16 / 48
与一の死
しおりを挟む
「……眠れない」
自分の家のベッドに比べると、遥かに寝心地のいいベッドで何度も寝返りを打つ。その度に身体が沼に飲み込まれるように沈んでいくような気分だ。
部屋に響くのは強くなった雨風の音。目を閉じると、土砂降りの外で寝転がっているようだ。
「どうしよう」
壁にかけてある時計は夜中の0時半を示していた。眠れないからといってスマホを触ろうにも圏外だ。
「はぁ、眠るんだ。眠るの」
半ば強引に目を閉じると、少しずつ瞼が重たくなっていく。
それにしても凄い雨だわ。いつになったら止むのかしら?
少しだけ怖い。何もないといいけれど。
「鳴海様!」
ドンドンと部屋のドアを叩く音が聞こえる。何だろう。何かあったのだろうか?
嫌な予感がしながら、私はようやく眠りにつけそうだったのに、と残念な気持ちで起き上がる。
無意識に時計を見ると4時だ。こんな時間に何事だろう?
まだ言うことを聞かない身体を引きずるように歩き、ドアを開けると。
血相を変えた朔也が立っていた。ただならぬ気配に私の不安は強くなっていく。
「良かった!無事で」
朔也は安堵した様子で唐突に私の手をぎゅうっと握りしめた。
あまりの突然さに驚きつつも、触れられた場所が発火したように熱く、広がっていくのを感じる。まるで心臓に向かう植物の蔦のように。
私は、この気持ちは止められないのかもしれない。
しかし、彼がこんなにも慌てて何かあったのだろうか?どこかの屋根が落ちたのだろうか?
「何か?」
「あ、あの、すみません。貴女にしか頼めない、事があります」
朔也は自分を落ち着かせるように、大きく息を吸い込んだ。
「何かあったのですか?」
私にしか出来ない事?とは一体どういう事なのだろうか?
今の朔也はどう見てもおかしい。必死に取り繕っているようだが、気が動転しているように見える。
「……与一様が。恐らく、息を引き取っています」
「それはどういう」
恐らく息を引き取っているとはどういう事なのだろうか?
「専門ではないので身体にさわるのは良くないと思いますので、と、とにかくご確認を」
つまり、私に死亡確認をしてほしいという事なのだろうか?与一が亡くなった事以外、朔也の説明ではわからない。
詳しく聞くのは与一の死亡確認をしてからの方がいいだろう。
「わかりました。あの、与一さんは末期癌ですよね?」
キッチンでは聞けなかった事を私は躊躇いながら確認した。死因はそれということなのだろうか?
「はい、そうです。とにかく見てもらえますか?」
しかし、癌で亡くなったにしても、気が急いている朔也の様子にはどこか違和感がある。
「わかりました。行きましょう」
「お祖父様……。お祖父様……。殺される。私は悪くない」
与一の部屋の前に着くと、麗美はドアの横に自分の身体を抱くように床に座り込み、うわ言のように物騒な言葉を呟いていた。
『殺される』とはどういうことだろうか?
「あの、朔也さん」
「は、はい」
私が声をかけると、部屋の中の与一をぼんやりと見つめていた朔也は、上の空だったのか、ハッと気が付いたように返事をする。明らかにおかしい。
「鳴海様。確認をお願いします。僕は何をすれば……?」
朔也は咄嗟の判断で私を起こしに来たようだ。しかし、やっていることはかなり後手に回っている気がする。しかし、私を起こしに来てくれるだけまだ良かったのかもしれない。
「警察に連絡はしましたか?」
「い、いえ。まだです」
「お願いします」
「わ、わかりました」
朔也は慌てて駆け出していった。
「死にたくない。私は悪くない。だって……」
麗美は怯えた様子でカタカタと身体が震えており、恐らく彼女が与一を一番最初に発見したのだろうか。しかし、二人の様子はどう見ても尋常ではない。嫌な予感がする。
「失礼します」
私は決意をするように、誰ともなしに挨拶をして部屋に入った。
彼は亡くなっているとハッキリと私は断定する。先程まであった『死臭』はもう彼から漂って居ないからだ。
ガン特有の死臭は本人が亡くなるとその臭いが消えてしまうのだ。
働いていた部署の影響で今まで亡くなった人と対面する事は母親以外になく。
怖くて身体が震えるのがわかる。しかし、私はしなくてはいけない。
震える手で与一のそっと手首に触れた。
「ない」
脈はやはり触れない。身体はまだ温かく、死後硬直は始まっていないようだが。
無駄だとわかっていても、大きな動脈のある首筋に触れる。
「……ない」
やはり脈は触れない。
「えっ?」
与一の首筋には手形の赤い斑点がある。
「これ、もしかして」
死因は、ガンによる衰弱ではなくて誰かに首を絞められたから?
