人間不信に陥った。いい人が現れても、その人を心から信用なんて出来ないだろう。
「……」
私は何も言えずに俯いた。言葉は喉に張り付いたまま出てこない。
「俺とは行きたくない?」
沈黙を破ったのは水津でとても不安そうに私の方を見ている。
私が水津と行きたくないと思ったのだろうか?
彼は私の沈黙の意味をそんなふうにとったのかもしれない。
「そんな事ないわよ。水津くんといると楽しいの」
私は昔の事で彼に不安な思いをさせたことを申し訳なく思った。
「じゃあ、行こうよ。楽しいよきっと、向こうに戻ったらしばらくは会えないし」
そうだった。再来年の四月には彼はここには居ない。
本社に戻れば彼はすぐに私の事を忘れるのだろう。若くて可愛い女の子に目移りするのかもしれない。いや絶対にその女の子に夢中になる。
彼女だった進藤すら冷たく切り捨てた彼なら、私の事なんて二度と思い出す事なんてないだろう。
だったら。楽しい泡沫の夢くらい見てもいいじゃないかと私は思った。どうせ、再来年の四月には捨てられる。
破滅のオプションまでついてくるかもしれないけれど、だったらその時まで精々楽しめばいい。私の心には真っ黒な想いが広がった。
「うん」
けれど、私はそれを隠してにっこりと微笑んだ。
「凛子はどんなアーティストが好きなの?」
「えっと」
私達は好きなアーティストの話しで盛り上がった。
すごく楽しい。それなのに。今までの人生で楽しい計画を立ててそれが叶った事はあっただろうか。
私はふとそんな事を考えていた。
「それじゃあ、おやすみなさい」
水津との休日は楽しい物だったと思う。意味もなくショッピングモールに行ったり映画を観たりした。
「さようなら」
水津は私の頬に口づけをして名残惜しそうに帰って行った。
それを見送り。いつものように、水津に緑色の薔薇を渡された私は部屋に戻りベッドに潜り込んだ。
途方もない寂しさが胸の中を埋め尽くしていく。水津は居心地が良くて遠くない未来に失うことがつらくて。
だけど、それを私は納得している。情けなくすがり付くつもりも、醜く他の女に嫉妬するつもりもない。今この時だけ楽しめればいいだけ。と、そう自分に言い聞かせる。
「そうだわ。ライブのチケットを取っておこうかしら」
沢山の思い出がほしくて、私は自分からライブのチケットを注文した。ゴールデンウィークだが、無理を言えば水津は付き合ってくれるだろう。
「断られても、一人でもいけるし」
そう自分に言い聞かせる。そこに。
プルルルル……。
私のスマホが鳴り出した。手に取ると『非通知』と表示されている。この、電話は進藤からだと思うけれど、怖くていまだに出ることが出来なかった。たくさんの恨み言を言われるのが怖くて。
柏木に相談しよう。私はそう思うと着信が切れるのを待った。
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