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「起きたい、起こして……」
震える指先の手を宙に上げると、水津が温かい手でそっと握りしめた。
水津の手のおかげで、自分の体がどれだけ冷たくなっていたのかわかった。
進藤の手前、手を繋ぐことなんてできない。それなのに振り解く事が出来なかった。
「凛子さん。大丈夫?」
水津がそのまま私の背中に手を差し入れて起こそうとするが気が引ける。進藤をさらに煽りそうな気がしたのだ。
「大丈夫よ。柏木くん申し訳ないんだけど起こしてくれない?」
私はこの中で間違いなく一番信用できる柏木に助けを求めた。
「起きても平気ですか?」
「だいじょうぶ」
柏木も不安そうに私の顔を見て聞くが、寝ている方が精神的に辛かった。
柏木がゆっくりと私を気遣いながら身体を起こしてくれた。
私がやっと支えなしで座ることができると、柏木は背中をそっと擦ってくれた。
そのおかげで落ち着きを取り戻していった。柏木の優しさがありがたい。
「その、大丈夫ですか?何があったか聞いてもいいです?」
柏木は華奢な指で乱れて顔に貼り付いた私の髪の毛を耳にかけてくれた。
柏木のおかげてようやく落ち着きを取り戻せた私は、考えがまとまらないながらもなんとか説明をする。
「私が頭が痛くてコピー室で休んでたら、水津君が心配して来てくれたんだけど。突然来たから驚いて水津くんを巻き込んで一緒に転んでしまったのよ。お騒がせして本当にごめんなさい」
進藤は明らかに信用してない表情だったが、柏木はある程度納得したらしい。
「いや、まぁ、そうですよね。こんなに調子が悪そうな凛子さんが水津なんか誘惑するわけないでしょ」
「そんなわけ!」
進藤は信じられないように柏木を見た。
「客観的に見れば調子の悪い凛子さんを水津が襲ってたようにも見えますよね。上に乗ってたようですし」
冷静な柏木は私がここまで取り乱したのが気になったらしく、それと、服の乱れにすぐに気がついたようだ。
私のブラウスの胸元を見て呟いた。そこは、水津に我武者羅に掴まれていた場所だ。
「ち、違うの、水津くんは私の事心配してくれただけで、これは、息が苦しくて握りしめただけで」
咄嗟に水津を庇った。この件で出世に影響が出てしまったら申し訳なくて。
彼は私なんかのために人生を棒に振ってはいけない。
「そう、ですか」
しかし、まだ柏木は怪しむように私を見る。
「水津くん。ごめんなさい。心配してくれたのに私のせいで」
水津を庇いたい一心で私は謝った。
彼は申し訳なさそうな顔をして私を見て同じように謝る。
「すみません。俺こそちゃんと支えきれなかったから」
水津も私の無理な説明に乗ってくれたようだ。
「本当なの?水津さん?」
進藤はまだ信じられないようだ。水津を潤んだ瞳で見て今にも泣き出しそうにしている。
「俺の事信用できないの?凛子さんの言う通りだよ」
水津は進藤の肩をポンポンと叩きながら困ったように笑った。
「水津くんがそう言うなら」
彼女はようやく納得できたようで顔を綻ばせた。
とりあえず仲直りできたようだ。
けれど、彼女がチラリと私の顔を見た時に恨めしい顔で私を睨み、一瞬だけニヤリと笑った。
私の背筋がゾクリと凍りつく。
「わかりました。この事は他言無用です。面倒な騒ぎになりそうですから」
柏木は咄嗟に私が水津を庇ったおかげか、ようやく信用してくれたみたいだ。
とりあえずこの場を納めてくれた。
「凛子さんは別のところで横になって休んでください。僕が連れていきますから」
「大丈夫。一人で行けるわ。仕事の穴を開けて本当にごめんなさい」
とにかく彼に頼るのだけはよくない。負担になるのは嫌だ。
「気にしないで。ゆっくり休んでください。もう少し信用してほしいな」
柏木は苦笑いした。
「……?」
