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真相

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 しかし、朔也は私を見捨てる事はなくサンルームの天井から降りてドアノブに手をかける。
 ガチャとドアが開く音がした。

「鳴海さん!」

「朔也なぜ生きてる!?」

 朔也の大きな声が私を元気付けるようで、不思議と身体に力が入るのがわかった。
 奏介は朔也に驚き、私の首を絞める手の力が緩む。


「っ……!」

 私は力を振り絞ってそれを手で払う。


「あっ、何だ!?」
 奏介はよろめいてその場に膝をつく。そして、何かに戸惑うような声をあげる。

「なんだこれ……?」

 突然、奏介は床に突っ伏し、胸を掻きむしりはじめた。
 何か違和感があるかのように。

「胸が……苦しいっ」

 奏介は溺れるように床に爪を立て、背中を上下させ苦しげに荒い呼吸を繰り返す。

「そ、奏介さん?」
 私が上半身だけ起こし彼の顔を見ると、顔中に脂汗が滲み出て苦悶の表情を浮かべる。
「おま、薬もっ……たな?」
 奏介は自分の身体の異変を、何か食べ物に盛られた毒か何かと思っているようだ。
 しかし、そんな事ができる人間なんて居ない。
「私は、なにもしていない」

「嘘っ、だ」

 奏介は胸を押さえながら何度ものたうち回る。

「あ、ぐっっ」
「ぐっあぁ……」
「ぁ……」

 奏介は苦しみ全身の力を抜きそのまま息絶えた。

「ね、ねぇ、奏介さん」

 私は這いずりながら、息を引き取った奏介に近付き、その両肩を掴み。無駄だと思いながら身体を揺さぶる。
 やはり、なんの反応もなかった。

「鳴海さま、大丈夫でしたか?」

 朔也は奏介の死の瞬間を見届けてから、私に駆け寄り身体を支え、立ち上がらせてくれた。

「あ、朔也さん。奏介さんが」

 まだ、酸素が頭に行き渡らず、ぼんやりとする。眩暈のように私は立ち続ける事ができず。ふらついてしまう。
 咄嗟に、朔也が私の腰を抱くように引き寄せられると、初めて出会ったときのように私は彼の腕の中に収まる。

「彼は鳴海さんを殺そうとしていましたね」
 朔也の声音は全て知っているかのように冷静さと、微かな悲しみがあった。
 彼なりに奏介のことを思っていたのかもしれない。

