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13.研修1日目 夜3

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 香原が割れモノを触る様に、指の背中側で頬にそっと優しく触れる。茜は少しくすぐったい様な、もどかしい様な感覚になる。

「っ……。」

「昨日の事は、反省してる。怒ってた?」

 何だか急にいじらしくみえた。それがとても可愛らしく、少年の様な瞳だった。

「怒ってないです。…自分自身にびっくりでした。すんなり、会ったばかりの人を受け入れてる自分に驚いたんです…。」

「昔に一度会った事が、お互いの記憶に残ってたんだ。すごい事だと思わないか?俺がまだ6歳の頃、母と帰国した時に小学校に体験入学をした。その時、あの公園で初めて茜さんに出会った。なかなか小学校に馴染めず、公園で本を読んでたんだ。そしたら、茜さんが公園にやってきて、シロツメクサの冠を作り始めた。俺も草や花が大好きだったから一緒に作りたかったんだけど、男の子が花を好きだなんて、馬鹿にされるかと思って声を掛けられずウジウジしてた。そしたら茜さん、派手に転んでね。その場にうずくまってる姿を見た時、もう体が勝手に動いていたよ。痛くて震えている茜さんに、ぶっきらぼうにハンカチを渡したんだ。」

「ありがとうございました。その時の男の子の姿も、香りも鮮明に思い出せます。あの時の香りを再現したくて調香師になったんです。」

 真っ直ぐ香原を見つめる。彼は少し驚いた顔をした。茜に触れようとする手を名残惜しそうに戻し、また話はじめる。

「そっか。嬉しいよ。俺は、幼少期から香りに囲まれて育った。だから、小さい時から香水は、衣服の様に身につけていたんだ。あの時の香水は、祖父が調香した香水だよ。もう、亡くなってしまったから同じ配合では作れない。でも、君は違った。確実に近い調香で再現してくれたんだ。」

 そう話すと少し泣きそうな顔をしていた。   
 香原は、フランス人と日本人の間に生まれたハーフで、母方が調香に携る仕事をしていた。母親は、本格的な調香を学びにフランスに行き、父親と出会ったそうだ。そこに香原れおが生まれたが、両親の馬が合わず破局。その後もフランスに留まり、母は調香師として仕事に励んでいた。香原自身も父親を見返したく、調香師となった。日本で調香師は馴染みがなく、食品のフレーバーを調香するのがほとんどで、香原がやりたい仕事ではなかったそう。祖父は、自分のやりたい仕事と好きな女性のタイプは貫けと言っていたそう。そこで若くして会社を設立。持ち前の調香技術と品質の良さ、彼のコミュニケーション能力の高さで各国にある企業を傘下にいれ、事業拡大していった。

「なんだか、レベルが違いすぎて…。思考が追いつきません…。」

「そんな事ないよ。自分がやりたいことをやってきた、それだけ。結果が後からついてきてくれたんだ。」

「一つ大事な事を聞き忘れてましたが…香原さんっておいくつなんですか?」

「25歳だよ。茜さんは29歳だよね。これは…職権を利用して調べた。」

 少し申し訳なさそうに話すと、ソファから立ち上がった。

「コーヒー冷めちゃったね。淹れなおそうか?」

 茜は、香原の事をたくさん知りたい気持ちが湧いてくる。

「まだ、お話したい気持ちはあるのですが…もう、こんな時間ですし…。」

 時計は23時を指そうとしている。

「もう、こんな時間か。今日は怖い思いをしたね。夜道は危ないから、送ってくよ。歩きでもいいかな?」

「すみません。…ありがとうございます。」

 少しでも長くいたい気持ちと引き止めて欲しい気持ちが芽生え始める。

——今日は、キスもしていないし、昨日の私の姿幻滅したのかな…。

夜道に沈黙がながれる。そんな不安が茜の頭をよぎった。

「今度、俺とデートしよう。」

「わ、私でいいんですか…?」

「茜さんがいいんだ。その時は帰さない。……さぁ。着いたよ。ゆっくりおやすみ、そしてまた明日会社で会おう。」

「はい。デート楽しみにしてます…。」

「次の休暇の時、午前11時に迎えるに来る。おやすみ。」

香原の一言でその不安が薄らいだ。それ以上にデートの約束ができた事に嬉しくて顔がゆるむ。

「おやすみなさい!」

ホテルに帰り現実に引き戻され、立花とのやりとりを思い出した。

——立花くんにちゃんと言わなくちゃ。このままだと、同僚としての関係が崩れちゃう。
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