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嘲笑う奏介

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 私は昼食もそこそこにすませて、奏介の部屋に向かった。
「奏介さん」
 名前を呼びながら部屋のドアをノックする。彼は間違いなく私を拒否するだろう。わかっていても見捨てることは出来ない。
 どんな反応をされても私は受け入れるしかない。どれだけ私自身を侮辱されたとしても。
「何か用?ていうか、どの顔して僕のところに来たの?」
 奏介は自室からひょっこりと顔をだし、私の顔を見て眉を寄せた。

「用件があるならさっさと言ってくれる?」
 奏介は心底面倒臭そうに私に目線すら向けない。
「あの、救助が来るまでみんなで過ごした方が安全かと思って」
 私は先程真人達に提案した事を奏介に言うと、ほんの少し考えるように唇に手を当てた。
「で、誰が来るの?」
「私と朔也さんです」
 面子を話すと、蔑むように私を睨み付けた。
「ハッ?君達二人が僕が安全だと思うと思うの?バカじゃない?」
「何を言って……」
「だってそうじゃないか。二人とも愛人の子供で協力して遺産を貰おうって思ってるんじゃないの?」
 私の事が気にくわないのかもしれないが、その言いぐさはないだろう。
「そんなつもりありません」

「良いこと教えてあげようか?朔也のお母さんは無理矢理妊娠させられたんだよ。すぐに愛人になったけど朔也を産んだら病んだらしいね」

 奏介は残酷な事実を楽しげに私に話す。
 そんな事あってもいいのだろうか。もしも、それが事実なら朔也はとても辛い人生だったのではないのか。
 朔也は母親に望まれずに生まれてきた子供になってしまう。
 私はそれを嫌がらせのためにだけ話す奏介に腹立たしさを感じ。軽蔑をしていた。
 たとえ試し行為であったとしてもこれは許される事ではない。人の悲しい秘密を嫌がらせで暴露なんて……。

「やめてください」

 聞きたくなくて奏介を制止するが、その瞳はさらに輝き饒舌に語りだす。やっと私を傷つける方法を見つけたと楽しそうに。
 彼はしてはいけない境界線がきっとわからないのだろうか?私とは根本が違うのだろう。
 人を見下している彼の本質は周囲の人を遠ざけ、見放されるきっかけになってているのになぜ気が付かないのだろう。
「いいや続けるよ。でも、朔也が生まれた途端、母親はボロ雑巾同然の扱いだった。世間体があるから教育にお金をかけてもらえたけどね。何がいいたいかわかる?」
「やめてください」
 聞きたくないこれ以上。こんな侮辱あってもいいのだろうか。それを話してもいいのは朔也だけだ。
 真人達があまり体調の良さそうではない朔也対して気を使わないのは、きっとこのせいのような気がした。
 与一が愛した女性の子供だったらまだ違ったかもしれない。
「朔也はね。お祖父様にずっと愛された君達親子の事を憎んでいるよ。きっと、復讐したいんだ」
「やめて!」
 私は苛立ち混じりに奏介の頬を勢いよく叩く。これ以上朔也を悪く言われるのが許せなかった。
「君でも怒るんだね。スッキリした。麗美が何言っても軽く流してたのに朔也の事になるとそんなふうになるんだ」
 奏介は私の弱味を見付けたと言わんばかりに、顔を覗き混んでくる。
「……」
「好きなの?」
「貴方には関係のないことです」
 なんとかそれだけ言うと。憐れみの視線を向けられた。

