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呆れた男
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突然聞こえた奏介の声に、私は慌てて不自然すぎる反応をしてしまう。
もしかしたら、聞こえてしまったかもしれない。
「ん?どうしたの?慌てて」
「あっ、なんでもないです」
「ふぅん」
奏介は、少しだけ怪しむ様子を見せるが特に追求はしなかった。
「奏介様。何かご用でしょうか?」
「ちょっとね。鳴海さんは部屋に居ないで朔也なんかと交流?楽しそうだね」
奏介は、余分な一言をわざとらしく言いながら私を見る。
麗美よりもこの人の方が私は苦手だ。彼女のようにハッキリとした態度を取ってくれた方がまだ気が楽。
曖昧に人を傷付けるような言葉はジワジワと心を削る。本当は気分的に、彼とはあまり話したくなかった。
「僕さ、透析やってて病人なの。だからあまり運動したらいけないんだけど。朔也、夜食作ってよ」
「え?」
あの量を更に食べたいというのか。テーブルの上に並べられた食事の数々を私は思い出す。あれだけ食べてまだ足りないと言えるなんて、摂生というものを彼は出来ないのかもしれない。
「何、その態度。僕はあの程度の食事じゃ満足できないの?わからない?」
奏介は私が驚いた事が分かったのか、食ってかかるような態度を取る。
「っ、いえ、そんな事は」
ここで何か言い返すとまた彼は気分を悪くさせる。何も言わずに会話を流した方がいいだろう。
「ちっ、不満があるなら言えば?」
奏介は私の態度が気にさわったようだ。舌打ち混じりにこちらを見た。
「わかりました。何か作って持っていきます。何かリクエストはありますか?」
朔也は慌てて、私を庇うように話題を変えた。全ては自分の態度が招いたことだが、本当に申し訳ない。
「サンドイッチが食べたいな。あ、ホットサンドにしてね」
「わかりました」
奏介の少しだけ面倒な注文に、朔也は面倒な顔ひとつせずに返事をした。
「あ、鳴海さん。麗美さんだけど気を付けてね。何するかわからない子だから。僕には関係ないけど」
奏介は意地の悪い事を思い付いたかのような、嫌らしい笑みを浮かべる。
「え?」
「あの人。気が短いからよく色々な人と衝突するんだ。怪我をさせたとかよく聞くし。『不機嫌』な理由もあるしね。この島から出られるまで無傷でいられるといいね。あ、朔也それじゃお願いね」
奏介の止めの一言は私の心を折るようなものだった。麗美は今までどれだけ問題を起こしてきたのか考えるだけでも恐ろしい。
あのヒステリックさに、手まで出るのか。無傷で本当に帰れるのだろうか。何の前触れもなく突然叩かれたりしないだろうか?
「わかりました。教えてくださってありがとうございます」
不安になるのを感じながら『親切心』で教えてくれた奏介に苦々しい気持ちでお礼を言う。
「怪我をしないようにせいぜい気を付けてね」
「あの、大丈夫ですよ」
朔也は元気付けるように私の肩を叩いた。
「でも、」
「奏介さんはわざとああいう事を言うんです。麗美さんは実際気が短いですし、手が出るかもしれませんが、与一様の言うことは聞くので安心してください」
「そうですか」
本当にそうだろうか?だからといって不安が無くなるわけではないけれど。
「それに、何かあったときは僕を呼んでください」
「わかりました」
彼は守ってくれるのだろうか?それよりも、私の身代わりに怪我をしないか心配だ。
「あの、お疲れでしょう?」
「いえ、私は大丈夫です」
精神的に多少疲れているが、私以上に彼の方が心配だ。
「ねぇ、元気出してください。あっ、少し待ってくださいね」
そう言うなり朔也は私に冷蔵庫にあった。さっきのデザートに出た小さなチーズケーキを出す。
「これは?あの、洗い物が出てしまいます。それに、限られた食材しかないのに私が食べてしまっては」
「気にしないでください。余裕を持って用意していますから。それに、奏介さんに言われたので、今更洗い物が増えても別に」
確かにその通りかもしれない。けれど、これは誰のケーキなのだろうか?
