振り向いてよ、僕のきら星

街田あんぐる

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第5話 「いま」と「さき」/「さき」と「いま」

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 あくまで今日は「衣真くんを元気付ける会」なので僕が二人分の会計をした。衣真くんは恐縮するけれど、僕の方こそ衣真くんの失恋にかこつけて僕の恋を進展させようとしているんだから、僕は内心大層恐縮している。

 駅へ向かう。今日は初めて「荻窪おぎくぼ」という駅で降りた。商店街をゆるゆると並んで歩く。5月半ばで、夜の気温が半袖にちょうどいいくらい。ぴかっとした月が出ている。
 今ここで、世界に魔法がかかって、衣真くんが僕の恋人になったらいいのになあ。「言っちゃえば?」なんて、太りかけの月が僕を横目で見てそそのかしてくる。
 今、触れ合いそうで触れ合わない衣真くんの手を握れたら、どんな感じだろう。やわらかくてあたたかい感触をぼんやりと想像した。胸がきゅんとして、僕はほんとに衣真くんが好きなんだよって言いたくなる。叫びたくなる。

 じゃあ衣真くんは、僕が好きなの。

 こう考えると、叫び出したいほど盛り上がった気持ちがさあっと引いていく。

 ——じゃあ早暉は、なんでおれと付き合ったの。

 高校の頃、3ヶ月だけ僕は友人と恋人同士だった。「好き」の気持ちはなかったけれど、告白されて、いずれは彼を好きになれるものだと思ったから彼の恋人になった。
 それが「なんで」の答えだよ。

 ——早暉がおれを好きになれないなら、もうやめよう。

 彼とキスをした。彼がそれ以上僕の身体に触れることを望んだとき、僕は「できない」と言うしかなかった。できなかった。僕の彼への気持ちはそこまで積み上がっていなかった。

 僕が焦って頼み込んで衣真くんとお付き合いできたとして、衣真くんをこのときの僕の立場に置きたくないんだ。「どうして伊藤くんを好きになれないんだろう」って、「好きにならなくちゃ」なんて、衣真くんに思わせたくないんだよ。

 ああ、人間の気持ちがもっと簡単だったらいいのに。

 僕がたじたじしていないでこの瞬間に手を伸ばせたらいいのに。「僕とデートしませんか」って言えばいいのに。「月が綺麗ですね」なんて、言えちゃったらいいのになあ。
 衣真くんはきっと、「漱石はばかだよ」とでも言うんだからなあ。ストレートに言わなきゃ、だめだろうな。

「ねえ。また、一緒にごはん食べに行こ」

 これだけ言うのが精一杯だった。

「うん。何が食べたい?」
「うーん、カレーとか」
「いいね! 荻窪も下北沢もカレーで有名だよ。何系のカレーがいいの?」

 とんとんと次の予定が決まりそうだ。衣真くん、僕のことを結構優先順位の高い友達と思ってくれてるんだろうか? もしかして、衣真くんが「ご案内」したい新しい友達の筆頭に僕がいるんじゃないだろうか?
 来週の半ばにまた会えることになった。サークルと読書会とごはんで3回も衣真くんに会える週。なんてラッキーなんだろう。来週すぐに予定を入れてくれるなんて、やっぱり衣真くんは僕のことを……?

 ——いいコンビになりそうだなぁ。

 店主に言われて最初は呆れていたけれど、次第にその言葉は甘いかたちを取り始めた。「先」という名前を持つ僕が「今」の名前を持つ綺麗な男の子に出会ったのは、「衣真くんを捕まえて未来へさらっていっちゃえよ」ってことなんじゃないかな。なんて、甘くてとろけそうな、都合のいい妄想。
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