芋虫(完結)

毛蟹葵葉

文字の大きさ
上 下
20 / 70

20

しおりを挟む
「小久保さん。いいですか?」

 昼休憩の時間になると、進藤がすぐさま声をかけてきた。
 他の同僚は、ワクワクした様子というよりも、どこか心配そうにやり取りを見ているようだ。

「ええ。行きましょうか」

 私は上と掛け合って借りることができた。会議室の鍵を手に取る。

「コピー室で話します」

 進藤はなぜか、場所の指定をしてきた。

「え、あそこ?人が意外と通るわよ。人気はないけど声も響くし、小さめの会議室借りれるようにしたからそこで」
「……。じゃあ、そこで」

 渋々。「余計な事をするな」といった様子で進藤は頷く。

「どうぞ。腰を掛けて」
「そんなの必要ない」

 会議室の椅子に腰をかけるように促すけれど、進藤はそれを拒否して忌々しそうに私を睨み付ける。
 昨日の夜。水津に絞められたように、じわじわと息の根を止めるように、進藤の悪意が私の首に巻きつく。

「相談って何かしら?」

 私は構わず立ったまま話を続ける。

「水津さんはどんな相談をしたんですか?何したんですか?あれから」

 進藤は水津と私の事を知りたいようだ。しかし、とても言えるものではない。
 言ったら彼女は間違いなく逆上する。それに、もしも、本当に相談をされたとして、周囲に洩らす事なんてできるわけがない。
 悩みを知られるということは、自分の内面すべてを人に曝すことになるのだ。
 水津が私をどれだけ嫌っても、大切な部下である事には変わらず。それが不利益になっても絶対に言うことなんて出来ない。

「それは、とてもプライベートな事なので、私から教えることはできません」
「やっぱり。水津さんと」

 私が断ると、進藤は絶望的な表情を浮かべる。

「私は彼に個人的な感情なんて持ってません。彼もそうですよ」

 私は水津の事を好きでも嫌いでもない。それだけはハッキリと言える。
 もう、強く誰かを想うことなんて私には出来ない。

「本当に?」
「ええ、考えてみてください。私の彼との年齢差。いくらなんでも釣り合いなんてとれてないでしょう?」

 私の言葉に進藤は安堵したように胸を撫で下ろし、うっすらと両目に浮かぶ涙を桜色のネイルで彩られた指先で拭う。その手はとても綺麗だ。私とは全く違う。

「良かった。私、少し不安になってしまって」

 ふと、私は水津の車にあったピンク色のクッションの事を私は思い出した。
 水津があれを片付けた意図はわからないけれど、もしかしたら、すぐに嫉妬する進藤に少し疲れてしまったのかもしれない。
 どれだけ好きでも想いの釣り合いは取れない物だから……。

「うふふ、そうですね。確かに水津さんと凛子さんじゃ釣り合いなんてとれませんものね」

 牽制をかけるような一言かグサリと私の胸に刺さる。

「そうでしょう?冷静に考えたら」

 しかし、なぜ彼女がここまで私に言うのだろう。
 私は水津に相手になんてされていないのに、肉体関係は確かにあったが、今は『ただの友達』になっている。
 彼女が警戒する必要なんてないのに。
 それに、水津は大切な進藤を抱けなくて私を抱いたのだと思う。愛されているのに進藤はこんなにも不安そうなのだろう。

「話し合った方がいいわよ。私になんて聞かないで」
「そうですね」

 進藤は安堵したように笑い。そして、今度は意地悪そうに唇を歪ませる。

「ねえ、私、知ってるんです。貴女の事を、言われたら困るでしょう?」

 進藤は何を知っているのだろう。考えかけてすぐに答えが見つかる。ショッピングモールで感じた視線は、進藤の物だったのだと。
 あれを見られてしまったのか。
 私は少しずつ血の気が引いていくのがわかった。あれを知られてしまったら……。

「水津さんに迷惑をかけたくなかったらこれ以上関わらないでください」

「何が言いたいの?」

「ふふふ、別に……、だけど、私みたいに知ってる人はたくさんいると思いますよ?じゃあ、さようなら」

 進藤はショッピングモールの事はあえて言及せずに意味深そうに笑って会議室から退室した。
 残ったのは甘やかな彼女の香水の匂いだけだ。ラズベリーの匂いだろうか。それに、背筋がぞくりとした。
 彩那が使っていた香水と同じ匂いだった。
 私は過去のことを思い出して、また、何か嫌なことが起きそうな予感がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R15】アリア・ルージュの妄信

皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。 異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。

私の中の深い闇

けいこ
ミステリー
私の容姿は醜い。 でも、あなたを好きになってしまった。 だから、私は綺麗になる。 邪魔な人間は排除しなきゃ。

僕は警官。武器はコネ。【イラストつき】

本庄照
ミステリー
とある県警、情報課。庁舎の奥にひっそりと佇むその課の仕事は、他と一味違う。 その課に属する男たちの最大の武器は「コネ」。 大企業の御曹司、政治家の息子、元オリンピック選手、元子役、そして天才スリ……、 様々な武器を手に、彼らは特殊な事件を次々と片付けていく。 *各章の最初のページにイメージイラストを入れています! *カクヨムでは公開してるんですけど、こっちでも公開するかちょっと迷ってます……。

そして何も言わなくなった【改稿版】

浦登みっひ
ミステリー
 高校生活最後の夏休み。女子高生の仄香は、思い出作りのため、父が所有する別荘に親しい友人たちを招いた。  沖縄のさらに南、太平洋上に浮かぶ乙軒島。スマートフォンすら使えない絶海の孤島で楽しく過ごす仄香たちだったが、三日目の朝、友人の一人が死体となって発見され、その遺体には悍ましい凌辱の痕跡が残されていた。突然の悲劇に驚く仄香たち。しかし、それは後に続く惨劇の序章にすぎなかった。 原案:あっきコタロウ氏 ※以前公開していた同名作品のトリック等の変更、加筆修正を行った改稿版になります。

アナグラム

七海美桜
ミステリー
26歳で警視になった一条櫻子は、大阪の曽根崎警察署に新たに設立された「特別心理犯罪課」の課長として警視庁から転属してくる。彼女の目的は、関西に秘かに収監されている犯罪者「桐生蒼馬」に会う為だった。櫻子と蒼馬に隠された秘密、彼の助言により難解な事件を解決する。櫻子を助ける蒼馬の狙いとは? ※この作品はフィクションであり、登場する地名や団体や組織、全て事実とは異なる事をご理解よろしくお願いします。また、犯罪の内容がショッキングな場合があります。セルフレイティングに気を付けて下さい。 イラスト:カリカリ様 背景:由羅様(pixiv)

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

幸福物質の瞬間

伽藍堂益太
ミステリー
念動力を使うことのできる高校生、高石祐介は日常的に気に食わない人間を殺してきた。 高校一年の春、電車でいちゃもんをつけてきた妊婦を殺し、高校二年の夏休み、塾の担任である墨田直基を殺した後から、不可解なことが起き始める。

時の呪縛

葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。 葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。 果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。

処理中です...