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 診察を終えてしばらくすると、マリカが申し訳なさそうに私にあるお願いをしてきた。

「……ナイジェル様がね。溜め込んだ仕事のせいで元気がないのよ。本当は使用人がすることなのですが、お菓子とお茶を持って行って励ましてもらえますか?」

 私は喜んでそれを受けた。

 実のところ、散々迷惑をかけた挙句気を遣われている事がとても申し訳なくて、何か手伝える事があれば嬉しいと思っていたのだ。

 励ませるかどうかは、わからないが、誰かの役に立ちたかった。

 執務室に入ると、ナイジェルとマリオが脇目も振らずに書類に判子を押していた。

「あの」と、声をかけると、ナイジェルはポカンとした顔で私を見ていた。
 会えるなんて思ってもいなかったような顔をしている。

「アストラ嬢……これは、夢か幻か」

「現実ですし、本物です。少し席を外します。必要以上の身体的な接触は許可しません。アストラ様、何かされたら本気で殴っていいですからね」

 夢見心地のナイジェルに冷静なツッコミを入れたのはマリオだ。
 彼はかなりナイジェルに注意をして退室した。

 二人きりになった私達は無言になってしまう。

 お互いに藪蛇にならないように、余計な事が言えないという方が近い。
 私にも触れられたくない事があるけれど、ナイジェルも同じだと思うから。
 こういう時は、当たり障りなく先の事を話した方が良い。

「婚約発表はどうしますか?身内だけにしますか?」

 婚約発表の機会を無くした上に、別の相手と婚約する事になった私からしてみれば、もう、余計な事はしたくないという考えが強い。

 そんな事してみんなの負担になるのも悪いわ。

 私の質問に、ナイジェルは「アストラがそれでいいならそうする」と、返事をした。
 
「……そう言えば、アストラは、初めてのデビュタントのお披露目はどうだったんだ?」

「どうとは?」

 突然のデビュタントの話に私は首を傾げる。

 過ぎ去った事を今更思い出しても辛くなるだけだから。

 そういえば、ライザはもうじき18を迎えるので、デビュタントになるのね。

 デビュタントの令嬢は、建国祭のパーティーでお披露目されて社交界デビューとなる。
 もちろん、それに参加しない令嬢もいる。

「思い出とか、その、も、元婚約者さんの事とか」

 ナイジェルにそう聞かれて苦笑いが出た。もしも、経験できていたら色々話せるのに。

「……お披露目はやっていないです」

 私は参加できなかった。

「は?」

「妹のライザが熱を出してしまって、可哀想だからと禁止されました。あ、でも、お茶会とかには出ていますから、夜会はまだですけど」

「……出るか?」

 ナイジェルの突然の申し出に私は驚いてしまう。
 不発の私の誕生日パーティーは、夜ではなく昼間に行った。
 確かに私は夜会には参加していない。が、それができるのだろうか。

「夜会に参加していない令嬢なら、参加資格があるだろう?」

 そういえば、昔に伝染病の影響でお披露目に出られなかった令嬢を憐れんだ国王が、夜会に参加していない令嬢ならお披露目に出てもいい。という、ルールを作った事を思い出す。

「そうですけど、でも、図々しいというか」

「熱が出て、姉の一生に一度の思い出を台無しにした家族の方がずっと図々しいと思うが」

 鼻息荒く返すナイジェル。
 
「そうでしょうか?」

 他の貴族がどう思うのか心配だったが、お披露目がズレる令嬢はごく稀にいるのを知っているので、案外誰も何も思わないかもしれないと考え直す。

「行かないか?王都に」

「で、でも」

 後ろ暗いことなんてないのに、ライザと会うのが嫌だった。
 会いたくないのは、気まずいからではなく、なぜかわからないが。

「実は、魔獣用の結界のデータを直接の持ってきて欲しいとロシェルに頼まれているんだ」

 そう言われると断ることはできなかった。
 でも、なぜだろう。こんなにも不安なのは。

「わかりました」

 もう奪われることなんてないのに、ライザという存在が私を不安にさせる。
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