「誰のケーキですか?」
「僕のです。あまりなんですけど。良かったら」
「ですが、悪いです」
「疲れた時は甘いものですよ」
それなら、疲れている彼に食べてもらいたいのだが、頬を弛ませて勧める姿に何も言えなくなる。
食べてほしそうな顔をされると断れない。
「ダイエットとか言わないで食べてください」
私は朔也の好意を素直に受けとる事にした。
「うっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
朔也はなぜか楽しそうに反応を見ている。
お行儀が悪いが、立ちながらそれを口に含むと爽やかな酸味がした。
「っ、美味しい」
美味しいものを食べるとそれ以外の感想しか出ないから、自分の語彙力の無さに呆れてしまう。
「良かった。ケーキ好きですよね?」
「あっ、顔に出ていましたか?」
「ええ、とても幸せそうに食べるなと思って」
『本当に幸せそうに食べるのね』
朔也の言葉に母親が私にケーキを譲ってくれた記憶が甦る。母もケーキが好きだったのに。
改めて母親に大切にされていたんだな。私は……。思い出すと急に切なくなってくる。
それは、きっとこの懐かしい味がするケーキのせいかもしれない。
「私もケーキ好きですけど、亡くなった母も好きでした」
懐かしむように言ってから、私はいけない事をしたと思った。こんな暗い話を初対面の人にしてどうする。
「そうですか。お母さんの事、大好きなんですね」
「はい。とても大好きです」
気不味い思いをさせてしまったかなと不安になりながら朔也を見るが、そんな事はなかった。
この人は本当に優しいんだな。あの男の子のように。
私は一度だけ会った夕顔の男の子の事を思い出していた。きっと成長したら朔也くらいの年齢になっているだろう。
「奏介様の夜食を持っていきますね。それから、与一様のお部屋に行きます。しないといけない処置がありますので。そろそろ休んでください」
私がケーキを食べ終わると朔也は、部屋に帰るように促す。
与一の処置とは何だろう。傷の処置くらいなら手伝うことは出来そうだが。
「あの、私が代わりにできることでしたらしますよ」
「ありがとう。大丈夫ですから」
「でも、本当になにかあったら言ってくださいね」
「ええ。わかりました。おやすみなさい」
「おやすみなさい。弁護士の先生が来るときは晴れるかしら?」
ふと、天気が気になった。
嵐が来るというのに明日は本当に弁護士が来るのだろうか?
「どうでしょうね。嵐が通りすぎても海は荒れていますからね。それに、また新しい嵐が来ているみたいですし、明日は無理かも」
確かにその通りかもしれない。
もしかしたら、聞こえてしまったかもしれない。
「ん?どうしたの?慌てて」
「あっ、なんでもないです」
「ふぅん」
奏介は、少しだけ怪しむ様子を見せるが特に追求はしなかった。
「奏介様。何かご用でしょうか?」
「ちょっとね。鳴海さんは部屋に居ないで朔也なんかと交流?楽しそうだね」
奏介は、余分な一言をわざとらしく言いながら私を見る。
麗美よりもこの人の方が私は苦手だ。彼女のようにハッキリとした態度を取ってくれた方がまだ気が楽。
曖昧に人を傷付けるような言葉はジワジワと心を削る。本当は気分的に、彼とはあまり話したくなかった。
「僕さ、透析やってて病人なの。だからあまり運動したらいけないんだけど。朔也、夜食作ってよ」
「え?」
あの量を更に食べたいというのか。テーブルの上に並べられた食事の数々を私は思い出す。あれだけ食べてまだ足りないと言えるなんて、摂生というものを彼は出来ないのかもしれない。
「何、その態度。僕はあの程度の食事じゃ満足できないの?わからない?」
奏介は私が驚いた事が分かったのか、食ってかかるような態度を取る。
「っ、いえ、そんな事は」
ここで何か言い返すとまた彼は気分を悪くさせる。何も言わずに会話を流した方がいいだろう。
「ちっ、不満があるなら言えば?」
奏介は私の態度が気にさわったようだ。舌打ち混じりにこちらを見た。
「わかりました。何か作って持っていきます。何かリクエストはありますか?」
朔也は慌てて、私を庇うように話題を変えた。全ては自分の態度が招いたことだが、本当に申し訳ない。
「サンドイッチが食べたいな。あ、ホットサンドにしてね」
「わかりました」
奏介の少しだけ面倒な注文に、朔也は面倒な顔ひとつせずに返事をした。
「あ、鳴海さん。麗美さんだけど気を付けてね。何するかわからない子だから。僕には関係ないけど」
奏介は意地の悪い事を思い付いたかのような、嫌らしい笑みを浮かべる。
「え?」
「あの人。気が短いからよく色々な人と衝突するんだ。怪我をさせたとかよく聞くし。『不機嫌』な理由もあるしね。この島から出られるまで無傷でいられるといいね。あ、朔也それじゃお願いね」
奏介の止めの一言は私の心を折るようなものだった。麗美は今までどれだけ問題を起こしてきたのか考えるだけでも恐ろしい。
あのヒステリックさに、手まで出るのか。無傷で本当に帰れるのだろうか。何の前触れもなく突然叩かれたりしないだろうか?
