夕顔は朝露に濡れて微笑む

毛蟹葵葉

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一方的な魔女裁判

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「鳴海様」

 ふいに声をかけられて顔を上げると、いつの間にか戻ってきていた朔也は青ざめた顔をして私を見ていた。
 きっと、私も同じような顔色をしているのだろう。
 眩暈がする。あの船の中以上に私の心を揺さぶるような恐怖を感じていた。
 私はどうしたらいいのだろう?


「説明して貰っていい?」

 その場をまとめるように真人が私に声をかけた。
 4人は私の顔を怯えたような、それでいて答えを待つように見ていた。しかし、麗美だけは焦点の合っていない目線で虚空を見上げ、ブツブツと何か呟いている。
 一番冷静なのは恐らく真人だろう。この場をなんとかまとめようと話を切り出す事ができるくらいに。
 私は腹に力を入れて五人を見返す。余計な情報は入れずに真実を伝えなくてはならない。パニックにならないためにも。
 怖くて足が震えるのが自分でもわかる。
「与一さんは亡くなっています。そして、首を絞められた痕がありました。わかるのはそれだけです」
 末期癌を患っている事を考えると、直接な死因ははっきりとは言えない。
 自分でも要領を得ない説明だと思う。朔也が先程した説明と似たようなものだ。
「だれがやったの?」
 一人が呟くのが聞こえた。それは、私だって知りたいことだ。

「この女が殺したんでしょ?!」

 唐突に叫びだしたのは麗美だ。

「そうよ、そうに決まってる!お祖父様のお金が欲しいからでしょう?この殺人鬼!」
 彼女は一方的にまくし立てると、ダンダンと床を踏み鳴らし始めた。
 あまりの事に私は呆然とする。そんな事するわけがない。
「麗美さん?」
 真人が怪訝な表情で彼女を見るが、それすらも目に入らないようで頭をかきむしり始めた。
「近寄らないで!殺される、殺される!私は悪くない。だってあの時は……」
「落ち着いて。麗美さん」
 香織が彼女の肩に触れるが、それを払いのける。
「離して!殺されるの!私も殺される!この女を殺してよ。殺人鬼なのよ!」
 麗美は悲鳴じみた声をあげて、口から唾を飛ばす。
 いくら、私の事が嫌いでもこれは言い過ぎではないだろうか。
「朔也。麗美さんを部屋に連れていってくれる?これじゃ話しにならない」
 この様子を一番冷静に見ていた真人が朔也に声をかけた。確かに麗美が居ては話し合いにもならないだろう。突然叫び出されてしまっては。
「わかりました」
 朔也は麗美に声をかけて肩を掴んだ。
「離しなさい!この女を殺して!」
 その一言に鳥肌が立つのがわかった。この一言がこの空間に蔓延して、私が殺人犯に仕立てあげられないかと。そう思うと不安になってきた。
 麗美は、私を指差してずっと叫び続けるが、朔也になかば強引に連れていかれた。


「で、状況を整理したいんだけど」

 真人は青褪めながらも、年長者だからか比較的落ち着いて話し出した。
「麗美さんが、お祖父様の、部屋に行ったら。息を引き、取っていて。慌てて朔也を呼びに、行ったようだ」
 朔也から粗方話を聞いたのだろう。まとめながら、言葉につまりながらも説明を始める。
「それで、専門的な知識のある鳴海さんを呼びに行って、警察に連絡した後、僕達を呼び回ったみたいだね」
 だから彼等の到着が遅かったのか。
「で、実際にはどうなの?」
 奏介は青褪めながらも、状況を読めないのか引きつるように笑う。
「何がでしょうか?」
「お祖父様は殺されたの?」
 その言葉で真人と香織の顔からは一気に表情がなくなり、空気がさらに凍りつく。
「首筋に手の痕がありますが、それが直接な死因であるとは決められません」
「何それ?」
 奏介は私のハッキリと断定しない物言いに苛立ちを露にする。
「与一さんは癌を患っていました。末期だと思います。ですから、言い切れません。解剖をしなければわからないと思います」
「なるほど。君の言い方は嫌な言い方だけど納得したよ」
「みなさんは、与一さんが癌だと知っていましたか?」
 私は、三人が気が付いている可能性を考えていたが、驚いたような反応を見て違うのだと悟る。
「いえ」
 三人は確認するように顔を見合わせる。仲が悪いわりに、こういうときは息が合っている気がする。
「誰も気が付かなかったのですね」
 三人とも意外にも与一の事をしっかりと見ていなかったんだな。私は漠然とそんな事を考えて悲しくなった。
 もしもよく見ていれば、彼の身体の異変をすぐに気がついたのかもしれないのに。

「あ、ああ、僕達は知らなかった。やせて体力が落ちていたのは気が付いていたけど、風邪を拗らせたものだと思っていた」
「でも、誰かがお祖父様に殺意を持っていたのは事実だよね?」
「奏介さん?」
 奏介は瞳をギラギラと輝かせながら私を見た。そこには小動物を追い詰める肉食動物のような残忍さが見え隠れしている。
「だってそうじゃない。首を絞めた痕があるんだもの。ねぇ、君じゃないの?」
「え?」
 奏介は信じられない事を言い出した。
「だってそうだろう?君はお祖父様に早く見つけてもらえなかったばっかりに貧しい生活をしていたんだろう?」
 まるで、面白いことを思い付いたかのように饒舌に話し出す。
「そ、奏介さん。やめてください」
「やめないよ。だいたい気に食わなかったんだ。日陰者の分際で、お祖父様と血が繋がっているだけで財産が貰えるなんて。少しでも取り分が多くなるように殺したんだろう?きっと」
「違います!」
「じゃあさ、多数決しようよ!この女を誰も殺せないように閉じ込めておくか。海に放り出すか」
 さっきから、ずっと奏介は一方的に私を責め立てる。
 しかも、言い分も何も聞かずに私が罪人だと決めつけて。まるで魔女裁判のようではないか。
「奏介さん。やめてください」
 香織は青ざめながら私を庇おうと奏介を止めようとする。
「やめないよ。こんな女を庇う必要なんてない。異物は。癌は排除しないと」

「俺も賛成かな……」

 真人が奏介に賛同するように呟くのが聞こえた。
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