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第二部 「優しいお正月」作戦編
31. 結婚式で浅井と
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結婚式ラッシュとはこのことだろう。
柘植野が白いネクタイを締めるのは、下半期で3回目だ。
今回は、大学の短期留学プログラムの同期で、2学年上にあたる先輩の結婚式だ。
柘植野が1年生のとき、12人でイギリスに1ヶ月滞在し、現地の大学で学ぶプログラムに参加した。
そのプログラムがかなりハードで、同期で励まし合って乗り切ったのだ。
だから、たった1ヶ月の付き合いだったが、同期とは非常に仲がいい。年に一度は同窓会が開かれるくらいだ。
今日は神前式ということで、柘植野は披露宴から参加する。
コートをクロークに預けて、ペアリングが左手にはまっているのを確認した。身だしなみは問題ない。
それから柘植野は、ぐるりと待合室を見渡した。
あの男は、招待されているのだろうか……?
姿勢のいい、ハリのある身体つきの男が目に入った。柘植野はサッと物陰に隠れた。
元セフレで柴田にちょっかいを出してきた、浅井だった。
柘植野と浅井は、留学プログラムで出会った。そして、なんだかんだでセフレになってしまったのだった。
浅井は、よく鍛えられた身体にあつらえたようなスーツを着て、きっちりと髪を固めている。
柘植野は、「あいつ、あんなきちんとした格好をするんだな」と失礼な感想を持った。
同期たちは柘植野と浅井のズブズブの関係を知らない。むしろ、仲のいい2人だと思われている。
だから、柘植野の席は浅井と同じテーブルだった。
「柘植野。しばらくぶりだな」
「ああ、久しぶりだね」
浅井が「しばらくぶり」と言ったのは、2人で会っているとほのめかすために決まっている。
柘植野は「久しぶり」と返して、わずかな抵抗を試みた。
「柘植野、その指輪は? 婚約? 結婚?」
浅井は、柘植野をからかうように、質問を重ねる。
「そうそう! 気になってた!」
「おめでたい話?」
同席の2人が楽しげに反応し、柘植野は肩身が狭くなった。
「いや、ただのペアリングで……。こういう場では、左手につけてるんですけど……」
「そっかー。でもいい人がいるんだね!」
「柘植野くん、変わったよね。髪も切ったし、明るくなった」
「分かる! 柘植野くん、笑顔が増えたね!」
「恋人さんのおかげ?」
「そうかも……。いや、そうなんです」
柘植野は照れてうつむいた。でも心の中では、まっすぐで明るい恋人が誇らしかった。
「おれ、柘植野の恋人と知り合いなんですよ」
浅井が口を挟む。柘植野は歯噛みした。柴田に手を出そうとして嫌われてるくせに、よくも「知り合い」なんて言えるな、と。
「えー! そうなの? どんな方?」
「素直で笑顔の明るい、いい奴ですよ。な、柘植野」
「そうだね。その通り」
「ステキ! だから柘植野くんも笑顔が増えたんだね」
「はい。恋人のおかげです」
柘植野はふたたび柴田の存在を誇らしく思って、はっきりと答えた。
「でも、ペアリングを交換してるって、結構将来を考えてる感じ?」
「いや……。まだ、将来は漠然としてるんですけど」
柘植野は少し悲しくなった。
いくら自分が声をかけても、柴田が実家から離れる将来を描くヒントにはならない。
先日、中道にそう断言されたのを思い出した。
「まあ、まだ大学1年生だもんな。誰かと付き合うのも初めてなんだろ?」
「えー! 大学1年生!?」
「柘植野くんは年下にモテるイメージがあったけど……。思い切ったね」
柘植野が浅井に「勝手に言うなよ」と文句を言う前に、先輩2人が反応した。
「えっと……。そうなんです。だから向こうは将来を考える地点に立ってないっていうか……」
話しながら、柘植野は自分の言葉で切ない気持ちになった。
