44 / 70
44
しおりを挟む
「君の事が『好き』だった『かも』しれない。だけど、今は君のことなんて好きでもないよ。関わりたくないくらいだ」
水津は迷惑そうに吐き捨てた。
「確かに思わせぶりな態度をとったかもしれない。でも、人が不利益になるような噂を流すような奴を俺が好きになるわけがないだろう?」
もう、それだけで十分なはずなのに水津はなおも進藤に追い討ちをかける。
「その上、俺の大切な凛子を傷付けるような事をして、この噂でどれだけ彼女が悩んでいたと思う?」
水津は、顔を上げて恐らく進藤の目を見たのだろう。
彼女は息をのみ彼を見た。
「俺は絶対にお前を許すつもりなんてないよ」
留めの一言で進藤は目に一杯の涙を溜めてその場に力が抜けたようにしゃがみこんだ。
「凛子、行こうか?立てる?」
私がふらつきながらも何とか自力で歩くのを見届けて、水津はゆっくりと進藤の方に近付き見下ろしながら何かを囁いた。
彼女は「あっ……」と呟きその場にくたりと倒れて肩を震わし始めた。
「行こう」
水津は囁き終わったら、もう用無しと言わんばかりに彼女に背を向けた。
「あ、でも彼女を」
「あんなの放っておけばいい。怖かったでしょ?ちゃんと送って行くから。安心して」
水津に軽く背中を支えられて廊下を歩く。私は何度も振り返り進藤の方を見たが、彼女は起き上がることもなく芋虫のように地面にへばりついていた。
私は水津のお陰で助かった。しかし、よくわからない事も多かった。
二人の言い分は食い違っていたが、進藤の口ぶりでは水津がこうなるように仕向けたようにも聞こえたのだ。
思い込みの激しい彼女だからこそこんな結果になってしまったようにも思えてしまう。
だが、私は二人とも信用なんてしていない。どちらが正しいかなんて判断できないのだ。
しかし、水津は『彼女』だった進藤を邪魔だからとあっさりと切り捨てた。彼に恋人がいたのは事実だ。
あんなにも仲が良さそうだったのに、全てが嘘だったかのように容赦なく彼はそれをした。
もし、この騒ぎを水津が進藤を唆して起こしたのなら、邪魔になった彼女を切り捨てるためにしたのだと思う。
……私を利用して。
彼にとって『今は』私が『大切』なのは事実だろう。
だけど、私が『大切』じゃなくなったら、私が彼にとって邪魔になったら。
彼にとっての『大切』な意味が歪んだ物のように私は感じていた。もし、そうなら『今回は』助けてくれたのかもしれない。
戯れるように肩に止まった蝶は、捕まえようとすると破滅という鱗粉を残して去っていってしまう。
水津と親しかった進藤がまさにそれに当てはまっていた。怖い。と、私は思った。
彼の邪魔になってしまったら、私はどうなってしまうのだろう?
全てを失い。水津に心を折られたらもう立ち上がれない気がした。進藤と同じように、彼女はもう立ち上がる事なんてできないだろう。
私はどうしたらいいのだろう?
「凛子、怖かったね。助けるのが遅くなってごめん」
水津は申し訳なさそうな表情をしてギュッと私を抱き締めた。
でも、そんな優しさすら水津にとっては嘘なのかもしれない。
なぜなら、最初から彼は私の事を嫌っていた。
初めて私を抱いたときは憎しみが込められていた。態度は軟化したけれど。その理由はわからない。
『大切』とは言われても進藤同様に付き合っているわけでも、『好き』と言われたわけでもないのだ。
もし、なにかあっても、彼女と同じように私が何を言ってもはしらを切り通されてしまうだろう。
私は破滅が先送りになっただけだ。
その時が来たら私は進藤以上に彼に壊されるのだろう。自分にできる事はと考える。
「だ、大丈夫、助けてくれてありがとう」
私にできる事は、ただ、微笑んで彼に感謝するだけだ。助けてもらった事実にはかわりないのだから。
水津は迷惑そうに吐き捨てた。
「確かに思わせぶりな態度をとったかもしれない。でも、人が不利益になるような噂を流すような奴を俺が好きになるわけがないだろう?」
もう、それだけで十分なはずなのに水津はなおも進藤に追い討ちをかける。
「その上、俺の大切な凛子を傷付けるような事をして、この噂でどれだけ彼女が悩んでいたと思う?」
水津は、顔を上げて恐らく進藤の目を見たのだろう。
彼女は息をのみ彼を見た。
「俺は絶対にお前を許すつもりなんてないよ」
留めの一言で進藤は目に一杯の涙を溜めてその場に力が抜けたようにしゃがみこんだ。
「凛子、行こうか?立てる?」
私がふらつきながらも何とか自力で歩くのを見届けて、水津はゆっくりと進藤の方に近付き見下ろしながら何かを囁いた。
彼女は「あっ……」と呟きその場にくたりと倒れて肩を震わし始めた。
「行こう」
水津は囁き終わったら、もう用無しと言わんばかりに彼女に背を向けた。
「あ、でも彼女を」
「あんなの放っておけばいい。怖かったでしょ?ちゃんと送って行くから。安心して」
水津に軽く背中を支えられて廊下を歩く。私は何度も振り返り進藤の方を見たが、彼女は起き上がることもなく芋虫のように地面にへばりついていた。
私は水津のお陰で助かった。しかし、よくわからない事も多かった。
二人の言い分は食い違っていたが、進藤の口ぶりでは水津がこうなるように仕向けたようにも聞こえたのだ。
思い込みの激しい彼女だからこそこんな結果になってしまったようにも思えてしまう。
