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Episode2
消えた友達【後編】
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「こんにちは。白端ゆなさん、だよね?」
中庭の隅にあるベンチに座って一人、本を読んでいた黒髪ボブの女子生徒に、怜斗伊は声をかける。
「そうですけど……貴方は……」
「心霊探偵同好会の宇津木怜斗伊です。突然なんだけど、『黒宮藤華の依頼を引き受けないで下さい』って張り紙をしたのは白端さん、キミで合ってるかな?」
警戒心を露にするゆなを安心させようと、怜斗伊は中腰で彼女と目線を合わせ、柔らかな声音で優しく問いかける。すると、ゆなは一瞬、大きく目を見開いた後、警戒を少しだけ緩めて本を閉じた。
「あの噂、本当だったんですね」
「あ~……ジブンらのウワサ、いろいろと流れてるみたいだね」
「……あの、貴方の言う通り、張り紙をしたのは私です。誰も寄りつない旧校舎に……不思議な同好会があるなんて噂、正直のところ半信半疑でした。けれど、もし本当に存在しているなら、藤華が迷惑をかけると思い、念の為あの張り紙をしておきました」
「白端さんは……灰川ユイカさんが存在しない人間……架空の友達だから、あの張り紙をしたんだよね?」
「どうして、ユイカこと……」
「相棒から聞いたんだ。『一年E組の担任と養護教諭が深刻そうに話してた』って。ごめんね、プライベートなコト盗み聞きして」
「いえ……どうせ、一年生の間ではもう広まっている話ですし……話す手間が省けたので……気にしないでください……」
ゆなは何かに怯えるように、暗い声音で話す。彼女の表情が曇った理由を、なんとなく察した怜斗伊は困ったように頬を掻く。
「……別に周りの目なんて気にしなくても……いや、ごめん。周りが騒ぐから気になるんだよね」
「貴方は……気味悪いとか思わないんですか?」
「思わないよ。大人でもたまに、イマジナリーフレンドを作り出す人もいるみたいだしさ。それに、有名な学者さんも、イマジナリーフレンドとお話ししてるらしいよ」
「大人でも……?」
「うん。昔、イマジナリーフレンドについて調べた時に、そう書いてる記事を読んだコトがあるんだ」
怜斗伊の言葉に、ゆなは「そう、なんですね……」と、ショックを受けたような顔をする。しかし、すぐに首を振り、ぽつりと呟く。
「それでも、やっぱりいつまでも一緒にいる訳にはいかないんです。消して、前に進まないといけないから……」
「灰川ユイカさんを?」
「はい。藤華にも、話を聞きに行ったんですよね?」
「うん、さっき話してきたよ」
「互いの両親の仲違いが原因で、一時期、疎遠になっていた話は聞きましたか?」
「うん、その時に灰川さんが仲を取り持ってくれたんだよね?」
「……はい。私は母親から露骨に圧をかけられていて……だけど、二度と藤華と話せなくなるのは嫌だった。でも私には、母親に逆らう勇気も、藤華に本音を伝える素直さもない。だから灰川ユイカを作った。まさか、藤華にまで姿が見えて、仲良くなるとは思わなかったですけど……」
「灰川ユイカさんを作ったコト……後悔しているの?」
「……後悔してるに、決まってるじゃないですか。私がユイカを作ったから、藤華は彼女に囚われ続けてる。藤華はきっと、ユイカがイマジナリーフレンドであることすら分かっていない。だから今も、存在しない人間を探して……周りから変な目で見られている。藤華は……ユイカさえいれば、それでいいんでしょうね……。けれど、ユイカがいたら藤華は……ううん、私だって、いつまで経っても大人になれない。だから消すしかなかったんです」
