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朝、起きたら水津は居なくなっていた。
「仕事、行きたくないわ」
昨日あれだけの騒ぎを起こして仕事に行くのは気が滅入る。しかし、行かないといけない。
はぁ、と、ため息をつきながら私は身支度を整えた。
「おはよう」
職場に着くといつも私が一番乗りなのに、今日は珍しく柏木が先に来ていた。
「おはようございます。今日は大丈夫です?」
昨日、送ると言ってくれたのに、私が断ったせいで心配で早くきたのだろう。迷惑をかけないようにしたのに、かえって彼に迷惑をかけてしまった。
「大丈夫」
私はなるべく明るく返事をした。今日は忘れないように仕事に行く前に薬を飲んだ。だから、大丈夫なはずだ。
「それならいいですけど、困ったら言って下さいね」
柏木は昨日のことを咎める様子もなくにっこりと笑った。
できた部下というか、人間が出来ているというか、彼を見ていると自分の劣等感が刺激される。
どれだけ努力しても、彼のようにはなれないのは分かっている。しかし、こんなふうになりたいと思ってしまう。
「ありがとう」
「進藤には近づかなくていいです。何かあったら僕が指示します。たぶん凛子さんの言うとこなんて無視しそうですから」
柏木は言いずらそうに目を伏せながら言う。
「ありがとう」
水津といい柏木といい。私に甘すぎると思う。
本来なら私がすべき事を彼らにやらせているのだから。
「あんまり気にしないで、しょうがないじゃないですか。そういうことだってあるんですから。割りきらないと、ね?」
「そうだけどね」
「ほら、仕事頑張りましょ!」
柏木は明るく言いながら私の肩をポンポンと叩いた。今日早く来たのはこれを伝えたかったなのだろう。
出来た人は彼の事を言うんだろうなと改めて私は思った。見習わないといけない。
「おはようございます。あっ、水津さん!」
進藤は、今日は一人で出社して水津のデスクにすぐに向かっていた。それから程なくして始業の時間になった。
「……」
仕事を始めてしばらくすると視線を感じた。そちらに目線をやると進藤が物凄い形相で私を睨みつけていた。
これで、何度目だろうか、私はうんざりとしていた。彼女のせいで色々と引っかき回されている。心も生活も。
嫌な視線に耐えてようやく昼の休憩時間になった。
「水津さん、一緒に行きましょう?」
聞こえてくるのは進藤の声。水津の腕に自分の腕を絡ませて、わざわざ私の目の前を横切っていく。
その瞬間、目が合うと私にニヤリと目を細めて笑った。水津はこちらの方を見向きもしなかった。
彼は進藤と話し合う。と、昨日話していた。付き合い続けるのか、別れるのか、どうするのか
は教えてはくれなかった。もしかしたら、進藤と付き合い続けるのかもしれない。何も言わずにフェードアウトすれば私が察して何も言わないことをわかっていているから。
「仕事、行きたくないわ」
昨日あれだけの騒ぎを起こして仕事に行くのは気が滅入る。しかし、行かないといけない。
はぁ、と、ため息をつきながら私は身支度を整えた。
「おはよう」
職場に着くといつも私が一番乗りなのに、今日は珍しく柏木が先に来ていた。
「おはようございます。今日は大丈夫です?」
昨日、送ると言ってくれたのに、私が断ったせいで心配で早くきたのだろう。迷惑をかけないようにしたのに、かえって彼に迷惑をかけてしまった。
「大丈夫」
私はなるべく明るく返事をした。今日は忘れないように仕事に行く前に薬を飲んだ。だから、大丈夫なはずだ。
「それならいいですけど、困ったら言って下さいね」
柏木は昨日のことを咎める様子もなくにっこりと笑った。
できた部下というか、人間が出来ているというか、彼を見ていると自分の劣等感が刺激される。
どれだけ努力しても、彼のようにはなれないのは分かっている。しかし、こんなふうになりたいと思ってしまう。
「ありがとう」
「進藤には近づかなくていいです。何かあったら僕が指示します。たぶん凛子さんの言うとこなんて無視しそうですから」
柏木は言いずらそうに目を伏せながら言う。
「ありがとう」
水津といい柏木といい。私に甘すぎると思う。
本来なら私がすべき事を彼らにやらせているのだから。
「あんまり気にしないで、しょうがないじゃないですか。そういうことだってあるんですから。割りきらないと、ね?」
「そうだけどね」
「ほら、仕事頑張りましょ!」
柏木は明るく言いながら私の肩をポンポンと叩いた。今日早く来たのはこれを伝えたかったなのだろう。
出来た人は彼の事を言うんだろうなと改めて私は思った。見習わないといけない。
「おはようございます。あっ、水津さん!」
進藤は、今日は一人で出社して水津のデスクにすぐに向かっていた。それから程なくして始業の時間になった。
「……」
仕事を始めてしばらくすると視線を感じた。そちらに目線をやると進藤が物凄い形相で私を睨みつけていた。
これで、何度目だろうか、私はうんざりとしていた。彼女のせいで色々と引っかき回されている。心も生活も。
嫌な視線に耐えてようやく昼の休憩時間になった。
「水津さん、一緒に行きましょう?」
聞こえてくるのは進藤の声。水津の腕に自分の腕を絡ませて、わざわざ私の目の前を横切っていく。
その瞬間、目が合うと私にニヤリと目を細めて笑った。水津はこちらの方を見向きもしなかった。
彼は進藤と話し合う。と、昨日話していた。付き合い続けるのか、別れるのか、どうするのか
は教えてはくれなかった。もしかしたら、進藤と付き合い続けるのかもしれない。何も言わずにフェードアウトすれば私が察して何も言わないことをわかっていているから。
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