だが、私は二人とも信用なんてしていない。どちらが正しいかなんて判断できないのだ。
しかし、水津は『彼女』だった進藤を邪魔だからとあっさりと切り捨てた。彼に恋人がいたのは事実だ。
あんなにも仲が良さそうだったのに、全てが嘘だったかのように容赦なく彼はそれをした。
もし、この騒ぎを水津が進藤を唆して起こしたのなら、邪魔になった彼女を切り捨てるためにしたのだと思う。
……私を利用して。
彼にとって『今は』私が『大切』なのは事実だろう。
だけど、私が『大切』じゃなくなったら、私が彼にとって邪魔になったら。
彼にとっての『大切』な意味が歪んだ物のように私は感じていた。もし、そうなら『今回は』助けてくれたのかもしれない。
戯れるように肩に止まった蝶は、捕まえようとすると破滅という鱗粉を残して去っていってしまう。
水津と親しかった進藤がまさにそれに当てはまっていた。怖い。と、私は思った。
彼の邪魔になってしまったら、私はどうなってしまうのだろう?
全てを失い。水津に心を折られたらもう立ち上がれない気がした。進藤と同じように、彼女はもう立ち上がる事なんてできないだろう。
私はどうしたらいいのだろう?
「凛子、怖かったね。助けるのが遅くなってごめん」
水津は申し訳なさそうな表情をしてギュッと私を抱き締めた。
でも、そんな優しさすら水津にとっては嘘なのかもしれない。
なぜなら、最初から彼は私の事を嫌っていた。
初めて私を抱いたときは憎しみが込められていた。態度は軟化したけれど。その理由はわからない。
『大切』とは言われても進藤同様に付き合っているわけでも、『好き』と言われたわけでもないのだ。
もし、なにかあっても、彼女と同じように私が何を言ってもはしらを切り通されてしまうだろう。
私は破滅が先送りになっただけだ。
その時が来たら私は進藤以上に彼に壊されるのだろう。自分にできる事はと考える。
「だ、大丈夫、助けてくれてありがとう」
私にできる事は、ただ、微笑んで彼に感謝するだけだ。助けてもらった事実にはかわりないのだから。
1
お気に入りに追加
336
あなたにおすすめの小説
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
復讐の旋律
北川 悠
ミステリー
昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。
復讐の旋律 あらすじ
田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。
県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。
事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?
まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです……
よかったら読んでみてください。
授業
高木解緒 (たかぎ ときお)
ミステリー
2020年に投稿した折、すべて投稿して完結したつもりでおりましたが、最終章とその前の章を投稿し忘れていたことに2024年10月になってやっと気が付きました。覗いてくださった皆様、誠に申し訳ありませんでした。
中学校に入学したその日〝私〟は最高の先生に出会った――、はずだった。学校を舞台に綴る小編ミステリ。
※ この物語はAmazonKDPで販売している作品を投稿用に改稿したものです。
※ この作品はセンシティブなテーマを扱っています。これは作品の主題が実社会における問題に即しているためです。作品内の事象は全て実際の人物、組織、国家等になんら関りはなく、また断じて非法行為、反倫理、人権侵害を推奨するものではありません。
そして何も言わなくなった【改稿版】
浦登みっひ
ミステリー
高校生活最後の夏休み。女子高生の仄香は、思い出作りのため、父が所有する別荘に親しい友人たちを招いた。
沖縄のさらに南、太平洋上に浮かぶ乙軒島。スマートフォンすら使えない絶海の孤島で楽しく過ごす仄香たちだったが、三日目の朝、友人の一人が死体となって発見され、その遺体には悍ましい凌辱の痕跡が残されていた。突然の悲劇に驚く仄香たち。しかし、それは後に続く惨劇の序章にすぎなかった。
原案:あっきコタロウ氏
※以前公開していた同名作品のトリック等の変更、加筆修正を行った改稿版になります。
アナグラム
七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは?
※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。
イラスト:カリカリ様
背景:由羅様(pixiv)
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
幸福物質の瞬間
伽藍堂益太
ミステリー
念動力を使うことのできる高校生、高石祐介は日常的に気に食わない人間を殺してきた。
高校一年の春、電車でいちゃもんをつけてきた妊婦を殺し、高校二年の夏休み、塾の担任である墨田直基を殺した後から、不可解なことが起き始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる