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食事は帰り道で適当に済ませて水津の部屋に着くと、何かするという気力はほとんどなくてダラダラとリビングのソファに寝そべる。
「凛子、だらけすぎ」
「いいのよ。お風呂はもう入ったんだから、このまま眠ったって問題ないわよ。歯磨きもしたからいつ眠っても大丈夫」
呆れた水津の言葉に私は謎の反論をする。人の部屋だということをすでに忘れて、だらけきっているのはどうかと思うのだけれど。
「こういう時は、リラックスしてるっていうのよ」
たった今思いついた言い訳を口にすると、水津はクスリと笑った。
水津は私の足元に座ると、大きな手で私の膝小僧を撫でた。羽根が触れるような優しい手つきだ。その手は少しずつ体の中心に向かっていく。
恋人同士の甘やかな時間を共有しているような気分にさせられる。しかし、彼とはあれから一度も肉体関係はない。プラトニックな体の触れ合いはとても心地よくて、私はそれを逃げずに受け入れる。
このまま、ベッドに入って水津に抱きしめられて一夜を過ごすのだろう。そう思うと胸の奥がじんわりと温かくなるような気がした。
静寂は優しく私たちを包んだ。
「ねえ、そろそろ……」
「眠ろうか」と、私が言いかけたところで邪魔するように。ヴーッ、ヴーッ、と、音を立てて水津のスマートフォンが揺れた。
今日で何度目だろうか。いや、最近では彼の部屋にいると必ず着信があるのだ。見て見ぬ振りをしてきたけれど。
しかし、彼はそれに出ようともしない。
水津はスマホを取りに行って名前を確認して大きくため息をついた。きっと、同じ相手なのだろう。
スマホはモーター音をさせながら規則的に揺れて。出ろ!と訴えかけているようだ。
「出ていいよ?気になるなら部屋から出るし……」
スッ、と、気持ちが冷めたような気がした。期待が消えたようなそんな気分だ。
私は水津から離れるようにソファから立ち上がると、引き止めるように腕を掴まれた。
水津はもどかしそうな顔をしていた。
「いいんだ。出なくても」
「ごめん。私の方がそういうの放って置く君にいい気分がしない。相手は誰か知らないけど、話さないといけない相手なら電話に出て」
私が言えた義理ではないけれど、ようやくそれだけ口にすることができた。
「そう、ですね」
水津は苦しそうな顔をして笑う。相手は進藤なのだろう。私は本能的にそれを察した。
「すぐに答えが出せない事なら仕方ないと思うよ。なんで喧嘩してるのか知らないけど。一時的に逃げるのはいいと思うよ。でも、いつかはちゃんと向き合わないと」
想いが釣り合わない事はいくらでもある。しかし、水津も彼女を好きなのだろう。だからこそ、困り苦しんでいるのかもしれない。
だけど、逃げていてもどうにもならないのだ。私は一時的な逃げ場にはなるかもしれない。だけど。それだけだ。
「そう、だね。今まで放っておいた事が廻り巡って来てるんだ。ちゃんと決着をつけないといけないんだよね。やっぱり」
「……」
「なんでだろう。一緒に居たときはとても好きだったよ。でも、離れたらそうでもないって思えてきて、別れ話が拗れてて、いや、別れたけど向こうがまだ連絡してきて」
「うん……」
水津なりに複雑な事情があのだろ。苦しむのはきっと、まだ想いがあるから……。
本当は別れたい。と、彼は思っていないのかもしれない。
「出なよ、席外すから」
「いや、いいよ。俺が離れるから」
「わかった。あの、今から帰るよ。ゆっくり話した方がいいと思うし部屋に呼んだら?私なんかよりもそっちを優先させて」
「………。凛子より優先させることなんてないよ」
「いいのよ。ちゃんと話し合って。私の事はいいから」
私は水津の手をゆっくりと外して、荷物をまとめるつもりで離れた。
「……とにかく出ます。帰らないで、お願いだから」
水津は懇願するようにそう言って、部屋から出て行った。
「私って最低」
割り切った関係なのに罪悪感が芽生えている。仕事のためになんでもするつもりでいたのに、いざ相手を知ると苦しくなってきた。
むしゃくしゃした気分でソファに横になると、瞼が重たくなってきた。
『凛子?寝ちゃったの?』
水津の声が聞こえる。ちゃんと返事をしなきゃいけない。
眠ってないよ……。
そうは言いつつも、本当は私の意識には霞がかかりぼんやりとしている。
『参ったなぁ、せっかくずっと一緒に居られると思ったのに』
眠ってないからね。
『あと2年したら俺、戻るのに』
そうだったね。寂しいな。君といるの楽しいよ。本当だよ。
私は水津と共有する時間が楽しくなっていた。確かに痛め付けられた事はあったけれど、途方に暮れるくらい退屈な時の時間の潰し方を彼は教えてくれた。
きっと、一人になっても大丈夫な気がする。
『あぁ、泣かないでよ。ちゃんと逢いに行くから』
うふふ。ありがとう。嘘でも嬉しい。泣いてないよ。むこうに戻ったら私の事は忘れてね。
『いや、忘れないよ。逢いに行くし。俺の事忘れないでよ』
忘れないよ。忘れないから。
『酷い事してごめんね。もし、俺がまた』
気にしてないよ。慣れてるから。どうでもいいことだと思えばなんともない。
私の事は忘れられて思い出さなくてもいいから。
戻ったら二度と逢うこともないよ。
私は、絶対に忘れるから。大丈夫だよ。
『酷いな、そんな事泣きながら言うことじゃないよ』
泣いてないよ。大丈夫。ひとりでも。きっと。
ぎゅむっと何か温かくて大きな物に包まれて私は安心して眠りについた。
水津と離れる事が少しだけ寂しく感じるようになっていた。
「凛子、だらけすぎ」
「いいのよ。お風呂はもう入ったんだから、このまま眠ったって問題ないわよ。歯磨きもしたからいつ眠っても大丈夫」
呆れた水津の言葉に私は謎の反論をする。人の部屋だということをすでに忘れて、だらけきっているのはどうかと思うのだけれど。
「こういう時は、リラックスしてるっていうのよ」
たった今思いついた言い訳を口にすると、水津はクスリと笑った。
水津は私の足元に座ると、大きな手で私の膝小僧を撫でた。羽根が触れるような優しい手つきだ。その手は少しずつ体の中心に向かっていく。
恋人同士の甘やかな時間を共有しているような気分にさせられる。しかし、彼とはあれから一度も肉体関係はない。プラトニックな体の触れ合いはとても心地よくて、私はそれを逃げずに受け入れる。
このまま、ベッドに入って水津に抱きしめられて一夜を過ごすのだろう。そう思うと胸の奥がじんわりと温かくなるような気がした。
静寂は優しく私たちを包んだ。
「ねえ、そろそろ……」
「眠ろうか」と、私が言いかけたところで邪魔するように。ヴーッ、ヴーッ、と、音を立てて水津のスマートフォンが揺れた。
今日で何度目だろうか。いや、最近では彼の部屋にいると必ず着信があるのだ。見て見ぬ振りをしてきたけれど。
しかし、彼はそれに出ようともしない。
水津はスマホを取りに行って名前を確認して大きくため息をついた。きっと、同じ相手なのだろう。
スマホはモーター音をさせながら規則的に揺れて。出ろ!と訴えかけているようだ。
「出ていいよ?気になるなら部屋から出るし……」
スッ、と、気持ちが冷めたような気がした。期待が消えたようなそんな気分だ。
私は水津から離れるようにソファから立ち上がると、引き止めるように腕を掴まれた。
水津はもどかしそうな顔をしていた。
「いいんだ。出なくても」
「ごめん。私の方がそういうの放って置く君にいい気分がしない。相手は誰か知らないけど、話さないといけない相手なら電話に出て」
私が言えた義理ではないけれど、ようやくそれだけ口にすることができた。
「そう、ですね」
水津は苦しそうな顔をして笑う。相手は進藤なのだろう。私は本能的にそれを察した。
「すぐに答えが出せない事なら仕方ないと思うよ。なんで喧嘩してるのか知らないけど。一時的に逃げるのはいいと思うよ。でも、いつかはちゃんと向き合わないと」
想いが釣り合わない事はいくらでもある。しかし、水津も彼女を好きなのだろう。だからこそ、困り苦しんでいるのかもしれない。
だけど、逃げていてもどうにもならないのだ。私は一時的な逃げ場にはなるかもしれない。だけど。それだけだ。
「そう、だね。今まで放っておいた事が廻り巡って来てるんだ。ちゃんと決着をつけないといけないんだよね。やっぱり」
「……」
「なんでだろう。一緒に居たときはとても好きだったよ。でも、離れたらそうでもないって思えてきて、別れ話が拗れてて、いや、別れたけど向こうがまだ連絡してきて」
「うん……」
水津なりに複雑な事情があのだろ。苦しむのはきっと、まだ想いがあるから……。
本当は別れたい。と、彼は思っていないのかもしれない。
「出なよ、席外すから」
「いや、いいよ。俺が離れるから」
「わかった。あの、今から帰るよ。ゆっくり話した方がいいと思うし部屋に呼んだら?私なんかよりもそっちを優先させて」
「………。凛子より優先させることなんてないよ」
「いいのよ。ちゃんと話し合って。私の事はいいから」
私は水津の手をゆっくりと外して、荷物をまとめるつもりで離れた。
「……とにかく出ます。帰らないで、お願いだから」
水津は懇願するようにそう言って、部屋から出て行った。
「私って最低」
割り切った関係なのに罪悪感が芽生えている。仕事のためになんでもするつもりでいたのに、いざ相手を知ると苦しくなってきた。
むしゃくしゃした気分でソファに横になると、瞼が重たくなってきた。
『凛子?寝ちゃったの?』
水津の声が聞こえる。ちゃんと返事をしなきゃいけない。
眠ってないよ……。
そうは言いつつも、本当は私の意識には霞がかかりぼんやりとしている。
『参ったなぁ、せっかくずっと一緒に居られると思ったのに』
眠ってないからね。
『あと2年したら俺、戻るのに』
そうだったね。寂しいな。君といるの楽しいよ。本当だよ。
私は水津と共有する時間が楽しくなっていた。確かに痛め付けられた事はあったけれど、途方に暮れるくらい退屈な時の時間の潰し方を彼は教えてくれた。
きっと、一人になっても大丈夫な気がする。
『あぁ、泣かないでよ。ちゃんと逢いに行くから』
うふふ。ありがとう。嘘でも嬉しい。泣いてないよ。むこうに戻ったら私の事は忘れてね。
『いや、忘れないよ。逢いに行くし。俺の事忘れないでよ』
忘れないよ。忘れないから。
『酷い事してごめんね。もし、俺がまた』
気にしてないよ。慣れてるから。どうでもいいことだと思えばなんともない。
私の事は忘れられて思い出さなくてもいいから。
戻ったら二度と逢うこともないよ。
私は、絶対に忘れるから。大丈夫だよ。
『酷いな、そんな事泣きながら言うことじゃないよ』
泣いてないよ。大丈夫。ひとりでも。きっと。
ぎゅむっと何か温かくて大きな物に包まれて私は安心して眠りについた。
水津と離れる事が少しだけ寂しく感じるようになっていた。
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