上 下
8 / 48

しおりを挟む
「気分が良くなってきた。朔也さんに声をかけた方がいいかな」
 しばらく横になり、身体が楽になると。心配そうに私を気遣う彼の姿が頭の中に浮かんできた。大丈夫だと声をかけた方がいいだろう。
 私のせいで時間を無駄にさせてしまった事も申し訳なかったし、謝りたい。
 別に屋敷の中を歩き回っていけないとは言われていなかったし。私はのそりと立ち上がり部屋から出た。
「どこにいるのかな?」
 廊下を歩きながら、窓を見るとびっしりと芝生の敷かれた広い庭があった。
 強い風に芝生が揺れているのが見える。
「綺麗な庭。あれ?朔也さんだ」
 そこにいたのは朔也で、なにか作業をしているようだ。
「何をしてるんだろう?」
 空を見ると嵐の前のように赤黒く色ずいている。雨が降る前に手伝えることがあるのなら、先程のお礼もかねて手伝いたい。

「あの」
 朔也は一生懸命に何かの作業に集中していた。私が声をかけるとようやく気が付いたように顔を上げた。
「鳴海様」
 声をかけられるとは思っていなかったのか、呆気に取られているような表情をしている。
「何をしているのですか?」
「嵐が来そうですし、朝顔に囲いをしております」
 そうか、確か道の駅の電工掲示版では嵐が来ると出ていた。
 だから、彼は急いで作業をしていたのか。
 見たところ彼以外に、花壇の朝顔に囲いをしている使用人は居ないようだ。
「そうなんですね。他の方は手伝わないのですか?」
「いえ、今ここにいる使用人は僕しかおりませんので」
 なぜ、彼だけしか使用人が居ないのだろう。
「え?」
「いつもならここの管理人がしてくれるのですが……」
 朔也はそれ以上は言いにくいように言いよどむ。私はそれでようやくなぜ一人なのか思い至る。
 私を隠したいからこの島で集まる事になったと朔也は話していた。だから彼一人に負担が来ているのかもしれない。
「すみません」
「何がです?」
 朔也は私の思わず出た謝罪に不思議そうに首を傾けた。
 ああ、そうか。彼は別に一人で作業する事を嫌だとか面倒だとか思っていないのか。
 反射的に謝ってしまったが、少しだけ卑屈になりすぎたのかもしれない。時折、何もかもが自分のせいだと思ってしまう事がある。
「これは、朝顔ですか?花が咲いていませんね」
 一方的に気不味さを打ち消すように、私は無理矢理話題を変える。
「そうです。朝顔は好きですか?」
 その嬉しそうな表情から朝顔が好きなのが分かる。もしかしたら、これを自分で植えたのかもしれない。
 私は朝顔も好きだが、夕顔の方が好きだ。花言葉はあまりいいものではないが、私にとっては初恋の花。
「好きです。でも、夕顔の方が好き。大切な思い出の花だから」
「そうですか。僕は、朝顔が大好きです」
 朔也も何かを思い出すように、大切そうに朝顔の葉を撫でる。
 だから、一生懸命に囲いを作っていたのか。
「そうなんですね」
 話すことがなくなってしまうと、お互い何を話したらいいのかわからなくなる。
 先程の態度を考えると、彼はいい人だと思う。悪意を向けて来る様子もないので島から出るまでは仲良くしたい。
 嫌われていいことなどないし。
 しかし、彼と親しくなるといけないような気がした。それはなぜかわからないけれど。
「あの、何か私に手伝える事は?」
「ありません。お客様にお手伝いなんてさせられません」
 朔也の言う通りだ。ここで手伝ったら、かえって恐縮させてしまうかもしれない。
 どこか申し訳なさそうにする彼を見て、胸が苦しくなる。仕事ではなければ気兼ねなく私に頼んだのかもしれない。
 本当に私は余計な事しかできないのか。と、自分を責めたくなる。
「確かにそうですよね。なんだか、すみません」
「気にしないでください。ふふふ」
 私は申し訳なくてうつ向くと、彼は可笑しそうに小さく笑い声をだす。
「鳴海様は、朝顔のようですね」
 均一の取れた顔に浮かぶ、微笑は夕顔のようにミステリアスだ。
 けれど、突然そんな事を彼に言われると、変なふうに受け取ってしまいそう。自覚があってやっているのだろうか?好きと言った花に私をたとえるなんて……。違うとわかっていても、恋愛経験のない私の心を掻き乱されるようだ。
「えっ?」
 心臓が早く脈打つを感じながら、どういう意味なのかと向こうの反応を伺う。
 何かをどこかで期待しているのかもしれない。
「ひたむきなところが特に。放っておけないというか」
 あ、そういうことね。
 その一言で朔也は深い意味などなく、そんな事を言ったのだろうと思った。
 彼からみたら私は妹や、不器用な後輩のような感じなのだろう。
 だけど、私のどこにひた向きさがあるのだろう?
「えっ?」
「あはは」
 戸惑う私を見て、朔也は楽しげに笑う。きっと、彼はからかったんだ。全てわかっていても顔が熱くなる。
「ふふふ、鳴海様はとても素直ですね」
 まだ、笑っている。だけど、バカにしている様子はなくて、親しみを感じて嫌な感じはあまりしなかった。
「さ、そろそろ夕食です。ダイニングに行きましょうか。案内いたしますので」
 私の背に手を回されると、ドキリとしてしまう。彼は距離が近い。忘れようとしてもさっきの事を思い出してしまう。
 私から彼に抱きついてしまったことを。
「あ、でも朝顔が」
「ほら、見てくださいこれで朝顔は大丈夫です。嵐も大丈夫でしょう」
 いつの間にか朝顔の囲いは出来上がっていた。
「さあ、行きましょうか」
「は、はい」
 私が朝顔に背を向けると、囲いが出来上がるのを待っていたかのように雨が降りだした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

