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庭
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「気分が良くなってきた。朔也さんに声をかけた方がいいかな」
しばらく横になり、身体が楽になると。心配そうに私を気遣う彼の姿が頭の中に浮かんできた。大丈夫だと声をかけた方がいいだろう。
私のせいで時間を無駄にさせてしまった事も申し訳なかったし、謝りたい。
別に屋敷の中を歩き回っていけないとは言われていなかったし。私はのそりと立ち上がり部屋から出た。
「どこにいるのかな?」
廊下を歩きながら、窓を見るとびっしりと芝生の敷かれた広い庭があった。
強い風に芝生が揺れているのが見える。
「綺麗な庭。あれ?朔也さんだ」
そこにいたのは朔也で、なにか作業をしているようだ。
「何をしてるんだろう?」
空を見ると嵐の前のように赤黒く色ずいている。雨が降る前に手伝えることがあるのなら、先程のお礼もかねて手伝いたい。
「あの」
朔也は一生懸命に何かの作業に集中していた。私が声をかけるとようやく気が付いたように顔を上げた。
「鳴海様」
声をかけられるとは思っていなかったのか、呆気に取られているような表情をしている。
「何をしているのですか?」
「嵐が来そうですし、朝顔に囲いをしております」
そうか、確か道の駅の電工掲示版では嵐が来ると出ていた。
だから、彼は急いで作業をしていたのか。
見たところ彼以外に、花壇の朝顔に囲いをしている使用人は居ないようだ。
「そうなんですね。他の方は手伝わないのですか?」
「いえ、今ここにいる使用人は僕しかおりませんので」
なぜ、彼だけしか使用人が居ないのだろう。
「え?」
「いつもならここの管理人がしてくれるのですが……」
朔也はそれ以上は言いにくいように言いよどむ。私はそれでようやくなぜ一人なのか思い至る。
私を隠したいからこの島で集まる事になったと朔也は話していた。だから彼一人に負担が来ているのかもしれない。
「すみません」
「何がです?」
朔也は私の思わず出た謝罪に不思議そうに首を傾けた。
ああ、そうか。彼は別に一人で作業する事を嫌だとか面倒だとか思っていないのか。
反射的に謝ってしまったが、少しだけ卑屈になりすぎたのかもしれない。時折、何もかもが自分のせいだと思ってしまう事がある。
「これは、朝顔ですか?花が咲いていませんね」
一方的に気不味さを打ち消すように、私は無理矢理話題を変える。
「そうです。朝顔は好きですか?」
その嬉しそうな表情から朝顔が好きなのが分かる。もしかしたら、これを自分で植えたのかもしれない。
私は朝顔も好きだが、夕顔の方が好きだ。花言葉はあまりいいものではないが、私にとっては初恋の花。
「好きです。でも、夕顔の方が好き。大切な思い出の花だから」
「そうですか。僕は、朝顔が大好きです」
朔也も何かを思い出すように、大切そうに朝顔の葉を撫でる。
だから、一生懸命に囲いを作っていたのか。
「そうなんですね」
話すことがなくなってしまうと、お互い何を話したらいいのかわからなくなる。
先程の態度を考えると、彼はいい人だと思う。悪意を向けて来る様子もないので島から出るまでは仲良くしたい。
嫌われていいことなどないし。
しかし、彼と親しくなるといけないような気がした。それはなぜかわからないけれど。
「あの、何か私に手伝える事は?」
「ありません。お客様にお手伝いなんてさせられません」
朔也の言う通りだ。ここで手伝ったら、かえって恐縮させてしまうかもしれない。
どこか申し訳なさそうにする彼を見て、胸が苦しくなる。仕事ではなければ気兼ねなく私に頼んだのかもしれない。
本当に私は余計な事しかできないのか。と、自分を責めたくなる。
「確かにそうですよね。なんだか、すみません」
「気にしないでください。ふふふ」
私は申し訳なくてうつ向くと、彼は可笑しそうに小さく笑い声をだす。
「鳴海様は、朝顔のようですね」
均一の取れた顔に浮かぶ、微笑は夕顔のようにミステリアスだ。
けれど、突然そんな事を彼に言われると、変なふうに受け取ってしまいそう。自覚があってやっているのだろうか?好きと言った花に私をたとえるなんて……。違うとわかっていても、恋愛経験のない私の心を掻き乱されるようだ。
「えっ?」
心臓が早く脈打つを感じながら、どういう意味なのかと向こうの反応を伺う。
何かをどこかで期待しているのかもしれない。
「ひたむきなところが特に。放っておけないというか」
あ、そういうことね。
その一言で朔也は深い意味などなく、そんな事を言ったのだろうと思った。
彼からみたら私は妹や、不器用な後輩のような感じなのだろう。
だけど、私のどこにひた向きさがあるのだろう?
