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第3話 こころの深いひと
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百均のアクセサリーコーナーにどぎまぎしながら、できるだけ地味なヘアピンを買った。4月から伸ばしている髪が、いい加減うざったくてたまらない。
美容師のお兄さんには「髪を耳にかけないでよ。癖がつくから」と口を酸っぱくして言われている。
「ヘアピンで留めたらいいよ。最近は『ヘアピン男子』とか言うでしょ」
快活な若い美容師さんは、あっさり難易度の高いことを言う。「ヘアピン男子」なんて聞いたこともなかったけれど、曖昧にうなずいておいた。
そして僕はうっかりしたことに、どこでヘアピンを買えるのかを聞き忘れた。ショッピングビルのキラキラしたアクセサリーコーナーが頭に浮かんで尻込みする。キラキラしていなくてもいいのだ。黒で、目立たなくて、しっかり留まればそれでいい。誰か女の人に聞こう。
まず頭に浮かんだのは姉と母だけど、僕の家族はあまり仲がよくない。いや、仲がいい/悪いに分類されるような感じじゃなくて、疎遠なのだ。家族一人ひとりとの距離が、すごく遠い。ヘアピンの話だけで連絡するにはちょっと難しい関係だ。
僕の学部には女子学生があまり多くなくて、仲のいい女性の友人はいない。うーん、と考え込んで数日が経った。
書評の会の集まりで、僕は同期の関根さんのヘアピンに気づいた。関根さんは黒髪を一本の三つ編みにまとめて肩に流している。その耳の上あたりに、大きなパールのヘアピンを留めていた。
まだ開始時刻までには時間がある。関根さんとすごく親しいわけではないけど、聞くなら今だと思った。
「関根さん、そのヘアピンきれいですね」
「……ん? ありがとうございます」
関根さんの微妙な沈黙で、気づいた。周囲の人たちには、僕が関根さんに気があるように見えている……!
顔がぼっと熱くなる。そんな、衣真くんもいるっていうのに……。
「あ、いや、僕もヘアピン欲しいんですけど、そんなおしゃれなのじゃなくて、黒で、しっかり留まればなんでもよくて、髪が、伸ばしてるんですけど、邪魔で」
「……ああ、なるほど」
僕は焦って文になってない切れ切れのセリフを並べて、関根さんはいつものクールな顔を崩さずに「なるほど」とだけ言った。
「だから、どこで買えばいいんでしょうか? すみません、聞ける人がいなくて……」
「ああ、百均でいいんじゃないですか? ねえ、濱田さん」
関根さんは、四年生の黒髪ボブの先輩に話を振った。新歓のとき、僕にサークルの説明をしてくれた人だ。
「そうね。百均の方がむしろシンプルなものが見つかると思いますよ」
「なるほど。ありがとうございます」
衣真くんは真面目な顔で、僕たち3人の会話をふんふんと聞いている。さっき衣真くんのことが一瞬頭をよぎった気がしたけど、なんだったか思い出せなくて考えるのをやめにした。大したことじゃなかったんだろう。
というわけで話は冒頭に戻り、僕は細いピンの詰め合わせ(パッケージには「アメピン」と書いてある)と、大きめのぱっちんピンを手に入れた。
美容師のお兄さんには「髪を耳にかけないでよ。癖がつくから」と口を酸っぱくして言われている。
「ヘアピンで留めたらいいよ。最近は『ヘアピン男子』とか言うでしょ」
快活な若い美容師さんは、あっさり難易度の高いことを言う。「ヘアピン男子」なんて聞いたこともなかったけれど、曖昧にうなずいておいた。
そして僕はうっかりしたことに、どこでヘアピンを買えるのかを聞き忘れた。ショッピングビルのキラキラしたアクセサリーコーナーが頭に浮かんで尻込みする。キラキラしていなくてもいいのだ。黒で、目立たなくて、しっかり留まればそれでいい。誰か女の人に聞こう。
まず頭に浮かんだのは姉と母だけど、僕の家族はあまり仲がよくない。いや、仲がいい/悪いに分類されるような感じじゃなくて、疎遠なのだ。家族一人ひとりとの距離が、すごく遠い。ヘアピンの話だけで連絡するにはちょっと難しい関係だ。
僕の学部には女子学生があまり多くなくて、仲のいい女性の友人はいない。うーん、と考え込んで数日が経った。
書評の会の集まりで、僕は同期の関根さんのヘアピンに気づいた。関根さんは黒髪を一本の三つ編みにまとめて肩に流している。その耳の上あたりに、大きなパールのヘアピンを留めていた。
まだ開始時刻までには時間がある。関根さんとすごく親しいわけではないけど、聞くなら今だと思った。
「関根さん、そのヘアピンきれいですね」
「……ん? ありがとうございます」
関根さんの微妙な沈黙で、気づいた。周囲の人たちには、僕が関根さんに気があるように見えている……!
顔がぼっと熱くなる。そんな、衣真くんもいるっていうのに……。
「あ、いや、僕もヘアピン欲しいんですけど、そんなおしゃれなのじゃなくて、黒で、しっかり留まればなんでもよくて、髪が、伸ばしてるんですけど、邪魔で」
「……ああ、なるほど」
僕は焦って文になってない切れ切れのセリフを並べて、関根さんはいつものクールな顔を崩さずに「なるほど」とだけ言った。
「だから、どこで買えばいいんでしょうか? すみません、聞ける人がいなくて……」
「ああ、百均でいいんじゃないですか? ねえ、濱田さん」
関根さんは、四年生の黒髪ボブの先輩に話を振った。新歓のとき、僕にサークルの説明をしてくれた人だ。
「そうね。百均の方がむしろシンプルなものが見つかると思いますよ」
「なるほど。ありがとうございます」
衣真くんは真面目な顔で、僕たち3人の会話をふんふんと聞いている。さっき衣真くんのことが一瞬頭をよぎった気がしたけど、なんだったか思い出せなくて考えるのをやめにした。大したことじゃなかったんだろう。
というわけで話は冒頭に戻り、僕は細いピンの詰め合わせ(パッケージには「アメピン」と書いてある)と、大きめのぱっちんピンを手に入れた。
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