私は柏木の事を仕事の面ではとても信頼していたのでその言葉が不思議だった。
水津も着いていきたそうにしていたが、私が目で止めた。
「あの、これ」
私は水津のジャケットを渡そうとしたが、「また、後から返してください」と言われたのでそのまま羽織って医務室に向かった。
結局、回復するまで一時間かかった。
何とか落ち着きを取り戻して自分の部署に戻ることができた。
「みんな、調子を崩していました。帰ってくるのが遅くなってすみません」
私は同僚に頭を深々と下げた。ほんの一瞬だけ空気がピリリと変化したが、すぐにもとに戻った。そして、真っ先に柏木のデスクに向かう。
「さっきは本当にごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
柏木に真っ先に謝りに行くと彼は苦笑いした。
「気にしないで。自分の事を酷使しすぎ、もう少し僕を頼って欲しいな」
柏木はそう言うが年下のしかも部下に頼るのは気が引ける。
こういう性格だから自分を追い詰めるんだ。わかっているんだけど、もうここまでくると誰にも助けなんて求められない。
「ありがとう」
私はお礼だけ言って自分のデスクに戻った。イスに座って。水津にジャケットを返していなかったことに気がつく。
自分が着ていた物を彼に再び着てもらうのは申し訳ないし、クリーニングに出してから返そう。そう思い私は水津のデスクに向かった。
「あの、上着ありがとう。クリーニングに出してから返します。さっきはごめんなさい」
「気にしないで俺に渡してください」
水津はそう言うなり、私が手かけていたジャケットの中に手をスッと入れて。
私の手の上に紙くずを乗せて上着を取った。
『進藤には近付かないで』
水津が小声で私に指示をした。
『俺がフォローしたので大丈夫』
水津の簡単な説明を私は理解して、表情を変えずに小さく頷いた。
そして、デスクに戻り水津から渡されたメモを、誰にも気が付かれないようにこっそり見た。
『今夜行きます』
と、書かれてあった。
震える指先の手を宙に上げると、水津が温かい手でそっと握りしめた。
水津の手のおかげで、自分の体がどれだけ冷たくなっていたのかわかった。
進藤の手前、手を繋ぐことなんてできない。それなのに振り解く事が出来なかった。
「凛子さん。大丈夫?」
水津がそのまま私の背中に手を差し入れて起こそうとするが気が引ける。進藤をさらに煽りそうな気がしたのだ。
「大丈夫よ。柏木くん申し訳ないんだけど起こしてくれない?」
私はこの中で間違いなく一番信用できる柏木に助けを求めた。
「起きても平気ですか?」
「だいじょうぶ」
柏木も不安そうに私の顔を見て聞くが、寝ている方が精神的に辛かった。
柏木がゆっくりと私を気遣いながら身体を起こしてくれた。
私がやっと支えなしで座ることができると、柏木は背中をそっと擦ってくれた。
そのおかげで落ち着きを取り戻していった。柏木の優しさがありがたい。
「その、大丈夫ですか?何があったか聞いてもいいです?」
柏木は華奢な指で乱れて顔に貼り付いた私の髪の毛を耳にかけてくれた。
柏木のおかげてようやく落ち着きを取り戻せた私は、考えがまとまらないながらもなんとか説明をする。
「私が頭が痛くてコピー室で休んでたら、水津君が心配して来てくれたんだけど。突然来たから驚いて水津くんを巻き込んで一緒に転んでしまったのよ。お騒がせして本当にごめんなさい」
進藤は明らかに信用してない表情だったが、柏木はある程度納得したらしい。
「いや、まぁ、そうですよね。こんなに調子が悪そうな凛子さんが水津なんか誘惑するわけないでしょ」
「そんなわけ!」
進藤は信じられないように柏木を見た。
「客観的に見れば調子の悪い凛子さんを水津が襲ってたようにも見えますよね。上に乗ってたようですし」
冷静な柏木は私がここまで取り乱したのが気になったらしく、それと、服の乱れにすぐに気がついたようだ。