RoomNunmber「000」

誠奈
ミステリー
ある日突然届いた一通のメール。 そこには、報酬を与える代わりに、ある人物を誘拐するよう書かれていて…… 丁度金に困っていた翔真は、訝しみつつも依頼を受け入れ、幼馴染の智樹を誘い、実行に移す……が、そこである事件に巻き込まれてしまう。 二人は密室となった部屋から出ることは出来るのだろうか? ※この作品は、以前別サイトにて公開していた物を、作者名及び、登場人物の名称等加筆修正を加えた上で公開しております。 ※BL要素かなり薄いですが、匂わせ程度にはありますのでご注意を。

ダブルネーム

しまおか
ミステリー
有名人となった藤子の弟が謎の死を遂げ、真相を探る内に事態が急変する! 四十五歳でうつ病により会社を退職した藤子は、五十歳で純文学の新人賞を獲得し白井真琴の筆名で芥山賞まで受賞し、人生が一気に変わる。容姿や珍しい経歴もあり、世間から注目を浴びテレビ出演した際、渡部亮と名乗る男の死についてコメント。それが後に別名義を使っていた弟の雄太と知らされ、騒動に巻き込まれる。さらに本人名義の土地建物を含めた多額の遺産は全て藤子にとの遺書も発見され、いくつもの謎を残して死んだ彼の過去を探り始めた。相続を巡り兄夫婦との確執が産まれる中、かつて雄太の同僚だったと名乗る同性愛者の女性が現れ、警察は事故と処理したが殺されたのではと言い出す。さらに刑事を紹介され裏で捜査すると告げられる。そうして真相を解明しようと動き出した藤子を待っていたのは、予想をはるかに超える事態だった。登場人物のそれぞれにおける人生や、藤子自身の過去を振り返りながら謎を解き明かす、どんでん返しありのミステリー&サスペンス&ヒューマンドラマ。

人体実験の被験者に課せられた難問

昆布海胆
ミステリー
とある研究所で開発されたウィルスの人体実験。 それの被験者に問題の成績が低い人間が選ばれることとなった。 俺は問題を解いていく…

復讐の旋律

北川 悠
ミステリー
 昨年、特別賞を頂きました【嗜食】は現在、非公開とさせていただいておりますが、改稿を加え、近いうち再搭載させていただきますので、よろしくお願いします。  復讐の旋律 あらすじ    田代香苗の目の前で、彼女の元恋人で無職のチンピラ、入谷健吾が無残に殺されるという事件が起きる。犯人からの通報によって田代は保護され、警察病院に入院した。  県警本部の北川警部が率いるチームが、その事件を担当するが、圧力がかかって捜査本部は解散。そんな時、川島という医師が、田代香苗の元同級生である三枝京子を連れて、面会にやってくる。  事件に進展がないまま、時が過ぎていくが、ある暴力団組長からホワイト興産という、謎の団体の噂を聞く。犯人は誰なのか? ホワイト興産とははたして何者なのか?  まあ、なんというか古典的な復讐ミステリーです…… よかったら読んでみてください。  

復讐代行業

ももがぶ
ミステリー
被害者の訴えを聞き取り、依頼者に成り代わり密やかに復讐代行を行う。

マクデブルクの半球

ナコイトオル
ミステリー
ある夜、電話がかかってきた。ただそれだけの、はずだった。 高校時代、自分と折り合いの付かなかった優等生からの唐突な電話。それが全てのはじまりだった。 電話をかけたのとほぼ同時刻、何者かに突き落とされ意識不明となった青年コウと、そんな彼と昔折り合いを付けることが出来なかった、容疑者となった女、ユキ。どうしてこうなったのかを調べていく内に、コウを突き落とした容疑者はどんどんと増えてきてしまう─── 「犯人を探そう。出来れば、彼が目を覚ますまでに」 自他共に認める在宅ストーカーを相棒に、誰かのために進む、犯人探し。

有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』

ぴえ
ミステリー
警察と相対する治安維持組織『ユースティティア』に所属する有栖。 彼女は謹慎中に先輩から猫探しの依頼を受ける。 そのことを表と裏社会に通じるカフェ&バーを経営する奉日本に相談するが、猫探しは想定外の展開に繋がって行く―― 表紙・キャラクター制作:studio‐lid様(twitter:@studio_lid)

仏眼探偵 ~樹海ホテル~

菱沼あゆ
ミステリー
  『推理できる助手、募集中。   仏眼探偵事務所』  あるとき芽生えた特殊な仏眼相により、手を握った相手が犯人かどうかわかるようになった晴比古。  だが、最近では推理は、助手、深鈴に丸投げしていた。  そんな晴比古の許に、樹海にあるホテルへの招待状が届く。 「これから起きる殺人事件を止めてみろ」という手紙とともに。  だが、死体はホテルに着く前に自分からやってくるし。  目撃者の女たちは、美貌の刑事、日下部志貴に会いたいばかりに、嘘をつきまくる。  果たして、晴比古は真実にたどり着けるのか――?

処理中です...