朔也の麗美の取り乱し様はこのせいだったのか。
「嘘でしょう……?」
あの船の中のように視界が揺らぐ。ふらついてガタンと背中に何かが当たる。突然の痛みに顔を歪めながら振り向く。
「これは持続注射の機械?抗ガン剤を使用していたの?栄養剤を使用していた?」
今は、こんな情報を頭に入れてもなんの意味もない。そんな事よりも頭の中を整理しないといけない。与一は間違いなく誰かに殺されている。
でも、誰に?
自分の家のベッドに比べると、遥かに寝心地のいいベッドで何度も寝返りを打つ。その度に身体が沼に飲み込まれるように沈んでいくような気分だ。
部屋に響くのは強くなった雨風の音。目を閉じると、土砂降りの外で寝転がっているようだ。
「どうしよう」
壁にかけてある時計は夜中の0時半を示していた。眠れないからといってスマホを触ろうにも圏外だ。
「はぁ、眠るんだ。眠るの」
半ば強引に目を閉じると、少しずつ瞼が重たくなっていく。
それにしても凄い雨だわ。いつになったら止むのかしら?
少しだけ怖い。何もないといいけれど。
「鳴海様!」
ドンドンと部屋のドアを叩く音が聞こえる。何だろう。何かあったのだろうか?
嫌な予感がしながら、私はようやく眠りにつけそうだったのに、と残念な気持ちで起き上がる。
無意識に時計を見ると4時だ。こんな時間に何事だろう?
まだ言うことを聞かない身体を引きずるように歩き、ドアを開けると。
血相を変えた朔也が立っていた。ただならぬ気配に私の不安は強くなっていく。
「良かった!無事で」
朔也は安堵した様子で唐突に私の手をぎゅうっと握りしめた。
あまりの突然さに驚きつつも、触れられた場所が発火したように熱く、広がっていくのを感じる。まるで心臓に向かう植物の蔦のように。
私は、この気持ちは止められないのかもしれない。
しかし、彼がこんなにも慌てて何かあったのだろうか?どこかの屋根が落ちたのだろうか?
「何か?」
「あ、あの、すみません。貴女にしか頼めない、事があります」
朔也は自分を落ち着かせるように、大きく息を吸い込んだ。
「何かあったのですか?」
私にしか出来ない事?とは一体どういう事なのだろうか?
今の朔也はどう見てもおかしい。必死に取り繕っているようだが、気が動転しているように見える。
「……与一様が。恐らく、息を引き取っています」
「それはどういう」
恐らく息を引き取っているとはどういう事なのだろうか?
「専門ではないので身体にさわるのは良くないと思いますので、と、とにかくご確認を」
つまり、私に死亡確認をしてほしいという事なのだろうか?与一が亡くなった事以外、朔也の説明ではわからない。
詳しく聞くのは与一の死亡確認をしてからの方がいいだろう。
「わかりました。あの、与一さんは末期癌ですよね?」
キッチンでは聞けなかった事を私は躊躇いながら確認した。死因はそれということなのだろうか?
「はい、そうです。とにかく見てもらえますか?」
しかし、癌で亡くなったにしても、気が急いている朔也の様子にはどこか違和感がある。
「わかりました。行きましょう」
「お祖父様……。お祖父様……。殺される。私は悪くない」
与一の部屋の前に着くと、麗美はドアの横に自分の身体を抱くように床に座り込み、うわ言のように物騒な言葉を呟いていた。
『殺される』とはどういうことだろうか?
