夕顔は朝露に濡れて微笑む

毛蟹葵葉

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嵐の後

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 10時半。朔也はキッチンで佇んでいた。
 私は予想した通り彼がそこに居て、難しい問題を解けたような気分になっていた。
 結局あれから、彼とは一言も言葉を交わす事は出来ず部屋に戻ってしまった。
 ふらりとここに来た理由は。ただ、朔也の顔が見たかっただけだ。
 嵐は過ぎ去ったというのに、外の雨風はまだ強く私は不安だった。

「お昼ごはんを作るの手伝います」

 私が声をかけると、朔也は驚いたように一瞬だけ身体を強張らせた。
「その必要はありません。僕の仕事ですから」

 朔也はすぐにいつものように冷静さでそれを断る。昨日よりも壁を感じるのは、隠していた事を私に知られたせいかもしれない。

「私達は兄妹なのですかね」

 何と声をかけたらいいのかわからなくて、出てきたのはそれで私は内心苦笑いが出てきた。
「どうでしょう。確証なんてありません。今、考えるのはやめましょう」
 朔也はそれをハッキリとは教えてはくれなかった。
「そうですね。でも、朔也さんがお兄さんなら嬉しいです」
 自分に言い聞かせるようにそんな事を言うと朔也は唇を噛んだ。

「そうですか?僕は意外と卑怯な男かもしれません。あんな大切なことを黙っていた男ですよ?」
 朔也は黙っていた事を持ち出して苦しそうな表情を浮かべる。しかし、それは彼が悪いわけではない。
「部屋にいるのも心細い。あの人達と一緒に居るのも怖い。だってあの人達は私が人殺しだと決めつけて閉じ込めたんですよ」
 そう、一番あの中で、立場なんて関係なく優しく接してくれたのは朔也だけだ。それが、仕事や義務感であったとしても。私は嬉しかった。
 香織も親切だったが、真人の恋人という理由でどこか信用できなかった。
それくらい、彼らのしたことは私に不安や不信感を与えた。
「そうですね。それなら、少しだけ」
 朔也は諦めて了承してくれた。
「お願いだから何か手伝わしてください」
「そんな訳には」
「朔也さんは、昨日からずっと顔色が悪いです」

 与一が亡くなってからずっと朔也の顔色は悪く。無理をしているのがわかるくらい疲弊しているのが見てとれる。今にも倒れそうだ。
 今も無理をして立っているのが伝わってくるのだ。

「鳴海様は本当によく気が付くんですね」

 呆れたような。困ったような顔で朔也は無理をして微笑みを貼り付けているのが痛々しく見える。
 胸が締め付けられるようだ。私はこの彼への想いを枯らさないといけない。
 どれだけ苦しんでも。私は彼に恋心すら持つ資格はないのだから。でも、妹として思いやる事は許されるだろう。

「それでは、少しだけ手伝って貰えますか?」
「はい」
「冷蔵庫にある食材を出して貰えますか?」
 冷蔵庫を見ると、真空パックされた食材。メインに限ってはそれぞれに個別の名前が書いてある。
「わかりました。あ、みんなの食事は小分けされているんですね」
 切り分けられた食材の数々は。物によっては用途別に分けられていた。
「えぇ、まぁ。奏介様が透析をされていますし。材料には気をつけています。ある程度、小分けされていた方が作りやすいですしね」
「確かに」
「缶詰以外はサイガフーズの食品ですよ」
 朔也は棚の中を開けて食材を見せてくれる。缶詰だけは別会社の名前が書いてあった。
「幅広い会社ですね」
 私はサイガフーズの事を高品質の食品を出す会社としか理解してなかったのだと思い知らされる。
「作る方としては切り分けられていれば料理も楽ですからね。そういう層を狙っているのだと思いますよ」
 朔也は料理を作りなれているのだろう。そんな気がした。
「朔也さんは何もかも出来るんですね」
「え、僕がですか?奏介様たちに比べたら全然ですよ。あの方達はサイガフーズの役員ですよ」
 謙遜するが、自立した人というのは朔也のような人の事をいうと私は思う。自分で生活できるかどうかは大きい。
 彼ならどこでも生活ができそうな気がした。

「もしも、この件が終わったらどうしますか?」

 私は気になったことを聞いた。朔也は与一にだけ恩を感じているようだし、サイガフーズに残るようにはとても思えない。
「与一様がいなくなったらあそこにいる意味はありませんね」
「そうですか」
 何となくそんな気がしていた。彼が仕えているのは与一だけだというのは麗美達への態度で何となくわかっていた。
「気ままに生きようかなって思っています。今まで恩義に囚われ過ぎていたのかもしれません」
「そうかもしれませんね。あの、もしも良かったら」

 『私と会って貰えますか?』その言葉を口に出そうとしてやめた。
 これからの人生は彼のものだ。だからこそ、私という存在が見たくない過去の嫌な部分になるかもしれない。
 それが、彼を苦しめるのなら会うことは出来ない。たとえ私が妹であったとしても。
「何か?」
「いえ、何でもありません」
 私は無理矢理誤魔化すと、朔也は怪しむような表情をしてすぐに和らげた。
「何かあったら。いってください」
 言いたいことを言えない子供が喋るのを待つような、大人の微笑みを朔也は浮かべる。
 言いたいこと……。別の事を言わないと。

 ふと、思い浮かんだのは麗美の事だった。
 あの取り乱し様は明らかにおかしかった。まるで、何か薬物を飲まされたかのようなそんな感じだった。
 もしも、彼女がそれを摂取するのなら、ここにある食材以外には考えられない。あの部屋からは何も食べられるものは見つからなかった。
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