「わかりました。教えてくださってありがとうございます」
不安になるのを感じながら『親切心』で教えてくれた奏介に苦々しい気持ちでお礼を言う。
「怪我をしないようにせいぜい気を付けてね」
「あの、大丈夫ですよ」
朔也は元気付けるように私の肩を叩いた。
「でも、」
「奏介さんはわざとああいう事を言うんです。麗美さんは実際気が短いですし、手が出るかもしれませんが、与一様の言うことは聞くので安心してください」
「そうですか」
本当にそうだろうか?だからといって不安が無くなるわけではないけれど。
「それに、何かあったときは僕を呼んでください」
「わかりました」
彼は守ってくれるのだろうか?それよりも、私の身代わりに怪我をしないか心配だ。
「あの、お疲れでしょう?」
「いえ、私は大丈夫です」
精神的に多少疲れているが、私以上に彼の方が心配だ。
「ねぇ、元気出してください。あっ、少し待ってくださいね」
そう言うなり朔也は私に冷蔵庫にあった。さっきのデザートに出た小さなチーズケーキを出す。
「これは?あの、洗い物が出てしまいます。それに、限られた食材しかないのに私が食べてしまっては」
「気にしないでください。余裕を持って用意していますから。それに、奏介さんに言われたので、今更洗い物が増えても別に」
確かにその通りかもしれない。けれど、これは誰のケーキなのだろうか?
「誰のケーキですか?」
「僕のです。あまりなんですけど。良かったら」
「ですが、悪いです」
「疲れた時は甘いものですよ」
それなら、疲れている彼に食べてもらいたいのだが、頬を弛ませて勧める姿に何も言えなくなる。
食べてほしそうな顔をされると断れない。
「ダイエットとか言わないで食べてください」
私は朔也の好意を素直に受けとる事にした。
「うっ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
朔也はなぜか楽しそうに反応を見ている。
お行儀が悪いが、立ちながらそれを口に含むと爽やかな酸味がした。
「っ、美味しい」
美味しいものを食べるとそれ以外の感想しか出ないから、自分の語彙力の無さに呆れてしまう。
「良かった。ケーキ好きですよね?」
「あっ、顔に出ていましたか?」
「ええ、とても幸せそうに食べるなと思って」
『本当に幸せそうに食べるのね』
朔也の言葉に母親が私にケーキを譲ってくれた記憶が甦る。母もケーキが好きだったのに。
改めて母親に大切にされていたんだな。私は……。思い出すと急に切なくなってくる。
それは、きっとこの懐かしい味がするケーキのせいかもしれない。
「私もケーキ好きですけど、亡くなった母も好きでした」
懐かしむように言ってから、私はいけない事をしたと思った。こんな暗い話を初対面の人にしてどうする。
「そうですか。お母さんの事、大好きなんですね」
「はい。とても大好きです」
気不味い思いをさせてしまったかなと不安になりながら朔也を見るが、そんな事はなかった。
この人は本当に優しいんだな。あの男の子のように。
私は一度だけ会った夕顔の男の子の事を思い出していた。きっと成長したら朔也くらいの年齢になっているだろう。
「奏介様の夜食を持っていきますね。それから、与一様のお部屋に行きます。しないといけない処置がありますので。そろそろ休んでください」
私がケーキを食べ終わると朔也は、部屋に帰るように促す。
与一の処置とは何だろう。傷の処置くらいなら手伝うことは出来そうだが。
「あの、私が代わりにできることでしたらしますよ」
「ありがとう。大丈夫ですから」
「でも、本当になにかあったら言ってくださいね」
「ええ。わかりました。おやすみなさい」
「おやすみなさい。弁護士の先生が来るときは晴れるかしら?」
ふと、天気が気になった。
嵐が来るというのに明日は本当に弁護士が来るのだろうか?
「どうでしょうね。嵐が通りすぎても海は荒れていますからね。それに、また新しい嵐が来ているみたいですし、明日は無理かも」
確かにその通りかもしれない。
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