「可哀想に。君はどれだけ朔也を愛しても恋人にはなれない。あはは。本当に可哀相な人だね。やっと君の事を好きになれそうだよ」

 奏介はケラケラと笑いながら部屋のドアを閉めた。
「私は……」
 考えようとしなかった事が、私をただ苦しめる。朔也の事を忘れる事なんてきっと出来ないだろう。


「っつ」
 認めたくなかった。
 すでに私の心の中は朔也への気持ちがいっぱいになっていた事に。この想いは叶いはしない事に。
 誰も居ないサンルームは空虚な箱のようだ。バタバタと吹き付ける風の音はまだ強い。
 しかし、嵐が通りすぎた空は青く雲ひとつなく爽やかだ。それなのに自分の心は今も嵐のように荒れ狂っている。
 朔也は私の知らないところで、たくさんの心ない言葉に傷つけられたのだろう。
 それを考えるとまた胸が張り裂けそうになる。
 朔也を不幸だとは思わないが、少なくとも幸せとは言い切れない日々を過ごしてきたのは間違いないだろう。
 与一に飼い殺される人生を歩まされていたのだろう。しかし、それすらも朔也は疑問に思わなかったのかもしれない。

「また、泣いているんですか?」

 背後から朔也の声がして、慌てて涙を手で拭い振り向く。
「いえ、泣いていません」
 反射的に否定したのは、彼が私に同情されるのを嫌がりそうだと思ったからだ。
「その、泣いていたでしょ?あの時も」
「なぜ、あの時私に会いに来たんですか?」
「もう一人の愛人の子供に興味があったんです」
「なぜですか?」
 やはり、彼は私を恨んでいるのかもしれない。同じ愛人の子供だというのに、あの時は放置されていても、今の扱いは明らかに違う。
「どうせ奏介さんから聞かされたんでしょ?」
 朔也は泣く子供を慰めるように私の頬を撫でた。
「はい」
 それが心地よくて目を閉じると、その手は今度は私の髪をとくものに変わる。
「君は素直だね。その通りだよ。僕達は日陰者扱いだった。世間体があるから最低限の生活はさせてくれたけどね」
 簡潔な説明なのに、それがかえって彼の不遇な生活を想像させられた。
「そう、ですか」
「君達を恨んでいない。確かに飼殺しのような生活だった。母親が死ぬまで人質に取られてね」
「人質?」
 不穏な言葉に私は徐々に不安になっていく。
「元々、心が弱くてね。まぁ、追い出して問題を起こされるのは不味いからと、ずっと監視されていたのさ」
「……」
 私とはまた別の手段で彼は、才賀家の手の上で踊らされていたのだろう。
「別に君を恨んでいない。あの日ただ見に行きたかっただけ」
「え?」
「『二度と会わない』って言ったのは僕の願いだったんだ。だって、僕達と出会わなければ、知らなくてもいい汚い世界なんか見なくていいだろう?これからもきっと後悔するよ」
 確かに彼の言う通りなのかもしれない。だけど、私は出逢った事に不思議と後悔はなかった。
「それは違います。私は貴方と出会えた事も後悔していません」
「僕もかな。君のおかげさ。何もかも」
 意味ありげに微笑む朔也は夕顔のようにミステリアスだ。
 私の心に巻き付く夕顔はしばらく枯れないだろう。それを受け入れるしかない。
 いつかきっとこの想い出は苦笑いできるものになるだろう。
 だけど、今は少しだけこの目の前の綺麗な花と戯れる夢を見たい。
「何も知らなくていいよ。君は」
「え?」
「まだ、僕はやることがあるから」
 朔也は話をすぐに話を逸らす。口調はいつの間にか砕けた物に変わっていた。
「さてと、僕は香織様たちのところに……っ」
 朔也は突然立ち眩みに合ったように、頭を押さえてその場に座り込む。
「朔也さん!?」
 私はしゃがみこみ彼の顔を覗く。
「っ、平気です」
「もう、無理をしないでください。私がかわりにしますから」
「しかし、」
 朔也の顔は青ざめている。いままでどれだけ気丈に振る舞っていたのだろう。どんな人間性であれ大切な父親が殺されて疑いの目まで向けられて。私にできることは限られているけれど、少しでも助けになりたい。
「お願いです。私を守ってくれるというのなら倒れたりなんてしないで」
 本当は違う。私は彼を守りたい。
「わかりました」
 朔也の声はとても弱々しかった。
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