夕顔は朝露に濡れて微笑む

毛蟹葵葉

文字の大きさ
上 下
41 / 48

西田の優しさ

しおりを挟む
「よう……」
 取り調べを終えた私は西田に声をかけられた。
「あの、本来なら、こんなこといけないんですけど」
 取り調べをしてくれた警察官が西田に注意をするが「まあ、まあ、細かいこと言うなよ。許せよ」言われて素直に引き下がった。
 多目に見てくれるという事か。
「真殿さん。あんまり気に病むなよ。俺に言えるのはそれだけだ」
 西田は的確な言葉を出す。
「アンタみたいな人間は、悪くなくてもすぐに自分を責めちまうんだ」
 恐らく奏介の高カリウム血症や、与一のPCAに気がつけなかった事を言っているのだろう。
 実際にその通りで気がついてどうにかなったか、ならなかったは別として看護師としての資質に問題があることを認識させられた気がした。
「そうかもしれません」
「俺は、アンタみたいな一生懸命な看護師は大好きなんだ。まあ、ちょっと空回りしてるところはあるけどな」
 西田は働いている私の、そういうところをよく見ていたのだろう。今まで頑張ってきた事を否定されなかった。
 それだけで、嬉しかった。
「だからさ、あそこの職場は辞めてもいいけどな、看護師はやめるな、気がつけなかった失敗を次にしなければいいんだ」
「はい」
 西田なりに一生懸命に考えて言ってくれた言葉は、私の今の逆立った心を優しく包んでくれるようだった。
 けれど、私は続けたくても看護師をする資格はもうない。
 だってそうじゃないか、奏介の異変に薄々気がついていた。
 いつだって声をかけられたはずだ。だけど、それをしなかったのは……。

 朔也に与一の遺産を少しでも多く手にとって欲しかったからだ。私はどこまでも卑怯で醜い女だ。
 才賀家に利用され続けた朔也に絶対に幸せになって欲しかったのだ。
「ありがとう。西田さん」
「いいって。元気で過ごせよ」
 最低最悪だ。
 こんなにも気遣ってくれる人にすら、自分を偽っているのだから。もう、きっと西田とも会うことはないだろう。
 私は自分の欲望のために一番大切な物を捨ててしまった。
 もう、看護師に戻るつもりなんてない。こんな人間が人に寄り添うことなんて出来るはずもないのだから。

「本当はな。被害者同士が仲良くするって俺としてはおすすめできないんだ」

 西田がポツリと呟いた。
「だけどな、アンタらはどっか似てるんだよ。兄妹でもないのに」
「え?」
 私は突然そんな事を言われて戸惑ってしまう。
「下手したら普通の兄妹よりも深い絆なのかもな。まぁ、あんな事件を二人で経験したらそうなるかもしれないけどな」
 西田は朔也と私の事を話しているのだろう。
「二人で乗り越えるんだな。言葉に出さずともお互い大切に思ってるんだろ?」
「はい」
 西田の言う通りだ。私にとって朔也はとても大切な人だ。だからこそ二度と会ってはいけないと思っていた。
 いや、今も思っている。私という存在が彼にとって大きな影にならないだろうか。

「幸せになれよ。俺から言えるのはそれだけだ。血の繋がりなんか案外どうでもいい事だったりするんだから」
 西田は心の底から私の幸せを願っているのだろう。

「じゃあな」

 西田は『またな』とは言わなかった。
 それが、本当の別れの挨拶だと気がつくのに時間はかからなかった。
「さようなら。本当に今までありがとうございました」
 私はようやくそれだけ言うと取調室をあとにした。

 今、とても朔也に会いたかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

亡くなった妻からのラブレター

毛蟹葵葉
ミステリー
亡くなった妻からの手紙が届いた 私は、最後に遺された彼女からのメッセージを読むことにした

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

消された過去と消えた宝石

志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。 刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。   後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。 宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。 しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。 しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。 最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。  消えた宝石はどこに? 手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。 他サイトにも掲載しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACの作品を使用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...