ゆなは今にも泣きだしそうな顔を隠すように俯く。
「……ジブンにはさ、正直、何が正しいのか分からない。だけど、これだけは分かる。黒宮さんは白端さんのコトも、灰川さんと同じくらい大切に想ってるよ。あとさ、多分、灰川さんがイマジナリーフレンドってコトも、ちゃんと解ってる」
「そんなの、何を根拠に……貴方に一体何が……」
怜斗伊の言葉に、ゆなは苛立ち、顔を上げる。けれども、真剣でどこか優しさがある怜斗伊の瞳と目が合い、言葉を飲み込む。
「『わたしは……両親や周囲の人達にどう思われようと、また三人で一緒にいたいんです。ユイカちゃんの存在をなかった事にはできない。二人とも、大切な友達だから……宇津木さん、お願いします。わたしに力を貸してください』……黒宮さんはそう言っていたよ」
「藤華が……?」
「うん。それに、黒宮さんからの手紙の頭文字を順番に読んでいくと、『灰川ユイカと白端ゆな』になる。更に、最後は『大切な友達との時間を取り戻すために、どうか協力してください』って、言葉で締められている。だからジブンはこう考えた。『大切な友達……白端さんと灰川さんの三人でまた、一緒にいられる日々を取り戻したい。そのために、協力してほしい』それが、黒宮さんからのホントの依頼なんじゃないかなってね」
「……そんなこと言われても、ユイカは……」
ゆなはスカートを握りしめ、再び俯く。彼女の瞳は、今にも泣き出しそうな程、揺らいでいる。その事に気づいたのか、怜斗伊は空を見上げ、「とにかくさ」と優しく語り掛ける。
「黒宮さんが白端さんを大切に想ってるコトだけは間違いないって、胸を張って言える。それに、灰川さんは白端さんにとっても、大切な友達なんでしょ?」
「ユイカを……存在しない人間を、大切な友達だなんて……そんなの、変だと思われる……」
怜斗伊はその言葉に、今度はしゃがんでゆなの顔を覗き込み、じぃと彼女の瞳を見つめる。
「ジブンは“白端さん自身”が、灰川さんをどう思ってるのかが聞きたいな」
「そんなの、私だって……! 許されるなら、ユイカとずっと一緒にいたい。藤華と同じくらい大切な友達だから……」
全てを見透かしたような怜斗伊の瞳に苛立ち、ゆなは思わず本音をこぼし、その事に自分でも驚く。勢いで発した言葉は次第に小さくなるが、気持ちはもう隠せなくなっていた。
やっとゆなの本心が聞けて、うれしくなった怜斗伊はニコッと笑う。
「そうやって二人のコトを大切に想っているならさ。全部、自分一人で抱え込んで決めるんじゃなくて、黒宮さんと一度じっくり話し合ってみたら? きっと黒宮さんも、白端さんと話したいと思ってる。現に……」
怜斗伊は立ち上がり、「ほら」と言いながら、顔を渡り廊下の方に向ける。それにつられるように、ゆなはベンチから立ち上がり、そっちを見た。すると、そこには心配そうにゆなを見つめる、藤華の姿があった。
「ゆなちゃん!」
藤華はゆなの元へ真っすぐ駆け出したかと思えば、勢いよく彼女に抱きつく。
「藤華……どうして……」
「心霊探偵同好会の柊さんって人が、中庭まで案内してくれて……」
ゆなの戸惑う声に、藤華は体を離し、中庭に来た理由を話した。
藤華の言葉に、怜斗伊は目を見開き、渡り廊下とは反対方向に視線を向ける。するとそこには、また何も言わずにどこかへ行き、この場にいなかった悠が腕を組んで立っていた。
二人は目が合うと、怜斗伊は笑みをこぼし、悠はしかめっ面で顔を逸らす。
ゆなは突然、現れた藤華にただただ困惑し、地面を見つめる。そんなゆなを目の前に、藤華は微かに震える声で「あのね」と口を開く。彼女の声に、ゆなは肩を震わせるが、それでも藤華は言葉を続ける。
