夕顔は朝露に濡れて微笑む

毛蟹葵葉

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複雑な三人

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「あら、いらしてたの?」

 どこか緊迫した空気がさらに凍りつくような、冷たく嘲るような麗美の声がする。
 私も身体が強張るような気がした。何もしていないのに向けられる悪意は、あまり気分のいいものではない。

「麗美さん?」
 真人は悪口を話しているのを聞かれたような、気まずい口ぶりで、麗美の名前を呼んだ。
「あら、この女を味方にしようとしているのかしら?」
「何がでしょうか?」
 香織は怯えたように麗美の顔を見る。この様子を見ると少なからず。何か私に協力して欲しいと思っていたのかもしれない。
 下心があって彼女と真人だけは、親切に接してくれていたのなら仕方ないし、純粋に何か手助けになることがあるのならしたい。と私は思っていた。
「結婚を許されないから、この女にも説得を頼んでいるんでしょう?」
「ち、違います」
「まぁ、いいわ、どちらでも。真人さんはサイガフーズを牽引してもらわなくてはいけないんですもの。もっと、相応しい女性がいるはずですわ」
 麗美は勝ち誇ったような笑みを浮かべて真人を見る。それは、自分であると訴えかけるように。
 彼女は自信に満ち溢れ、確かに綺麗な女性だ。けれど、そこには傲慢さがあった。
「何が言いたい?」
 真人は冷たい視線を麗美に向ける。香織が傷つくのが許せないのだろう。
「あら、近くに居るのに気が付かないんですの?」
「あ、真人さん」
 香織が怯えたように真人の腕に抱きつき。彼は守るようにその腰に腕を絡める。
「麗美さん、いい加減にしてくれないか。香織に何かしたら許さない」
「うふふ。真人さんが私に頭を下げれば喜んで結婚しますよ。だってそうじゃない?私の父は社長ですから、ね?わかってらっしゃるでしょう?」
麗美は真人の制止など目に入らない様子で話続ける。
「それがどうしたんだ。君と結婚する相手が社長になるとでも言いたいのか?」
 真人は腹立たしさを隠す様子もなく麗美を睨み付ける。彼には社長の椅子など興味ないのだろう。
「父ならそうしてくれるでしょう。彼女なんかよりも私の方がずっと価値がありますよ。なぜ気が付かないんですか?」
「俺達は離れるつもりはない」
 麗美の甘く砂糖菓子のような誘う声を、真人は冷たく突っぱねた。
「うふふ。そんな強がりが言えるのは今だけですよ。恋なんて夢は早く捨ててください」
 麗美は残酷な言葉を二人に投げつける。まるで、何もかも二人が築き上げてきた関係は無駄だと言わんばかりに。

「君は俺に興味なんてないだろう?ところで、お祖父様に止められたカードは使えるようになったかい?あの、若い彼とはまだ続いてる?」

 真人は一方的に言われるのが嫌だったのだろう。今度は麗美に反撃をしかける。
「っ、何を言ってらっしゃるのですか?」
 麗美は言葉に詰まりながらしらを切り通す。
「俺と結婚したら好き勝手させてやるとお祖父様に言われたのか?」
 真人は麗美の弱味をわざとらしくつく。あの場では薄々わかっていたが、仲は悪いようだ。
「なんの事でしょう?私はサイガフーズの為に真人さんと結婚をする意思はありますから。それに、二人でこっそり会って貰っても私はかまいませんわよ」
 つまり、結婚はするが、愛人を作るのは勝手だと麗美は言う。
 しかし、それは彼女にも恋人が居ることを認めているようなものだ。
「もう、やめてください。外部の方にこんな話しないでください」
「あら、根も葉もない事を話しているのは真人さんですわよ?香織さんもそろそろ夢を見るのはやめて現実に戻ってください」
 麗美は二人に優雅な微笑みを見せた。
「私はこれで、あぁ、二人とも無駄だとは思いますが、精々頑張ってくださいね。なぜ二人の結婚をお祖父様がしているのか考えてみてください」
 嫌な一言を残して麗美はサンルームから出ていった。

「真人さん。わたし……」
 香織は真人の胸のなかに顔を埋めて啜り泣きを始めた。
「大丈夫。大丈夫だから」
 真人の安心させるような優しい声は彼女に届いているのだろうか。

「わたし、真人さんと別れたら生きていけない」
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