「えっ?」
「あはは」
戸惑う私を見て、朔也は楽しげに笑う。きっと、彼はからかったんだ。全てわかっていても顔が熱くなる。
「ふふふ、鳴海様はとても素直ですね」
まだ、笑っている。だけど、バカにしている様子はなくて、親しみを感じて嫌な感じはあまりしなかった。
「さ、そろそろ夕食です。ダイニングに行きましょうか。案内いたしますので」
私の背に手を回されると、ドキリとしてしまう。彼は距離が近い。忘れようとしてもさっきの事を思い出してしまう。
私から彼に抱きついてしまったことを。
「あ、でも朝顔が」
「ほら、見てくださいこれで朝顔は大丈夫です。嵐も大丈夫でしょう」
いつの間にか朝顔の囲いは出来上がっていた。
「さあ、行きましょうか」
「は、はい」
私が朝顔に背を向けると、囲いが出来上がるのを待っていたかのように雨が降りだした。
しばらく横になり、身体が楽になると。心配そうに私を気遣う彼の姿が頭の中に浮かんできた。大丈夫だと声をかけた方がいいだろう。
私のせいで時間を無駄にさせてしまった事も申し訳なかったし、謝りたい。
別に屋敷の中を歩き回っていけないとは言われていなかったし。私はのそりと立ち上がり部屋から出た。
「どこにいるのかな?」
廊下を歩きながら、窓を見るとびっしりと芝生の敷かれた広い庭があった。
強い風に芝生が揺れているのが見える。
「綺麗な庭。あれ?朔也さんだ」
そこにいたのは朔也で、なにか作業をしているようだ。
「何をしてるんだろう?」
空を見ると嵐の前のように赤黒く色ずいている。雨が降る前に手伝えることがあるのなら、先程のお礼もかねて手伝いたい。
「あの」
朔也は一生懸命に何かの作業に集中していた。私が声をかけるとようやく気が付いたように顔を上げた。
「鳴海様」
声をかけられるとは思っていなかったのか、呆気に取られているような表情をしている。
「何をしているのですか?」
「嵐が来そうですし、朝顔に囲いをしております」
そうか、確か道の駅の電工掲示版では嵐が来ると出ていた。
だから、彼は急いで作業をしていたのか。
見たところ彼以外に、花壇の朝顔に囲いをしている使用人は居ないようだ。
「そうなんですね。他の方は手伝わないのですか?」
「いえ、今ここにいる使用人は僕しかおりませんので」
なぜ、彼だけしか使用人が居ないのだろう。
「え?」
「いつもならここの管理人がしてくれるのですが……」
朔也はそれ以上は言いにくいように言いよどむ。私はそれでようやくなぜ一人なのか思い至る。
私を隠したいからこの島で集まる事になったと朔也は話していた。だから彼一人に負担が来ているのかもしれない。
「すみません」
「何がです?」
朔也は私の思わず出た謝罪に不思議そうに首を傾けた。
ああ、そうか。彼は別に一人で作業する事を嫌だとか面倒だとか思っていないのか。
反射的に謝ってしまったが、少しだけ卑屈になりすぎたのかもしれない。時折、何もかもが自分のせいだと思ってしまう事がある。
「これは、朝顔ですか?花が咲いていませんね」
一方的に気不味さを打ち消すように、私は無理矢理話題を変える。
「そうです。朝顔は好きですか?」
その嬉しそうな表情から朝顔が好きなのが分かる。もしかしたら、これを自分で植えたのかもしれない。
私は朝顔も好きだが、夕顔の方が好きだ。花言葉はあまりいいものではないが、私にとっては初恋の花。
「好きです。でも、夕顔の方が好き。大切な思い出の花だから」
「そうですか。僕は、朝顔が大好きです」
朔也も何かを思い出すように、大切そうに朝顔の葉を撫でる。
だから、一生懸命に囲いを作っていたのか。
「そうなんですね」
話すことがなくなってしまうと、お互い何を話したらいいのかわからなくなる。
先程の態度を考えると、彼はいい人だと思う。悪意を向けて来る様子もないので島から出るまでは仲良くしたい。
嫌われていいことなどないし。
しかし、彼と親しくなるといけないような気がした。それはなぜかわからないけれど。
「あの、何か私に手伝える事は?」
「ありません。お客様にお手伝いなんてさせられません」
朔也の言う通りだ。ここで手伝ったら、かえって恐縮させてしまうかもしれない。
どこか申し訳なさそうにする彼を見て、胸が苦しくなる。仕事ではなければ気兼ねなく私に頼んだのかもしれない。
本当に私は余計な事しかできないのか。と、自分を責めたくなる。
「確かにそうですよね。なんだか、すみません」
「気にしないでください。ふふふ」
私は申し訳なくてうつ向くと、彼は可笑しそうに小さく笑い声をだす。
「鳴海様は、朝顔のようですね」
均一の取れた顔に浮かぶ、微笑は夕顔のようにミステリアスだ。
けれど、突然そんな事を彼に言われると、変なふうに受け取ってしまいそう。自覚があってやっているのだろうか?好きと言った花に私をたとえるなんて……。違うとわかっていても、恋愛経験のない私の心を掻き乱されるようだ。
「えっ?」
心臓が早く脈打つを感じながら、どういう意味なのかと向こうの反応を伺う。
何かをどこかで期待しているのかもしれない。
「ひたむきなところが特に。放っておけないというか」
あ、そういうことね。
その一言で朔也は深い意味などなく、そんな事を言ったのだろうと思った。
彼からみたら私は妹や、不器用な後輩のような感じなのだろう。
だけど、私のどこにひた向きさがあるのだろう?
「えっ?」
「あはは」
戸惑う私を見て、朔也は楽しげに笑う。きっと、彼はからかったんだ。全てわかっていても顔が熱くなる。
「ふふふ、鳴海様はとても素直ですね」
まだ、笑っている。だけど、バカにしている様子はなくて、親しみを感じて嫌な感じはあまりしなかった。
「さ、そろそろ夕食です。ダイニングに行きましょうか。案内いたしますので」
私の背に手を回されると、ドキリとしてしまう。彼は距離が近い。忘れようとしてもさっきの事を思い出してしまう。
私から彼に抱きついてしまったことを。
「あ、でも朝顔が」
「ほら、見てくださいこれで朝顔は大丈夫です。嵐も大丈夫でしょう」
いつの間にか朝顔の囲いは出来上がっていた。
「さあ、行きましょうか」
「は、はい」
私が朝顔に背を向けると、囲いが出来上がるのを待っていたかのように雨が降りだした。
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