「柊さんに、『会ったばかりの他人の言葉には限界がある。だから最後はわたしが直接、想いを伝えるんだ』って言われて……お話、しにきた。わたしも、ゆなちゃんとお話したいと思ってたから、図書室で伝えたい事をノートに書いて整理してて……。まだ、完全にはまとまってないけど、明日じゃなくて今日、言おうって決めたの。わたしの想いを知ってほしいだけじゃなくて、ゆなちゃんの想いも知りたい。互いに想いを伝え合った上で……ユイカちゃんの事、二人で決めるんじゃダメかな……? こんなあやふやな状態でユイカちゃんとお別れするのも、ゆなちゃんとお話しできなくなるのも、わたしはイヤだよ……」
ゆっくりと語りかけるように、慎重に言葉を選びながら、藤華は自分の想いを紡いでいく。
ゆなは徐々に顔を上げ、藤華の瞳を真っすぐ見た。幼さは残っていても、確実に強さが宿る目に、自分の方が弱かったのだと、ゆなは思い知らされる。
ここで逃げたら……勇気を出した藤華を突き放したら、きっと一生後悔する。逃げてまた、傷つけるくらいなら、ぶつかってみるのもいいかもしれない。
そう考えたゆなは一度、瞼を閉じ、深呼吸してからゆっくりと目を開く。
「わかった。たくさん話そう、二人が納得するまで。もう、自分一人で決めない。逃げないって約束する。藤華からも、ユイカからも」
「ゆなちゃん……ありがとう」
涙を浮かべる藤華の目元を、ゆなは少し困ったように指で拭う。それが少し恥ずかしかったのか、藤華は「へへっ……」と照れ笑いを浮かべる。
ゆなと藤華がベンチに座り話し始めると、怜斗伊はそっと二人から離れ、悠の元へ駆け寄る。
「ありがとな、柊。黒宮さんをここに連れてきてくれて」
「俺はただ、白端ゆなの居場所を教えただけだ。黒宮藤華は自分の意思でここに来た。だからテメェに礼を言われる筋合いはない」
「じゃあ、黒宮さんに声を掛けてくれてありがとうってコトにしとく」
「……好きにしろ」
怜斗伊がニコニコ笑うほど、悠の眉間のシワは深くなる。
二人はいつものように軽口を叩き合いながら、心霊探偵同好会の部室へ帰っていった。
二週間後の放課後。心霊探偵同好会の教室前。
ゆなは自分が張り付けた紙を丁寧に外すと、藤華と一度、顔を見合わせてから扉をノックする。
返事はなかったが、二人同時に「失礼します」と言い、藤華が扉を開いた。
教室の真ん中にボロボロのソファーが一つ、ポツンと置かれているだけで、他には何もなく、全体的に埃っぽい。
「……やっぱり、誰もいないね」
そう言いながら藤華は、依頼の手紙と缶ジュースをカバンに仕舞う。
ゆなは無言で頷き、そっと手を合わせる。藤華もそれに倣い、手を合わせた。
五年前、遠駆学園の敷地内で、柊悠と宇津木怜斗伊は不慮の事故で亡くなった。そして死後、彼らは生前に所属していた『心霊探偵同好会』の活動を続けている。
放課後、教室の中をなるべく見ないようにしながら、依頼内容を書いた手紙を開いた状態で、特定の缶ジュースと一緒に置いておく。そうすれば、どんな謎も解き明かしてくれる。その噂を信じて藤華は依頼の手紙と缶ジュースを教室内に置き、ゆなは半信半疑だったものの張り紙をした。今日はそれらの回収とお礼を言いに、二人は教室を訪れた。
「……宇津木さん、柊さん、依頼を引き受けてくださり、ありがとうございました」
「藤華が迷惑をかけないように張り紙をしたのに結局、私までご迷惑をおかけしてすみませんでした。……張り紙をするんじゃなくて、手紙とジュースを回収すべきだった。けれど、それをしなかったのは……私の中にも、誰かに背中を押してほしいっていう気持ちがあったからだと思います。だから……本当にありがとうございました」
