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第8話 雨のにおいとあなたのにおい
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ラウンジのテーブルを確保して、衣真くんは顔を上げて待っている。僕を見つけてよ、って思うのに、衣真くんはきょろきょろしてばかりで、視線が僕を通り過ぎても気づかない。
やっぱり、僕は衣真くんの特別じゃなかったんだ。衣真くんなら、どんな格好をしていても僕をぴたりと見つけてくれる、そう思い込んでいた。ばかだった。
一生好きでいさせてよ、いられるよ、なんて思ったのが嘘みたいに、腹の底にモヤモヤが渦巻いて溜まってゆく。
「衣真くん」
声をかけると衣真くんはびっくりしたように顔を上げて、目を丸くした。
「髪を染めたの!」
「そう」
「すごく似合ってる! 伊藤くんはなんでも似合うね。とってもおしゃれだね」
目を輝かせて褒めてくれる、その眩しさに僕は子どもっぽくイライラしてしまう。
誰にでも優しくするから勘違いしたじゃん。衣真くんは光だと思った、でも内山さんは僕が見る以上の光を見てるんでしょう?
「ありがとう」
目を合わせられずに、元気な声を出せずに、椅子に座る。
「ねえ」
「なに? 調子悪い?」
「ううん。内山さんと付き合ってるの?」
先人が「かわいさ余って憎さ百倍」とはよく言ったもので、僕は衣真くんに優しくしたくなかったし、友人として親密に振る舞うのさえ億劫だった。だから単刀直入に訊いた。衣真くんのために言葉を選ぶのも面倒で。
衣真くんは目を丸くして、少し身体を引いた。それで「そう」なんだと分かった。
「……うん。お付き合いしてる。なんで知ってるの?」
「相合傘を遠くから見かけて」
僕の口からはできるだけ省エネな言葉しか出てこなくて、自分がこんな振る舞いをしていることに失望しながらもどうしようもなかった。
「そっか……。サークルの人には言わないでくれる?」
「なんで?」
「気を遣わせると悪いから」
「そっか」
衣真くんもだんだん言葉少なになって、僕たちの会話はもう取り返しのつかないほどヒビが入って今にも砕けてしまいそうだった。
やっぱり、僕は衣真くんの特別じゃなかったんだ。衣真くんなら、どんな格好をしていても僕をぴたりと見つけてくれる、そう思い込んでいた。ばかだった。
一生好きでいさせてよ、いられるよ、なんて思ったのが嘘みたいに、腹の底にモヤモヤが渦巻いて溜まってゆく。
「衣真くん」
声をかけると衣真くんはびっくりしたように顔を上げて、目を丸くした。
「髪を染めたの!」
「そう」
「すごく似合ってる! 伊藤くんはなんでも似合うね。とってもおしゃれだね」
目を輝かせて褒めてくれる、その眩しさに僕は子どもっぽくイライラしてしまう。
誰にでも優しくするから勘違いしたじゃん。衣真くんは光だと思った、でも内山さんは僕が見る以上の光を見てるんでしょう?
「ありがとう」
目を合わせられずに、元気な声を出せずに、椅子に座る。
「ねえ」
「なに? 調子悪い?」
「ううん。内山さんと付き合ってるの?」
先人が「かわいさ余って憎さ百倍」とはよく言ったもので、僕は衣真くんに優しくしたくなかったし、友人として親密に振る舞うのさえ億劫だった。だから単刀直入に訊いた。衣真くんのために言葉を選ぶのも面倒で。
衣真くんは目を丸くして、少し身体を引いた。それで「そう」なんだと分かった。
「……うん。お付き合いしてる。なんで知ってるの?」
「相合傘を遠くから見かけて」
僕の口からはできるだけ省エネな言葉しか出てこなくて、自分がこんな振る舞いをしていることに失望しながらもどうしようもなかった。
「そっか……。サークルの人には言わないでくれる?」
「なんで?」
「気を遣わせると悪いから」
「そっか」
衣真くんもだんだん言葉少なになって、僕たちの会話はもう取り返しのつかないほどヒビが入って今にも砕けてしまいそうだった。
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