「生きていたのね。私はてっきり殺されたのかと思ったわ」
 私は、サンルームの天井の上に倒れていた彼を見て。誰かに殺されたのかと思った。
 あの時、彼がこの世からいなくなったら私はきっと生きていけない。このまま奏介に息の根を止められてもいいと考えかけていた。
「奏介さんが僕達を殺しに来ると思いました。だから、先に向こうを油断させようと思って」
「油断……?」
 油断というよりもかえって彼はパニックに陥っているようで、胸の不快感が不安のトリガーとなり、訳がわからず私に襲いかかってきたように思えた。
 こんな小細工する必要なんてなかったはずだ。
「朔也さん。何か隠していませんか?」
 私が真っ先思ったのはそれだった。朔也は言いにくそうに目をそらす。
 隠し事をしていると認めているようなものだ。
「言ってください。貴方一人で抱え込まないで」
 私の言葉に、朔也は決心するように頷いた。
「与一様は彼らが何をしていたのか知っていました。そして、とても憎んでいました」
 その言葉は、与一がこんな事になるように仕向けたように含みがあった。
「与一さんが復讐をしたということですか?」
 生前の話を聞く限り与一は相手に痛手を残すような復讐をするような気がした。推測だが彼は朔也や孫達全てを、自分の思い通りになる駒か何かのように思っているようなふしがあった。
 駒達に裏切られた憎しみは強いもののように思う。
 その方法がこれだったというのか。
「貴女を呼び出すと聞いたときは、あの四人を遺産相続から外すつもりなのだと僕は思っていました。こんな事になるなんて。僕はあの夜『父さん』に『最後に協力してほしい』と頼まれました」
 私は、朔也の気持ちが痛いくらいわかった。最後の最後に父親として頼まれた事を断れるはずがない。
 今まで子供として扱われなかったのなら尚更。彼もまだ父親に憧れる子供だったのだ。
 与一はいつでも思い通りに朔也が動くように長年コントロールしてきたのだろう。『父親』という切り札はとても卑怯だ。
 家族の愛が欲しかった朔也は何も考えないでそれにしがみついた。
「『仕事を全うしてほしい』と僕は言われました。それは、用意された食事を出すことです」
 朔也は淡々と話を続ける。
「僕は奏介様に、食事の事を指摘されて初めて用意された物に疑問を感じました。しかし、『父さん』に頼まれた事はどうしても全うしたかったのです」
 つまり、朔也は何かを察しても言われるがままに食事を用意したということになる。
「っ、朔也さん。やめて、話さなくていいから」
 私は聞きたくなくてその言葉を遮った。朔也は与一に言われるままに、誰かの殺人の手助けをしたということではないか。
「僕はただ用意された食事を出しただけです。そうすればうまくいくと『父さん』に言われたんです」
 やはり全てが奏介の言う通りだったんだ。しかし、誰が彼らを殺したのだろう?恐らく犯人はすでにこの世には居ないような気がした。
 朔也は誰一人殺してなんかいない。私はそう信じている。
「僕は最低最悪だ。嫌な予感がしていたのに、言われるままに誰かの殺人の手助けをして。このまま死にます」
 朔也はズボンのポケットの中からナイフを取り出し、首筋に当てた。
「やめて」
 私はとっさにナイフの先端を右手で握りしめた。
「っつ。」
 痛みと共にポタポタと生暖かい真っ赤な血が流れでるのが見える。
「やめて。貴方は何一つ悪くないわ。ねぇお願い。兄さん。私を一人にしないで」
 私の両目から同じように生暖かい液体が溢れ出てくるのがわかる。私は卑怯だ。与一以上に。
 本当は薄々感付いていた。何もかもを。けれど、目を背け続けていた。
 食事の疑問はずっとついて回っていた。最初から何か含まれているのではないかと実は疑っていた。
「鳴海さん」
「お願いよ。お母さんみたいに居なくならないで」
「鳴海さん、でも許されないんです」
「貴方が死んだら私は許さない。私を一人にしたら許さない」
 私は家族の愛に飢えている彼に『妹』という言葉の蔓で心を縛り付ける。今、この場では決して自殺を選ばないように。
「っ、鳴海さん。でも僕は……」
「朔也さんは何も知らなかった。そうですよね?」
「はい」
「それでいいじゃないですか。あとは、警察の判断に任せましょう」
 だけど、なぜだろう。不思議と何か引っ掛かりを感じてしまうのは。
 彼と同じように何も知らない。見て見ぬふりをし続ける。それがどれだけ私の心を蝕んだとしても。
 私は朔也に同情していた。大金が手に入り自由気ままに生きてほしいと思っていた。
 だからこそ、命の危険のある奏介に何も言わなかった。
「もう、一人になるのは嫌なの」
 私は朔也の背中に両腕を絡める。
 どんな形であれ彼が幸せを手に入れられるのなら、嘘つきにだってなれる。
 この島を出たら、彼にとって封印したい記憶そのものの私と二度と会うことはないだろう。でも、それでいい。
「鳴海さん。僕は居なくなりません」
 ガラス越しに朔也が映る。
 私の腰に両腕を夕顔の蔓のように絡めた。その口元はうっすらと上がっていた。
 朝露に濡れた身体は温かくて、私は彼の匂いに酔いしれるように目を閉じた。
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