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 その聞き覚えのある名前に、私は目を見開いた。

「……!」

 青年から害意は全くない。そして、演技でこれをやっているようには見えない。
 何よりもその身なりの良さ、立ち振る舞いはどう見ても貴族だ。
 なぜ、彼がお互いに面識すらない私に気がついたのかわからない。
 このままでは、大変なことになると思った私は咄嗟に嘘をつくことにした。

「な、ナイジェル……様、この子は、私の可愛い孫でね。シズリー領に行く途中で合流する事になっていたのよ。久しぶりに会ったから大きくなってて驚いたわ」

「……そうだ、私はこのおばあちゃんの少し大きくて可愛い孫だ」

 私の咄嗟の嘘に、ナイジェルは乗ってくれた。
 少し大きくて可愛い。というワードが引っかかるせいで、怪しさが滲み出ているけれど。
 青年からは害意が全くなく。身なりから育ちがいいと思ったようで、御者はすんなりとそれを信じてくれた。

「天涯孤独で……、死に場所を求めて旅をしているかもしれない。って聞いたから、ちゃんと心配してくれる人がいたんだ。よかった。本当によかった」

 ……どうやら、色々な人が私のことを勘違いしていたようで、とても恥ずかしくなった。

 そりゃ、自殺するかもしれないって思ったらみんな優しくするわよね。

「みんなに、少しだけ大きくて可愛い孫が迎えにきてくれたと伝えておくよ」

 御者は、晴々とした笑顔で来た道を戻って行った。
 そして、私はナイジェルに連れられて、彼の乗っていた馬車に座った。
 そういえば、ナイジェルに抱き上げられてから一度も地面に両足がついていない。
 なんなら、今も、ずっと、抱き抱えられている。

「初めまして、私は、ナイジェル・シズリーです」

 蕩けるような笑みを浮かべたナイジェルが、自己紹介を始めた。
 なぜ、彼はこんなにも好意的なのか、それが理解できない。
 ちなみに私はナイジェルの膝の上に座っている。
 想像の斜め上すぎる状況に、私の頭は考えるのをやめてたくなっていた。

 一体どうなっているのか、状況を誰か説明して欲しい。

「シズリー領に向かっているとお手紙をもらい。お迎えに来ました」

 ただ、分かったのは、ナイジェルが迎えにきてくれたことでこの旅が終わったという事だ。

 何だろう。気が抜けちゃった……。

 ふつりと張り詰めていたものが切れたような感覚がした。
 思っていたよりも、一人旅は気が張っていたのかもしれない。
 スーッと頭から血の気が引いていくのと共に、私の瞼が急に重たくなった。

「アストラ嬢!」

 慌てたようなナイジェルの声を子守唄に私は眠りについた。






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