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最後の夜
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「食べる気なんて起きませんね」
私達はすぐに部屋に戻り、ソファに向かい合うように座りながら、ぼんやりと缶詰を眺めた。
胸焼けがする。人が死んだ後なのにとてもではないが食欲なんてない。
「そうですね」
朔也も同じのようで目を伏せて、私と合わせてもくれない。その気不味い雰囲気に息苦しくなる。聞きたいことがいくつもある。
聞きにくいが全てを知るために聞くしかないだろう。
「さっきの事ですけど、与一さんの癌の件は事実ですか?」
私はまだそれが信じられなかった。
「はい。与一様はご存じでした。薬による症状だと気が付いた時には全て遅かったのです」
朔也は母親の件で何か疑念を持っていたのかもしれない。今まで彼等と接していた気持ちを思うと、腹の中から黒い靄が出てくるようだ。もしも、私が朔也の立場だったら絶対に許せない。
何がなんでも復讐したと思う。
しかし、誰が彼らを殺したのだろう?
一番考えられるのは、認めたくないが朔也だ。しかし、彼の様子を見ているとそんな事はしないような気がする。
復讐することよりも、罪を認めさせて法のもと裁いてもらう事を望みそうな気がした。
それならば、否定していたが奏介の可能性もある。
人は何があるのかわからない。
あの優しかった香織ですら、自分のために与一や朔也の母親を殺すことに加担していたのだから……。
考えるだけで気が滅入る。人の汚い部分を見るといつもそうだ。
「その薬は痕跡が残らないのですか?」
「はい。もし、出たとしても僕の母親に関してはきっと罪に問うことはできません。あの時、彼らは未成年でしたし」
なんて、やりきれない気持ちだ。私以上に朔也の方がそうだろう。相手が認めたというのに裁くことが出来ない。
自分の両親を奏介達に殺されたなんて。
「どうせ、何をしたところで無駄です」
朔也はそう呟いて、天井をぼんやりと見上げる。そこには大きな諦めがあった。
全てを公にしたところで一笑されるのが関の山だとよくわかっているのだろう。相手が相手なのだから。大きな力には敵うわけがない。
きっと救出されたら、サイガフーズの権力の行方はまた変わる。
「疲れました。考えることに少しだけ」
顔を両手で覆うと小さくため息をつく。
「寝ていていいですよ。私が起きていますから」
私は朔也に休んで貰いたかった。
明日の昼に救助されたとしても、彼にはこれからもっと色々な事がついて回るような気がしたのだ。
もちろん、私にもそれは当てはまるが。完全な当事者なのは朔也しかいないのだから。
「しかし」
「何かあったら助けを求めますから。大丈夫です」
「わかりました。それではコーヒーを淹れます」
「ありがとうございます」
そういえば、あの時『お茶をご馳走する』と言われたが、こんなにも重苦しい空気の中そうなるとは思いもしなかった。
なんて皮肉なんだろう。
「それでは、僕は」
「はい。おやすみなさい」
朔也はソファに横になり、疲れていたようですぐに寝息をたてて眠りについた。
その寝顔をぼんやりとみる。無防備なそれはまださほど私と年齢がかわらない事を思い知らされるようだった。
彼は私以上に何もかもを諦めて早く大人になったのかもしれない。
用意してくれたコーヒーを口につけると、今の自分の気分と同じような味がした。
苦くて喉に引っ掛かるようだ。
「あ、あれ?」
突然、ふいに感じた眠気。なぜだろうとても眠たくなっていく。
眠ってはいけない。と、考えていても瞼はどんどん重たくなっていく。
何もかもが魚の骨のように喉に引っ掛かる。
私の視界はコーヒーのように真っ黒に染まった。
私達はすぐに部屋に戻り、ソファに向かい合うように座りながら、ぼんやりと缶詰を眺めた。
胸焼けがする。人が死んだ後なのにとてもではないが食欲なんてない。
「そうですね」
朔也も同じのようで目を伏せて、私と合わせてもくれない。その気不味い雰囲気に息苦しくなる。聞きたいことがいくつもある。
聞きにくいが全てを知るために聞くしかないだろう。
「さっきの事ですけど、与一さんの癌の件は事実ですか?」
私はまだそれが信じられなかった。
「はい。与一様はご存じでした。薬による症状だと気が付いた時には全て遅かったのです」
朔也は母親の件で何か疑念を持っていたのかもしれない。今まで彼等と接していた気持ちを思うと、腹の中から黒い靄が出てくるようだ。もしも、私が朔也の立場だったら絶対に許せない。
何がなんでも復讐したと思う。
しかし、誰が彼らを殺したのだろう?
一番考えられるのは、認めたくないが朔也だ。しかし、彼の様子を見ているとそんな事はしないような気がする。
復讐することよりも、罪を認めさせて法のもと裁いてもらう事を望みそうな気がした。
それならば、否定していたが奏介の可能性もある。
人は何があるのかわからない。
あの優しかった香織ですら、自分のために与一や朔也の母親を殺すことに加担していたのだから……。
考えるだけで気が滅入る。人の汚い部分を見るといつもそうだ。
「その薬は痕跡が残らないのですか?」
「はい。もし、出たとしても僕の母親に関してはきっと罪に問うことはできません。あの時、彼らは未成年でしたし」
なんて、やりきれない気持ちだ。私以上に朔也の方がそうだろう。相手が認めたというのに裁くことが出来ない。
自分の両親を奏介達に殺されたなんて。
「どうせ、何をしたところで無駄です」
朔也はそう呟いて、天井をぼんやりと見上げる。そこには大きな諦めがあった。
全てを公にしたところで一笑されるのが関の山だとよくわかっているのだろう。相手が相手なのだから。大きな力には敵うわけがない。
きっと救出されたら、サイガフーズの権力の行方はまた変わる。
「疲れました。考えることに少しだけ」
顔を両手で覆うと小さくため息をつく。
「寝ていていいですよ。私が起きていますから」
私は朔也に休んで貰いたかった。
明日の昼に救助されたとしても、彼にはこれからもっと色々な事がついて回るような気がしたのだ。
もちろん、私にもそれは当てはまるが。完全な当事者なのは朔也しかいないのだから。
「しかし」
「何かあったら助けを求めますから。大丈夫です」
「わかりました。それではコーヒーを淹れます」
「ありがとうございます」
そういえば、あの時『お茶をご馳走する』と言われたが、こんなにも重苦しい空気の中そうなるとは思いもしなかった。
なんて皮肉なんだろう。
「それでは、僕は」
「はい。おやすみなさい」
朔也はソファに横になり、疲れていたようですぐに寝息をたてて眠りについた。
その寝顔をぼんやりとみる。無防備なそれはまださほど私と年齢がかわらない事を思い知らされるようだった。
彼は私以上に何もかもを諦めて早く大人になったのかもしれない。
用意してくれたコーヒーを口につけると、今の自分の気分と同じような味がした。
苦くて喉に引っ掛かるようだ。
「あ、あれ?」
突然、ふいに感じた眠気。なぜだろうとても眠たくなっていく。
眠ってはいけない。と、考えていても瞼はどんどん重たくなっていく。
何もかもが魚の骨のように喉に引っ掛かる。
私の視界はコーヒーのように真っ黒に染まった。
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