藤華とゆなは一歩分だけ教室の中に入ると、順番にお礼の言葉を口にした。
「ゆなちゃんとたくさん話し合って……ユイカちゃんとまた三人で、一緒にいられるようになりました。けれども、ユイカちゃんと他の人は関わらせない。そう決めました。わたしは……ユイカちゃんを“いない者”にしたくなくて、周りにも理解を求めてしまっていた。でも、それはやめにします。無理に理解を求めるより、ゆなちゃんとユイカちゃんとわたしの三人だけの方が、ユイカちゃんは存在し続けられるって。わたし達さえ、ユイカちゃんが見えていれば、ユイカちゃんは消えないってゆなちゃんが教えてくれたから……。もう何も不安はないです」
怜斗伊と悠に、現状を報告し終えた藤華の顔は晴れ晴れとしていて、隣にいるゆなも穏やかな笑みを浮かべている。
二人は教室を出ると、深くお辞儀をしてからそっと、扉を閉めた。
「この学園には幽霊相手でも礼儀正しい子が多いなぁ」
藤華とゆなが去った後、怜斗伊は事の結末に安堵し、ニコニコしてる。それを横目で見ていた悠は呆れ顔で、「宇津木とは大違いだな」と悪態をつく。
「んだとコラ。柊よりはマシだっての」
「フン……言ってろ」
「ハハハ……にしても、帰ってきて良かったな、灰川さん」
「そうだな」
「お、今日はやけに素直だな」
「神隠しなんて有り得ないものと比べれば、悪くない結末だと思っただけだ」
「結局、微妙に素直じゃないのかよ」
ちょっとした口喧嘩もコミュニケーションの一つで、二人にとっては些細な日常だ。ムスッとして、笑って、またムッとして……最後は笑って終わるので、喧嘩は長引かない。
夕日が差し込む教室の中を、怜斗伊と悠はぼぅと眺めている。無言の時間も悪くない。気まぐれに口を開いて、新しい依頼がくればお節介を焼きつつ、喧嘩しながら謎を解き、時には背中を押す。
依頼人達の、笑顔を見るために。
【消えた友達 END】
中庭の隅にあるベンチに座って一人、本を読んでいた黒髪ボブの女子生徒に、怜斗伊は声をかける。
「そうですけど……貴方は……」
「心霊探偵同好会の宇津木怜斗伊です。突然なんだけど、『黒宮藤華の依頼を引き受けないで下さい』って張り紙をしたのは白端さん、キミで合ってるかな?」
警戒心を露にするゆなを安心させようと、怜斗伊は中腰で彼女と目線を合わせ、柔らかな声音で優しく問いかける。すると、ゆなは一瞬、大きく目を見開いた後、警戒を少しだけ緩めて本を閉じた。
「あの噂、本当だったんですね」
「あ~……ジブンらのウワサ、いろいろと流れてるみたいだね」
「……あの、貴方の言う通り、張り紙をしたのは私です。誰も寄りつない旧校舎に……不思議な同好会があるなんて噂、正直のところ半信半疑でした。けれど、もし本当に存在しているなら、藤華が迷惑をかけると思い、念の為あの張り紙をしておきました」
「白端さんは……灰川ユイカさんが存在しない人間……架空の友達だから、あの張り紙をしたんだよね?」
「どうして、ユイカこと……」
「相棒から聞いたんだ。『一年E組の担任と養護教諭が深刻そうに話してた』って。ごめんね、プライベートなコト盗み聞きして」
「いえ……どうせ、一年生の間ではもう広まっている話ですし……話す手間が省けたので……気にしないでください……」
ゆなは何かに怯えるように、暗い声音で話す。彼女の表情が曇った理由を、なんとなく察した怜斗伊は困ったように頬を掻く。
「……別に周りの目なんて気にしなくても……いや、ごめん。周りが騒ぐから気になるんだよね」
「貴方は……気味悪いとか思わないんですか?」
