上 下
32 / 48

最後の夜

しおりを挟む
「食べる気なんて起きませんね」
 私達はすぐに部屋に戻り、ソファに向かい合うように座りながら、ぼんやりと缶詰を眺めた。
 胸焼けがする。人が死んだ後なのにとてもではないが食欲なんてない。
「そうですね」
 朔也も同じのようで目を伏せて、私と合わせてもくれない。その気不味い雰囲気に息苦しくなる。聞きたいことがいくつもある。
 聞きにくいが全てを知るために聞くしかないだろう。

「さっきの事ですけど、与一さんの癌の件は事実ですか?」
 私はまだそれが信じられなかった。
「はい。与一様はご存じでした。薬による症状だと気が付いた時には全て遅かったのです」
 朔也は母親の件で何か疑念を持っていたのかもしれない。今まで彼等と接していた気持ちを思うと、腹の中から黒い靄が出てくるようだ。もしも、私が朔也の立場だったら絶対に許せない。
 何がなんでも復讐したと思う。
 しかし、誰が彼らを殺したのだろう?
 一番考えられるのは、認めたくないが朔也だ。しかし、彼の様子を見ているとそんな事はしないような気がする。
 復讐することよりも、罪を認めさせて法のもと裁いてもらう事を望みそうな気がした。
 それならば、否定していたが奏介の可能性もある。
 人は何があるのかわからない。
 あの優しかった香織ですら、自分のために与一や朔也の母親を殺すことに加担していたのだから……。
 考えるだけで気が滅入る。人の汚い部分を見るといつもそうだ。

「その薬は痕跡が残らないのですか?」
「はい。もし、出たとしても僕の母親に関してはきっと罪に問うことはできません。あの時、彼らは未成年でしたし」
 なんて、やりきれない気持ちだ。私以上に朔也の方がそうだろう。相手が認めたというのに裁くことが出来ない。
 自分の両親を奏介達に殺されたなんて。
「どうせ、何をしたところで無駄です」
 朔也はそう呟いて、天井をぼんやりと見上げる。そこには大きな諦めがあった。
 全てを公にしたところで一笑されるのが関の山だとよくわかっているのだろう。相手が相手なのだから。大きな力には敵うわけがない。
 きっと救出されたら、サイガフーズの権力の行方はまた変わる。
「疲れました。考えることに少しだけ」
 顔を両手で覆うと小さくため息をつく。

「寝ていていいですよ。私が起きていますから」
 私は朔也に休んで貰いたかった。
 明日の昼に救助されたとしても、彼にはこれからもっと色々な事がついて回るような気がしたのだ。
 もちろん、私にもそれは当てはまるが。完全な当事者なのは朔也しかいないのだから。
「しかし」
「何かあったら助けを求めますから。大丈夫です」
「わかりました。それではコーヒーを淹れます」
「ありがとうございます」
 そういえば、あの時『お茶をご馳走する』と言われたが、こんなにも重苦しい空気の中そうなるとは思いもしなかった。
 なんて皮肉なんだろう。

「それでは、僕は」
「はい。おやすみなさい」
 朔也はソファに横になり、疲れていたようですぐに寝息をたてて眠りについた。
 その寝顔をぼんやりとみる。無防備なそれはまださほど私と年齢がかわらない事を思い知らされるようだった。
 彼は私以上に何もかもを諦めて早く大人になったのかもしれない。

 用意してくれたコーヒーを口につけると、今の自分の気分と同じような味がした。
 苦くて喉に引っ掛かるようだ。

「あ、あれ?」

 突然、ふいに感じた眠気。なぜだろうとても眠たくなっていく。
 眠ってはいけない。と、考えていても瞼はどんどん重たくなっていく。
 何もかもが魚の骨のように喉に引っ掛かる。

 私の視界はコーヒーのように真っ黒に染まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

ハイブリッド・ブレイン

青木ぬかり
ミステリー
「人とアリ、命の永さは同じだよ。……たぶん」  14歳女子の死、その理由に迫る物語です。

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

クオリアの呪い

鷲野ユキ
ミステリー
「この世で最も強い呪い?そんなの、お前が一番良く知ってるじゃないか」

亡くなった妻からのラブレター

毛蟹葵葉
ミステリー
亡くなった妻からの手紙が届いた 私は、最後に遺された彼女からのメッセージを読むことにした

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

魔界沼の怪魚

瀬能アキラ
ミステリー
 得体の知れない沼や湖に出没する謎の巨大怪魚を追う。  新感覚 フィッシング・ミステリー登場。

処理中です...