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ヒロシマもナガサキも場所は知らん
第40話 ロボット現る
しおりを挟む『烏帽子岳』標高568メートルの山。
長崎県佐世保市にあるアメリカ海軍太平洋艦隊第7艦隊の軍事基地、
『米海軍佐世保基地』から約4キロメートル北東の地点にある。
海上自衛隊基地、米海軍基地を含め、佐世保湾の全貌から東シナ海までもを見下ろせる山である。
眼下には非常に入り組んだ小さな入江に小島、そういうものが無数にあるのが見て取れる。典型的なリアス式海岸、どこもかしこもジグソーパズル状の海岸線だ。
軍港があるのは、佐世保湾の奥の奥、いわゆる天然の良港のひとつ。
ちょいと南に下ればもうそこに内湾が入り込んでいる地形だと考えると、
この山も結構な急勾配で盛り上がった山体を形成しているのがわかる。
その山頂からたらたらと少し降りた場所にある「風と星の広場」
自然と親しみ、星を見て語らおうという趣旨で山頂付近に作られた広場がある。
初夏の青空の下、青少年センター職員、堀部則夫,(ほりべのりお:61歳)は軽トラックを停めると慣れた手付きで荷台から木材を下ろしていた。
無造作に切り出された木材をねこ車,(手押し一輪車)に乗せて運ぶ。
売店も何もないただの広場だが、駐車場と公衆トイレがあり、展望台の見晴らしがすばらしい。だが、平日の昼間にはあまり人が来るようなところではない。
烏帽子岳頂上付近は『アカハラダカ』という小さなタカの渡りを観察できる日本でも有数の場所なので『日本野鳥の会』長崎県支部による渡りの調査がある9月中ならほぼ毎日沢山の人が恐ろしく高価な望遠レンズを構えて、全長約30cmの可愛らしいタカ達が日本列島を飛び越えていくのを撮影しようと並んでいる。
(鳥を写真に撮る人達は、写真愛好家界隈では『鳥貴族』と呼ばれるほど高価なレンズを持っている)
それ以外はとにかく何もない。
自販機のあるところまででもクルマで5分もかかってしまう。
その上、ここまで来る道がどこも幅員が狭くヘアピンカーブが連続していて、運転に神経を使う場所だから……。
だだっ広い、無造作に山の木々を切り開いて作っただけの青柴が敷き詰まった広場は
緩やか……でもない傾斜がけっこうあるような無骨なつくりで
空気は旨いが人が居ないと何も楽しくないところでもあった。
多くの人にとってはそうだろう。
だが、誰も居ないだだっ広い傾斜地と空だけの空間にこだましているのは
周りの森から漏れ聞こえる小鳥のさえずりだけ。
何もない。
何もないが故の贅沢。
そこで働くものだけが時折享受できる占有時間がぽっこりとあった。
堀部は、ねこ車をひっくり返して転がし落とした木材を拾い上げ積み上げてゆく。
今週末、同じ烏帽子岳に建てられた青少年センター『長崎県立佐世保 青少年自然の家』で、小中学生の林間学校があり、その夜行われる予定の,(雨天の場合は中止)キャンプファイヤーの準備をする。
今年もそういうシーズンが来たのだ。
時代のせいか、こどもといえども夜空を見上げる機会はすっかり減っているそうだ。
雨が降らなければ、大勢の子供達がたのしい仲間たちと火を囲み、歌を歌い、一生の思い出となる夜を過ごすことだろう。
こどもたちよ、
君たちはそれが当たり前と思ってるかもしれないが、そんな大勢の仲間たちと仲良く歌って過ごす夜は、もう二度とやって来ないかも知れないんだ。
君らはすぐ大人になってしまうから。
いつも君らが憧れる娯楽は、じつは後からでもお金を出せばやり直しが効くものばかりだ。
どうか子供時代にしか味わえない掛け替えのない体験を持ち帰ってほしい。
その時間を大事に過ごして欲しい。
長崎の雨よ、林間学校の夜だけは降らないでやって欲しい。
防水シートを木を組み上げたやぐらに覆い被せれば準備が終わる。
やれやれと思ったのもつかの間、突如静寂が突き破られ、ギャーギャーという野鳥のけたたましい鳴き声に振り返ると堀部はぎょっとした。
基地とは反対側、山の北東側の斜面方向。
本来はもう空しか見えない空間から異様な物体がぬっと姿を現したのだ。
木の葉を散らしながら浮上してくるのは巨大なロボットの顔……上半身、続いて腹の部分でぶつ切りになった腰から下だ。
それは上半身と下半身が分離している不気味な姿で、ゴゴゴゴゴゴと唸りながら示し合わせたようにお互いの位置関係を保持しつつ高度を上げていく。
堀部は、在日アメリカ軍基地を襲ったロボットのニュースは見ていたが
世代的にアニメに興味もなく、ましてこのような異形の姿で現れてはそれが
件のロボットであるという答えには結びつかなかった。
むしろ、未知との遭遇。
宇宙人の侵略かなにか、本能的な恐怖感にその身を硬直させていた。
人の形をした巨大なものが眼の前にせり上がってくる光景というものは
人間の原始の感覚に超常的説得力をぶつけてくる。
うむを言わせぬ衝撃である。
昔はときおり宇宙から来たなぞの空飛ぶ円盤、UFO,(未確認飛行物体)ブームなるものが起こって、そういう頃にはよくUFOイベントでこの広場が使われることがあったりした。
街の喧騒から離れて、林間学校のこどもたちと一緒に、この広場から満点の夜空の星を見ながら宇宙に詳しい先生たちのお話を何度も聞く機会があった。
確かに漆黒の無限の宇宙からは、UFOがやってきそうな、そんな気がすることは一度や二度ではなかった。
たった600メートルもない標高でも、ずっと夜空が、星空が、宇宙が近く感じた。
いつか本当に宇宙人が訪ねてくるかもしれない。
このキャンプファイアーの篝火を頼りに訪れるかもしれない。
真っ黒な森を背景に炎に照らされた子供らの顔は夢と希望に満ちていた。
それは子どもたちだけの夢想とは限らない。
自分はこの仕事が好きだった。
この場所が好きだった。
少し夢も感じていた。
だがこんな夢から抜け出て来たようなものを目の当たりにするとは思わなかった。
あのとき楽しげに語る先生らの宇宙人談義が今、やおら現実となって眼の前に現れたのだ。
下手にそういう前知識があったものだから、その非現実的なロボットの出現に、やたらめたらリアリティがある。
『とうとうその時が来たのか!?』という本能的な覚悟が目を覚ます。
「おおおお……」
知らずに声が漏れていた。
畏怖の声。
圧倒的存在を前にした矮小なる者の声であった。
弱き者の声は利用価値のある時にしか誰かに届かない。
この声も例に漏れずロボットには届いていないだろう。
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