「思わないよ。大人でもたまに、イマジナリーフレンドを作り出す人もいるみたいだしさ。それに、有名な学者さんも、イマジナリーフレンドとお話ししてるらしいよ」
「大人でも……?」
「うん。昔、イマジナリーフレンドについて調べた時に、そう書いてる記事を読んだコトがあるんだ」
怜斗伊の言葉に、ゆなは「そう、なんですね……」と、ショックを受けたような顔をする。しかし、すぐに首を振り、ぽつりと呟く。
「それでも、やっぱりいつまでも一緒にいる訳にはいかないんです。消して、前に進まないといけないから……」
「灰川ユイカさんを?」
「はい。藤華にも、話を聞きに行ったんですよね?」
「うん、さっき話してきたよ」
「互いの両親の仲違いが原因で、一時期、疎遠になっていた話は聞きましたか?」
「うん、その時に灰川さんが仲を取り持ってくれたんだよね?」
「……はい。私は母親から露骨に圧をかけられていて……だけど、二度と藤華と話せなくなるのは嫌だった。でも私には、母親に逆らう勇気も、藤華に本音を伝える素直さもない。だから灰川ユイカを作った。まさか、藤華にまで姿が見えて、仲良くなるとは思わなかったですけど……」
「灰川ユイカさんを作ったコト……後悔しているの?」
「……後悔してるに、決まってるじゃないですか。私がユイカを作ったから、藤華は彼女に囚われ続けてる。藤華はきっと、ユイカがイマジナリーフレンドであることすら分かっていない。だから今も、存在しない人間を探して……周りから変な目で見られている。藤華は……ユイカさえいれば、それでいいんでしょうね……。けれど、ユイカがいたら藤華は……ううん、私だって、いつまで経っても大人になれない。だから消すしかなかったんです」
ゆなは今にも泣きだしそうな顔を隠すように俯く。
「……ジブンにはさ、正直、何が正しいのか分からない。だけど、これだけは分かる。黒宮さんは白端さんのコトも、灰川さんと同じくらい大切に想ってるよ。あとさ、多分、灰川さんがイマジナリーフレンドってコトも、ちゃんと解ってる」
「そんなの、何を根拠に……貴方に一体何が……」
怜斗伊の言葉に、ゆなは苛立ち、顔を上げる。けれども、真剣でどこか優しさがある怜斗伊の瞳と目が合い、言葉を飲み込む。
「『わたしは……両親や周囲の人達にどう思われようと、また三人で一緒にいたいんです。ユイカちゃんの存在をなかった事にはできない。二人とも、大切な友達だから……宇津木さん、お願いします。わたしに力を貸してください』……黒宮さんはそう言っていたよ」
「藤華が……?」
「うん。それに、黒宮さんからの手紙の頭文字を順番に読んでいくと、『灰川ユイカと白端ゆな』になる。更に、最後は『大切な友達との時間を取り戻すために、どうか協力してください』って、言葉で締められている。だからジブンはこう考えた。『大切な友達……白端さんと灰川さんの三人でまた、一緒にいられる日々を取り戻したい。そのために、協力してほしい』それが、黒宮さんからのホントの依頼なんじゃないかなってね」
「……そんなこと言われても、ユイカは……」
ゆなはスカートを握りしめ、再び俯く。彼女の瞳は、今にも泣き出しそうな程、揺らいでいる。その事に気づいたのか、怜斗伊は空を見上げ、「とにかくさ」と優しく語り掛ける。
「黒宮さんが白端さんを大切に想ってるコトだけは間違いないって、胸を張って言える。それに、灰川さんは白端さんにとっても、大切な友達なんでしょ?」
「ユイカを……存在しない人間を、大切な友達だなんて……そんなの、変だと思われる……」
怜斗伊はその言葉に、今度はしゃがんでゆなの顔を覗き込み、じぃと彼女の瞳を見つめる。
「ジブンは“白端さん自身”が、灰川さんをどう思ってるのかが聞きたいな」
