芋虫(完結)

毛蟹葵葉

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「君の事が『好き』だった『かも』しれない。だけど、今は君のことなんて好きでもないよ。関わりたくないくらいだ」

 水津は迷惑そうに吐き捨てた。

「確かに思わせぶりな態度をとったかもしれない。でも、人が不利益になるような噂を流すような奴を俺が好きになるわけがないだろう?」

 もう、それだけで十分なはずなのに水津はなおも進藤に追い討ちをかける。

「その上、俺の大切な凛子を傷付けるような事をして、この噂でどれだけ彼女が悩んでいたと思う?」

 水津は、顔を上げて恐らく進藤の目を見たのだろう。
 彼女は息をのみ彼を見た。

「俺は絶対にお前を許すつもりなんてないよ」

 留めの一言で進藤は目に一杯の涙を溜めてその場に力が抜けたようにしゃがみこんだ。

「凛子、行こうか?立てる?」

 私がふらつきながらも何とか自力で歩くのを見届けて、水津はゆっくりと進藤の方に近付き見下ろしながら何かを囁いた。
 彼女は「あっ……」と呟きその場にくたりと倒れて肩を震わし始めた。

「行こう」

 水津は囁き終わったら、もう用無しと言わんばかりに彼女に背を向けた。

「あ、でも彼女を」

「あんなの放っておけばいい。怖かったでしょ?ちゃんと送って行くから。安心して」

 水津に軽く背中を支えられて廊下を歩く。私は何度も振り返り進藤の方を見たが、彼女は起き上がることもなく芋虫のように地面にへばりついていた。

 私は水津のお陰で助かった。しかし、よくわからない事も多かった。
 二人の言い分は食い違っていたが、進藤の口ぶりでは水津がこうなるように仕向けたようにも聞こえたのだ。
 思い込みの激しい彼女だからこそこんな結果になってしまったようにも思えてしまう。
 だが、私は二人とも信用なんてしていない。どちらが正しいかなんて判断できないのだ。
 しかし、水津は『彼女』だった進藤を邪魔だからとあっさりと切り捨てた。彼に恋人がいたのは事実だ。
 あんなにも仲が良さそうだったのに、全てが嘘だったかのように容赦なく彼はそれをした。
 もし、この騒ぎを水津が進藤を唆して起こしたのなら、邪魔になった彼女を切り捨てるためにしたのだと思う。
 ……私を利用して。
 彼にとって『今は』私が『大切』なのは事実だろう。
 だけど、私が『大切』じゃなくなったら、私が彼にとって邪魔になったら。
 彼にとっての『大切』な意味が歪んだ物のように私は感じていた。もし、そうなら『今回は』助けてくれたのかもしれない。
 戯れるように肩に止まった蝶は、捕まえようとすると破滅という鱗粉を残して去っていってしまう。
 水津と親しかった進藤がまさにそれに当てはまっていた。怖い。と、私は思った。
 彼の邪魔になってしまったら、私はどうなってしまうのだろう?
 全てを失い。水津に心を折られたらもう立ち上がれない気がした。進藤と同じように、彼女はもう立ち上がる事なんてできないだろう。

 私はどうしたらいいのだろう?

「凛子、怖かったね。助けるのが遅くなってごめん」

 水津は申し訳なさそうな表情をしてギュッと私を抱き締めた。
 でも、そんな優しさすら水津にとっては嘘なのかもしれない。
 なぜなら、最初から彼は私の事を嫌っていた。
 初めて私を抱いたときは憎しみが込められていた。態度は軟化したけれど。その理由はわからない。
 『大切』とは言われても進藤同様に付き合っているわけでも、『好き』と言われたわけでもないのだ。
 もし、なにかあっても、彼女と同じように私が何を言ってもはしらを切り通されてしまうだろう。
 私は破滅が先送りになっただけだ。
 その時が来たら私は進藤以上に彼に壊されるのだろう。自分にできる事はと考える。

「だ、大丈夫、助けてくれてありがとう」

 私にできる事は、ただ、微笑んで彼に感謝するだけだ。助けてもらった事実にはかわりないのだから。
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