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再会

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そして時が来た。
与一に言われるままに与一の息のかかった医師の元で手術を受け。種を蒔き水を注ぎ続けた。

指定した場所に行くと、初恋の花は僕の手から離れていても、想像以上に美しく花開いていた。
奇しくも鳴海はちょうど、今まで使い捨てのおもちゃ程度にしか思っていなかった真海に与一が恋をしたその時の年齢だった。

「ここでいいのかな」

不安げな呟きが聞こえてきた。僕は久しぶりに彼女を見て、中学の時に抱いた感情とまた違うものが競り上がってくるのがわかった。
あの時、僕はまだ純粋で単純な正義感と淡い恋心を彼女に抱いていただけだった。
しかし、今は与一が真海に向けるような執念めいた思いを持ち始めていた。
やはり僕は与一と同類の人間なのだろう。
 
「……!」

鳴海は周囲の人目など気にせず一人百面相を始めていた。
初めて会った時よりも、幾分か表情は暗くなったような気がする。
それは、きっと彼女が苦労して来たからだろう。僕と同じように、彼女もまた変わってしまった。だけど、それすらも受け入れられた。

「真殿鳴海様。お待たせしました」

僕が声をかけると、鳴海は勢いよくこちらを見る。まじまじとこちらを見てうっすらと頬を赤くした。 

「は、はい。あ、あの?」

まるで惚けたように僕を見詰めると、戸惑うような返事をする。
その姿は、『母親に愛されていないかもしれない』とうっすらと涙を浮かべたあの時とどこか重なる。
「はじめまして。お迎えに参りました。月森朔也です。才賀与一様の使用人の」
「そ、そうなんですか。わ、私は真殿鳴海です」
僕が自己紹介を始めると、鳴海も慌てて名乗りだした。
「行きましょう。荷物はこちらでよろしいですか?」
「どこに?」
「才賀家の島に」
「島!?」
鳴海の反応は予想通りで、わかっていても面白かった。
彼女はこれから待ち受ける自分の運命を知らない。知られてはいけない。僕は何がなんでも隠し通すつもりだ。
「はい。島です。貴女の事は隠したいそうですから」
僕はあの島で彼女を絶対に手に入れるつもりでいた。


「失礼いたします」

キッチンで鳴海との二人との一時を過ごし、後髪引かれる思いで、僕はその日の仕事を終えて与一の部屋をノックした。
「入れ」
僕が与一の部屋に入ると気だるげにベッドに横になっていた。
もう、彼の身体は衰弱しきっている状態で、この島まで来ることが出来たのは執念の賜物なのだろう。
「それを使え」
ベッドに横になったままの与一は、サイドテーブルにあるチップを僕に手に取るように促す。
「これが」
「そうだ。それよりも早くしてくれないか」
与一は疲れ果てた声だ。
「モルヒネですね」
「ああ、単位を確認してくれ。しばらくしたら鳴海を連れてこい」
僕はその意図がわかっていた。鳴海を抱くつもりなのだろう。
「たとえ私の意思であったとしても、最初にお前の女になるのは許せない」
その目はギラギラと鈍色のナイフのように輝いていた。
僕は与一の執念にここまで来ると呆れを通り越して、感服していた。

僕は規定量を超えるモルヒネを与一の体内に注入した。

「与一」
僕が名前を呼び掛けると、ぼうっとした表情で見上げてきた。
「貴方はここで死にます」
その言葉の意味を理解したのか、彼の眉間にはうっすらと皺が寄っていた。
「なんだと?」
「鳴海を汚す事は許さない。彼女は僕のものだ。初めて見た日から。お前になんて渡すつもりはない」
僕は、生まれて初めて与一に反抗的な言葉を投げつける。
「逆らうつもりなのか?」
与一は怯えた表情だ。
「いいえ、逆らっておりませんよ。貴方の意思とは別に僕が鳴海に恋に落ちただけです。することは貴方の望み通りであることにはかわりません」
与一の意思ではなく自分の意思でこれからの事件を引き起こす。
鳴海に才賀家が危害を加えられないように、僕は悪人にでも何にだってなってやる。
「それなら、私がお前の身体を使っても同じではないか」
与一は同じように恋に落ちるのならどちらの意思でも構わないと言い出す。
僕は真海と出会っていたとしてもきっと恋には落ちていなかったと思う。
鳴海だからこそ僕は彼女を好きになった。
与一はなにもわかっていない。人には人の意思があると。
「いいえ、何もわかっていないんですね。貴方は、じきに殺されるでしょう。所有物と思われ続けた人に」
しばらくすれば、僕がこの日の為に蒔き水を注ぎ続けた種が、与一に向かって芽が出る。
与一が遺産をちらつかせて孫を好き勝手に扱ったリスクをわかっていない。
「なんだと?」
「僕は貴方の望み通りに動きます。ただ、そこには貴方の意思がないだけです」
僕はこの島から出るまで与一の望み通りの最悪の結果になるように動くつもりだ。
鳴海を害する人間は少しでも排除するために。
僕は与一の意思を頭に埋め込むつもりなんてない。
「さようなら。父さん」
最後に一度だけ言ってみたかった言葉を投げつける。
「……ぉぃ」
モルヒネが効き出したのか与一の呂律は回っていなかった。

与一の部屋から出ると、思い詰めた表情の香織とすれ違った。
僕はあえて彼女に声をかけなかった。

意外ではあったが、彼女ほど巧妙に善人ぶった欲深い奴などいない。
これから起きる結果に、なぜか納得していた。
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