「そんなの、私だって……! 許されるなら、ユイカとずっと一緒にいたい。藤華と同じくらい大切な友達だから……」
全てを見透かしたような怜斗伊の瞳に苛立ち、ゆなは思わず本音をこぼし、その事に自分でも驚く。勢いで発した言葉は次第に小さくなるが、気持ちはもう隠せなくなっていた。
やっとゆなの本心が聞けて、うれしくなった怜斗伊はニコッと笑う。
「そうやって二人のコトを大切に想っているならさ。全部、自分一人で抱え込んで決めるんじゃなくて、黒宮さんと一度じっくり話し合ってみたら? きっと黒宮さんも、白端さんと話したいと思ってる。現に……」
怜斗伊は立ち上がり、「ほら」と言いながら、顔を渡り廊下の方に向ける。それにつられるように、ゆなはベンチから立ち上がり、そっちを見た。すると、そこには心配そうにゆなを見つめる、藤華の姿があった。
「ゆなちゃん!」
藤華はゆなの元へ真っすぐ駆け出したかと思えば、勢いよく彼女に抱きつく。
「藤華……どうして……」
「心霊探偵同好会の柊さんって人が、中庭まで案内してくれて……」
ゆなの戸惑う声に、藤華は体を離し、中庭に来た理由を話した。
藤華の言葉に、怜斗伊は目を見開き、渡り廊下とは反対方向に視線を向ける。するとそこには、また何も言わずにどこかへ行き、この場にいなかった悠が腕を組んで立っていた。
二人は目が合うと、怜斗伊は笑みをこぼし、悠はしかめっ面で顔を逸らす。
ゆなは突然、現れた藤華にただただ困惑し、地面を見つめる。そんなゆなを目の前に、藤華は微かに震える声で「あのね」と口を開く。彼女の声に、ゆなは肩を震わせるが、それでも藤華は言葉を続ける。
「柊さんに、『会ったばかりの他人の言葉には限界がある。だから最後はわたしが直接、想いを伝えるんだ』って言われて……お話、しにきた。わたしも、ゆなちゃんとお話したいと思ってたから、図書室で伝えたい事をノートに書いて整理してて……。まだ、完全にはまとまってないけど、明日じゃなくて今日、言おうって決めたの。わたしの想いを知ってほしいだけじゃなくて、ゆなちゃんの想いも知りたい。互いに想いを伝え合った上で……ユイカちゃんの事、二人で決めるんじゃダメかな……? こんなあやふやな状態でユイカちゃんとお別れするのも、ゆなちゃんとお話しできなくなるのも、わたしはイヤだよ……」
ゆっくりと語りかけるように、慎重に言葉を選びながら、藤華は自分の想いを紡いでいく。
ゆなは徐々に顔を上げ、藤華の瞳を真っすぐ見た。幼さは残っていても、確実に強さが宿る目に、自分の方が弱かったのだと、ゆなは思い知らされる。
ここで逃げたら……勇気を出した藤華を突き放したら、きっと一生後悔する。逃げてまた、傷つけるくらいなら、ぶつかってみるのもいいかもしれない。
そう考えたゆなは一度、瞼を閉じ、深呼吸してからゆっくりと目を開く。
「わかった。たくさん話そう、二人が納得するまで。もう、自分一人で決めない。逃げないって約束する。藤華からも、ユイカからも」
「ゆなちゃん……ありがとう」
涙を浮かべる藤華の目元を、ゆなは少し困ったように指で拭う。それが少し恥ずかしかったのか、藤華は「へへっ……」と照れ笑いを浮かべる。
ゆなと藤華がベンチに座り話し始めると、怜斗伊はそっと二人から離れ、悠の元へ駆け寄る。
「ありがとな、柊。黒宮さんをここに連れてきてくれて」
「俺はただ、白端ゆなの居場所を教えただけだ。黒宮藤華は自分の意思でここに来た。だからテメェに礼を言われる筋合いはない」
「じゃあ、黒宮さんに声を掛けてくれてありがとうってコトにしとく」
「……好きにしろ」
怜斗伊がニコニコ笑うほど、悠の眉間のシワは深くなる。