「あの、朔也さん」
「は、はい」
私が声をかけると、部屋の中の与一をぼんやりと見つめていた朔也は、上の空だったのか、ハッと気が付いたように返事をする。明らかにおかしい。
「鳴海様。確認をお願いします。僕は何をすれば……?」
朔也は咄嗟の判断で私を起こしに来たようだ。しかし、やっていることはかなり後手に回っている気がする。しかし、私を起こしに来てくれるだけまだ良かったのかもしれない。
「警察に連絡はしましたか?」
「い、いえ。まだです」
「お願いします」
「わ、わかりました」
朔也は慌てて駆け出していった。
「死にたくない。私は悪くない。だって……」
麗美は怯えた様子でカタカタと身体が震えており、恐らく彼女が与一を一番最初に発見したのだろうか。しかし、二人の様子はどう見ても尋常ではない。嫌な予感がする。
「失礼します」
私は決意をするように、誰ともなしに挨拶をして部屋に入った。
彼は亡くなっているとハッキリと私は断定する。先程まであった『死臭』はもう彼から漂って居ないからだ。
ガン特有の死臭は本人が亡くなるとその臭いが消えてしまうのだ。
働いていた部署の影響で今まで亡くなった人と対面する事は母親以外になく。
怖くて身体が震えるのがわかる。しかし、私はしなくてはいけない。
震える手で与一のそっと手首に触れた。
「ない」
脈はやはり触れない。身体はまだ温かく、死後硬直は始まっていないようだが。
無駄だとわかっていても、大きな動脈のある首筋に触れる。
「……ない」
やはり脈は触れない。
「えっ?」
与一の首筋には手形の赤い斑点がある。
「これ、もしかして」
死因は、ガンによる衰弱ではなくて誰かに首を絞められたから?
朔也の麗美の取り乱し様はこのせいだったのか。
「嘘でしょう……?」
あの船の中のように視界が揺らぐ。ふらついてガタンと背中に何かが当たる。突然の痛みに顔を歪めながら振り向く。
「これは持続注射の機械?抗ガン剤を使用していたの?栄養剤を使用していた?」
今は、こんな情報を頭に入れてもなんの意味もない。そんな事よりも頭の中を整理しないといけない。与一は間違いなく誰かに殺されている。
でも、誰に?
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どんでん返し
あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~
ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが…
(「薪」より)
闇の残火―近江に潜む闇―
渋川宙
ミステリー
美少女に導かれて迷い込んだ村は、秘密を抱える村だった!?
歴史大好き、民俗学大好きな大学生の古関文人。彼が夏休みを利用して出掛けたのは滋賀県だった。
そこで紀貫之のお墓にお参りしたところ不思議な少女と出会い、秘密の村に転がり落ちることに!?
さらにその村で不可解な殺人事件まで起こり――
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
マーガレット・ラストサマー ~ある人形作家の記憶~
とちのとき
ミステリー
人形工房を営む姉弟。二人には秘密があった。それは、人形が持つ記憶を読む能力と、人形に人間の記憶を移し与える能力を持っている事。
二人が暮らす街には凄惨な過去があった。人形殺人と呼ばれる連続殺人事件・・・・。被害にあった家はそこに住む全員が殺され、現場には凶器を持たされた人形だけが残されるという未解決事件。
二人が過去に向き合った時、再びこの街で誰かの血が流れる。
【作者より】
ノベルアップ+でも投稿していた作品です。アルファポリスでは一部加筆修正など施しアップします。最後まで楽しんで頂けたら幸いです。
冤罪! 全身拘束刑に処せられた女
ジャン・幸田
ミステリー
刑務所が廃止された時代。懲役刑は変化していた! 刑の執行は強制的にロボットにされる事であった! 犯罪者は人類に奉仕する機械労働者階級にされることになっていた!
そんなある時、山村愛莉はライバルにはめられ、ガイノイドと呼ばれるロボットにされる全身拘束刑に処せられてしまった! いわば奴隷階級に落とされたのだ! 彼女の罪状は「国家機密漏洩罪」! しかも、首謀者にされた。
機械の身体に融合された彼女は、自称「とある政治家の手下」のチャラ男にしかみえない長崎淳司の手引きによって自分を陥れた者たちの魂胆を探るべく、ガイノイド「エリー」として潜入したのだが、果たして真実に辿りつけるのか? 再会した後輩の真由美とともに危険な冒険が始まる!
サイエンスホラーミステリー! 身体を改造された少女は事件を解決し冤罪を晴らして元の生活に戻れるのだろうか?
*追加加筆していく予定です。そのため時期によって内容は違っているかもしれません、よろしくお願いしますね!
*他の投稿小説サイトでも公開しておりますが、基本的に内容は同じです。
*現実世界を連想するような国名などが出ますがフィクションです。パラレルワールドの出来事という設定です。
失った記憶が戻り、失ってからの記憶を失った私の話
本見りん
ミステリー
交通事故に遭った沙良が目を覚ますと、そこには婚約者の拓人が居た。
一年前の交通事故で沙良は記憶を失い、今は彼と結婚しているという。
しかし今の沙良にはこの一年の記憶がない。
そして、彼女が記憶を失う交通事故の前に見たものは……。
『○曜○イド劇場』風、ミステリーとサスペンスです。
最後のやり取りはお約束の断崖絶壁の海に行きたかったのですが、海の公園辺りになっています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる