年下くんは三十路の私より経験が豊富でした。

オリゴ糖

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10.研修1日目 その2

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 あのルックスに、あの存在感と気品ある立ち振る舞い。昨日、自身で会社のスタッフと言っていたのを思い出した。間違いではないが、位が違いすぎる。立花君は、私の口を塞いでいた手を離し説明してくれた。

「ちなみに、あの人が身につけている香りは自分自身で調香した門外不出の一点物で、重役ですらレシピを知らないらしい。興味深いよな。」

——昨日会った時は、そんな香りの印象なかったけどな。

「何難しい顔してんだ。興味湧いたか?……って、茜。茜!」

——その香りが何なのか、知りたいなぁ。

目の前には、先程まで皆んなの視線を釘付けにしていた人が私の前に立っている。

「やぁ。長旅の疲れは取れたかな?こうやって会えるのは嬉しい限りだね。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるよ。」

クスッと笑う彼から、甘くて少しほろ苦い重厚感がありながら、まとまりのあるフレッシュな香りは嫌味がなく不思議な感覚になる。周囲の人はザワザワと何かを話している。

「はい。精一杯頑張ります。」

香原は、茜を見ながら目を細め目尻が下がる。
茜に向けられていた視線が、皆んなの所へ戻る。

「さぁ、時間は限られている。有効に使ってくれ。立花君、君の資料は見やすくキャッチーなものがあった。頑張ってくれ。…あと、同じ男としてアドバイスするなら、好意の押しつけ方にも方法がある。相手の視線の送り方を観察する事だね。距離感を大切にな。」

「はい。ありがとうございます。」

肩をポンっと叩かれて、直立不動になっている立花。日本語ではなかった為、茜に伝わらなかったが彼の表情は、どこか強張った様に見えた。

「立花君大丈夫…??」

「うん!大丈夫だよ。それじゃあ、仕事に取り掛かろうか。」

1日目は、施設内の見学をし、パリで活躍している調香師達と情報交換を行った。これから、販売直前の商品会議に参加する。
各部署の役職者、香原もいた。

小ぶりな銀色のキャップにボトルは、どこまでも透き通る様な青色。その青色を生かしたパッケージは、透明なケースになっている。男性向けのようなデザインだ。一度見たら忘れられないような綺麗な色。透き通ったイメージとは違い、渋みのあるレザーノート。特長的な香りのため、一度嗅いだら忘れられないようなイメージ。でも、その後にローズ系の甘い香りがする。渋くて甘い、40代がターゲットのような香水。
香原が口を開いた。

「この商品を手にした人は何が変わると思う?」

真剣な表情の香原に、開発担当者は緊張の面持ちで発言している。

「万人受けはしないかもしれません。仕事からプライベートに移行する時間の流れをイメージしました。誰にも翻弄されず、自由な緊張感の先に、少し苦みがとれてきた頃にプライベート時間へ。まとう人の印象が1日の中で変化します。」

少しの沈黙の後、

「うん。いいね。少し奇抜な商品になっているけど、売り込み先は、あえて限定しない方がいい。よし。これでいこう。」

香原の笑顔が見られ、場の張り詰めた空気が一気に丸くなった。

「では、この会議を持って市場投入へ進みたいと思います。社長、お時間ありがとうございました。」

「うん。ご苦労様。私はこれで失礼するよ。日本支部の皆さん少し良いかな?」

場所を移し、皆が真剣に話を聞いている。

「パリでテストマーケティングは、これからの開発に大いに役立つと思って提案したんだ。日本とパリでは風習、文化、流通、香りの感じ方も全て違う。その違いを楽しんで欲しい。あと、プレッシャーをかけるようだけど、日本支部を背負った商品開発だと思って欲しい。成功すれば日本だけじゃなくて世界にも通用するようになるからね。」

この人の話し方、立ち振る舞い、視線の配り方、表情全てが自信に溢れているせいで、嘘も真実に聞こえてしまう、恐ろしい男だ。

——だから、私は昨日の夜、魔法にかかったみたいになったのかな…。

社長直々に背中を押してもらえた為、私たちグループの士気は上がり、これから控えているテストマーケティングへの恐怖心は薄らいだ。

「さぁ、今日はこれで退社して構わないよ。君たちの丁寧な仕事ぶりなら、間に合わない事もないだろう。そうだ、皆んなに渡したいものがあったんだ。」

そういうと、社長は秘書から受け取った小さな紙袋を一人ひとりへ渡し、握手した。

「中身は部屋に帰ってから1人で開けてね。」

無邪気に微笑み満足げな香原。

「では、お疲れ様~。」

皆、袋の中身が気になって仕方がない。
本社初出勤だったせいもあり、皆一斉に帰宅した。
中身が気になって仕方がない、小学生がクリスマスプレゼントをもらった時の様な感覚に似ている。茜も早く開けたくて仕方がなかった。
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