二人はいつものように軽口を叩き合いながら、心霊探偵同好会の部室へ帰っていった。
二週間後の放課後。心霊探偵同好会の教室前。
ゆなは自分が張り付けた紙を丁寧に外すと、藤華と一度、顔を見合わせてから扉をノックする。
返事はなかったが、二人同時に「失礼します」と言い、藤華が扉を開いた。
教室の真ん中にボロボロのソファーが一つ、ポツンと置かれているだけで、他には何もなく、全体的に埃っぽい。
「……やっぱり、誰もいないね」
そう言いながら藤華は、依頼の手紙と缶ジュースをカバンに仕舞う。
ゆなは無言で頷き、そっと手を合わせる。藤華もそれに倣い、手を合わせた。
五年前、遠駆学園の敷地内で、柊悠と宇津木怜斗伊は不慮の事故で亡くなった。そして死後、彼らは生前に所属していた『心霊探偵同好会』の活動を続けている。
放課後、教室の中をなるべく見ないようにしながら、依頼内容を書いた手紙を開いた状態で、特定の缶ジュースと一緒に置いておく。そうすれば、どんな謎も解き明かしてくれる。その噂を信じて藤華は依頼の手紙と缶ジュースを教室内に置き、ゆなは半信半疑だったものの張り紙をした。今日はそれらの回収とお礼を言いに、二人は教室を訪れた。
「……宇津木さん、柊さん、依頼を引き受けてくださり、ありがとうございました」
「藤華が迷惑をかけないように張り紙をしたのに結局、私までご迷惑をおかけしてすみませんでした。……張り紙をするんじゃなくて、手紙とジュースを回収すべきだった。けれど、それをしなかったのは……私の中にも、誰かに背中を押してほしいっていう気持ちがあったからだと思います。だから……本当にありがとうございました」
藤華とゆなは一歩分だけ教室の中に入ると、順番にお礼の言葉を口にした。
「ゆなちゃんとたくさん話し合って……ユイカちゃんとまた三人で、一緒にいられるようになりました。けれども、ユイカちゃんと他の人は関わらせない。そう決めました。わたしは……ユイカちゃんを“いない者”にしたくなくて、周りにも理解を求めてしまっていた。でも、それはやめにします。無理に理解を求めるより、ゆなちゃんとユイカちゃんとわたしの三人だけの方が、ユイカちゃんは存在し続けられるって。わたし達さえ、ユイカちゃんが見えていれば、ユイカちゃんは消えないってゆなちゃんが教えてくれたから……。もう何も不安はないです」
怜斗伊と悠に、現状を報告し終えた藤華の顔は晴れ晴れとしていて、隣にいるゆなも穏やかな笑みを浮かべている。
二人は教室を出ると、深くお辞儀をしてからそっと、扉を閉めた。
「この学園には幽霊相手でも礼儀正しい子が多いなぁ」
藤華とゆなが去った後、怜斗伊は事の結末に安堵し、ニコニコしてる。それを横目で見ていた悠は呆れ顔で、「宇津木とは大違いだな」と悪態をつく。
「んだとコラ。柊よりはマシだっての」
「フン……言ってろ」
「ハハハ……にしても、帰ってきて良かったな、灰川さん」
「そうだな」
「お、今日はやけに素直だな」
「神隠しなんて有り得ないものと比べれば、悪くない結末だと思っただけだ」
「結局、微妙に素直じゃないのかよ」
ちょっとした口喧嘩もコミュニケーションの一つで、二人にとっては些細な日常だ。ムスッとして、笑って、またムッとして……最後は笑って終わるので、喧嘩は長引かない。
夕日が差し込む教室の中を、怜斗伊と悠はぼぅと眺めている。無言の時間も悪くない。気まぐれに口を開いて、新しい依頼がくればお節介を焼きつつ、喧嘩しながら謎を解き、時には背中を押す。
依頼人達の、笑顔を見るために。
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