私のブラウスの胸元を見て呟いた。そこは、水津に我武者羅に掴まれていた場所だ。
「ち、違うの、水津くんは私の事心配してくれただけで、これは、息が苦しくて握りしめただけで」
咄嗟に水津を庇った。この件で出世に影響が出てしまったら申し訳なくて。
彼は私なんかのために人生を棒に振ってはいけない。
「そう、ですか」
しかし、まだ柏木は怪しむように私を見る。
「水津くん。ごめんなさい。心配してくれたのに私のせいで」
水津を庇いたい一心で私は謝った。
彼は申し訳なさそうな顔をして私を見て同じように謝る。
「すみません。俺こそちゃんと支えきれなかったから」
水津も私の無理な説明に乗ってくれたようだ。
「本当なの?水津さん?」
進藤はまだ信じられないようだ。水津を潤んだ瞳で見て今にも泣き出しそうにしている。
「俺の事信用できないの?凛子さんの言う通りだよ」
水津は進藤の肩をポンポンと叩きながら困ったように笑った。
「水津くんがそう言うなら」
彼女はようやく納得できたようで顔を綻ばせた。
とりあえず仲直りできたようだ。
けれど、彼女がチラリと私の顔を見た時に恨めしい顔で私を睨み、一瞬だけニヤリと笑った。
私の背筋がゾクリと凍りつく。
「わかりました。この事は他言無用です。面倒な騒ぎになりそうですから」
柏木は咄嗟に私が水津を庇ったおかげか、ようやく信用してくれたみたいだ。
とりあえずこの場を納めてくれた。
「凛子さんは別のところで横になって休んでください。僕が連れていきますから」
「大丈夫。一人で行けるわ。仕事の穴を開けて本当にごめんなさい」
とにかく彼に頼るのだけはよくない。負担になるのは嫌だ。
「気にしないで。ゆっくり休んでください。もう少し信用してほしいな」
柏木は苦笑いした。
「……?」
私は柏木の事を仕事の面ではとても信頼していたのでその言葉が不思議だった。
水津も着いていきたそうにしていたが、私が目で止めた。
「あの、これ」
私は水津のジャケットを渡そうとしたが、「また、後から返してください」と言われたのでそのまま羽織って医務室に向かった。
結局、回復するまで一時間かかった。
何とか落ち着きを取り戻して自分の部署に戻ることができた。
「みんな、調子を崩していました。帰ってくるのが遅くなってすみません」
私は同僚に頭を深々と下げた。ほんの一瞬だけ空気がピリリと変化したが、すぐにもとに戻った。そして、真っ先に柏木のデスクに向かう。
「さっきは本当にごめんなさい。迷惑をかけてしまって」
柏木に真っ先に謝りに行くと彼は苦笑いした。
「気にしないで。自分の事を酷使しすぎ、もう少し僕を頼って欲しいな」
柏木はそう言うが年下のしかも部下に頼るのは気が引ける。
こういう性格だから自分を追い詰めるんだ。わかっているんだけど、もうここまでくると誰にも助けなんて求められない。
「ありがとう」
私はお礼だけ言って自分のデスクに戻った。イスに座って。水津にジャケットを返していなかったことに気がつく。
自分が着ていた物を彼に再び着てもらうのは申し訳ないし、クリーニングに出してから返そう。そう思い私は水津のデスクに向かった。
「あの、上着ありがとう。クリーニングに出してから返します。さっきはごめんなさい」
「気にしないで俺に渡してください」
水津はそう言うなり、私が手かけていたジャケットの中に手をスッと入れて。
私の手の上に紙くずを乗せて上着を取った。
『進藤には近付かないで』
水津が小声で私に指示をした。
『俺がフォローしたので大丈夫』
水津の簡単な説明を私は理解して、表情を変えずに小さく頷いた。
そして、デスクに戻り水津から渡されたメモを、誰にも気が付かれないようにこっそり見た。
『今夜行きます』
と、書かれてあった。
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