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断罪の気配

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うららかな昼下がり。私は、一人で食事を済ませると、自分の教室へと向かっていた。

「おい、レイラ!」

名前を呼び止められて、顔を上げると、そこにはこの国の第三王子であるコウエン殿下が居た。
なぜか、その表情は怒りに満ち溢れている。

「なんでしょうか。殿下」
「しらばっくれるな。お前がライラへの手紙を破いたと聞いた」

早速、彼はライラに言われたことを真に受けたのだろう。しかし、連れを一人も連れてこないのはどうなのだろう。一応、彼なりの気遣いのつもりかもしれない。
一対多数はあまりにも一方的だ。ボッチで友達も居ない私にそれをしたら、どう見ても悪人にしか彼らは見えないけれど。
しかし、どう思われようが構わないが、いくつか訂正しないといけない点がある。

「私がそのような事をするとお思いですか?」
「お前は、私がライラと夜会に行こうとしたのが許せないのだろう?」
「なぜです?私は貴方を政略結婚の相手としかみておりません」
私は殿下を恋愛対象として全く見ていない。興味もない。汗臭い男など。吐き気がする。
そもそも、殿下はどちらかというとその分類に入るので、近付かれるだけで吐き気がするのだ。
「え?」
殿下はなぜか驚いてこちらを見る。
なぜ、自分が拒絶されないと彼は思うのだろう。
「ライラと殿下が夜会に行く事よりも、私は王家の紋章が入っている手紙を引き裂くなどと不敬をすると思われる方が嫌です」
「え?」
殿下は戸惑うように首を傾ける。
「忠義に反する事などできません。殿下は勝手にライラと夜会に行ってください。私の事などおきになさらず。別に怒ってなどおりませんから、お好きなように」
別になんと思われようが構わないが、私が王家に忠誠を誓っていないと思われる事だけが不快だった。
「ええ?」
「私は王家の紋章の入った手紙を引き裂くと思われている事の方が不快です」
「えええ?」
「話したいことは以上ですか?私は教室に戻ります。今度の夜会の相手は無理に私にしなくてもいいです。今後は私へのプレゼントも必要ありません。ライラに贈ってさしあげてください」
それだけ告げると、なぜか凍りついた殿下を避けて私は教室に向かう。
これくらい、口添えをしておけばもう少しマシな末路になるかもしれない。
やはり私は地獄には落ちたくない。

「嘘だろう……」

殿下は何か呟いていたが、心底どうでも良かった。

教室に戻ると、ライラが取り巻きを引き連れて私の所にやって来た。
「お前、ライラに最低な事をしたんそうだな」
脳筋臭がプンプンする『話し合いよりプロテイン』な空気を出す宰相の子息のベルが私に声をかける。
「殿下の婚約者じゃなければ、潰すこともできるのに」
と、どこからどう見てももやし。私が殴ったら数キロ先まで吹っ飛んでしまいそうな。『プロテイン飲めお前』な空気をだす。騎士団長の子息ノエルがそれに同調する。
「今、ここで殺してやる」
そして、お前魔術よりもその本で殴った方が強いだろ。お前、という空気を出す。魔術師団団長の子息のラズリが私を脅迫し始めた。
これは、いつもの事で、私は彼らが好き勝手言って帰っていくまで、話をただ聞いて待つだけの時間を過ごす。だが、今回は話が別だ。
しかし、そろそろ授業が始まるというのに、なぜか殿下は居ない。いや。いつもこの時間に彼は教室には居なかったかもしれない。どうでもいいので、一緒に彼らといても覚えていないけれど。
今、一緒に居ないということは、私を陥れる計画でもたてているのだろうか。考えるだけで怖い。
穏便な形で婚約を解消して、どこかの使用人にさせてもらう方法はないのだろうか。
可能なら殿下に口利きをしてもらえれば助かるのだが……。

「おい、返事をしろ!」
ぼんやりと考え事をしていたせいで、ベルに怒鳴り付けられた。
「身に覚えのないことです」
私はうつ向いて全てを否定する。
いつもは、ただ謝るだけだったが、今日は謝ったら不敬を肯定する事になる。それだけは、避けたい。
「わたし、確かにお姉様に殿下からのお手紙を破られました」
「可哀想に」
口々に聞こえるのはライラを慰めるような声だ。
周囲の人間は全て妹の味方だ。誰についたら自分が有利になるか、皆、よくわかっている。公爵家の愛娘といえばライラしかいない。
私にはなんの価値もない。
「これだけは言わせてもらいます。私は殿下に興味などありません。恋愛感情なんてまったくありません。ですから彼からの手紙など破くはずありません。王家からの手紙など恐れ多くて破るなんて出来ません」
今までは殿下のプライドの事を考えてあえて言わなかった事を今日ばかりはハッキリと言葉に出す。
「え?」
しかし、周囲の人間は戸惑う表情を見せるだけだ。
「そんな事、言っても信じられない。私達は愛し合ってるの、ねぇ、お願いお姉様身を引いて下さい」
ライラは瞳に涙を浮かべて、信じられないと私に懇願する。
「ええもちろんよ、ライラの方がずっとお似合いでだと私は思います。ですから、殿下と一度話し合ってこようかと思っております」
「え?」
周囲の貴族はなぜか私の反応に戸惑う。ライラの事を可哀想だとは言うけれど、二人が婚姻することは全く別の事なのだろうか。
ライラもなぜか混乱しているようだ。まるで、私が激昂して暴力でもふるってほしそうな空気を出す。
「私が婚約者ではなくなれば、ライラは殿下と婚約者になれますよ。良かったですね。私は出来る限りの協力をいたします」
それだけ言い切ると、自分の席に着く。
周囲のざわめきに私は耳を塞ぐ。少しは、妹の為に婚約者を譲る優しい姉に見えただろうか?
もし、見えたのなら誰でもいいから使用人として雇ってくれないだろうか。と、私はぼんやりと考えていた。
早く殿下から婚約を解消して貰えるように働きかけなくてはならない。
そうしなければ、私に待っているのは地獄だ。
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