そうだ。優さんは、まだ「2人の将来」に目が向くような歳じゃないんだ。
僕ばっかり、先走ってる。
「浅井はどうなの。僕はもう十分話したよ」
柘植野は浅井に話を振った。もう、柴田に関する悩みごとに意識を向けたくなかった。
「おれはまあ……。決めきれない感じっすね。モテるんで」
「それを自分で言うところが、浅井くんっぽいわ~」
「何人泣かせてるのよ。刺されないようにね?」
会話は浅井から先輩2人の近況に移り、柘植野はほっとした。
披露宴はつつがなく進み、新郎新婦の馴れ初めのビデオが流された。
2人は3年生のときに、柘植野たちと同じ留学プログラムで出会った。
イギリスの写真が流れて、柘植野のテーブルは、留学を懐かしむほんわかとした空気になった。
新郎新婦は大学3年生からずっと交際を続け、ついに今日夫婦になるのです、とビデオは締めくくられた。
柘植野は感動した。大学3年生から今日までと言ったら、10年間の交際ということになる。
10年間、愛情を失わずにお付き合いすることができる。その事実に、柘植野は励まされた。
同じように、柴田と交際を続ければいいのだ。柘植野の目に、希望が見えてきた。
柴田自身にしか実家の呪いを解くことができないのなら、たとえ10年かかろうとも、そばにい続ければいいんだ。
浅井は、斜に構えた目つきでビデオを眺めていた。
だが、この男がこんな表情をするのはいつものことだ。柘植野は気にも留めずに、忘れてしまった。
柘植野が白いネクタイを締めるのは、下半期で3回目だ。
今回は、大学の短期留学プログラムの同期で、2学年上にあたる先輩の結婚式だ。
柘植野が1年生のとき、12人でイギリスに1ヶ月滞在し、現地の大学で学ぶプログラムに参加した。
そのプログラムがかなりハードで、同期で励まし合って乗り切ったのだ。
だから、たった1ヶ月の付き合いだったが、同期とは非常に仲がいい。年に一度は同窓会が開かれるくらいだ。
今日は神前式ということで、柘植野は披露宴から参加する。
コートをクロークに預けて、ペアリングが左手にはまっているのを確認した。身だしなみは問題ない。
それから柘植野は、ぐるりと待合室を見渡した。
あの男は、招待されているのだろうか……?
姿勢のいい、ハリのある身体つきの男が目に入った。柘植野はサッと物陰に隠れた。
元セフレで柴田にちょっかいを出してきた、浅井だった。
柘植野と浅井は、留学プログラムで出会った。そして、なんだかんだでセフレになってしまったのだった。
浅井は、よく鍛えられた身体にあつらえたようなスーツを着て、きっちりと髪を固めている。
柘植野は、「あいつ、あんなきちんとした格好をするんだな」と失礼な感想を持った。
同期たちは柘植野と浅井のズブズブの関係を知らない。むしろ、仲のいい2人だと思われている。
だから、柘植野の席は浅井と同じテーブルだった。
「柘植野。しばらくぶりだな」
「ああ、久しぶりだね」
浅井が「しばらくぶり」と言ったのは、2人で会っているとほのめかすために決まっている。
柘植野は「久しぶり」と返して、わずかな抵抗を試みた。
「柘植野、その指輪は? 婚約? 結婚?」
浅井は、柘植野をからかうように、質問を重ねる。
「そうそう! 気になってた!」
「おめでたい話?」
同席の2人が楽しげに反応し、柘植野は肩身が狭くなった。
「いや、ただのペアリングで……。こういう場では、左手につけてるんですけど……」
「そっかー。でもいい人がいるんだね!」
「柘植野くん、変わったよね。髪も切ったし、明るくなった」
「分かる! 柘植野くん、笑顔が増えたね!」
「恋人さんのおかげ?」
「そうかも……。いや、そうなんです」
柘植野は照れてうつむいた。でも心の中では、まっすぐで明るい恋人が誇らしかった。
「おれ、柘植野の恋人と知り合いなんですよ」
浅井が口を挟む。柘植野は歯噛みした。柴田に手を出そうとして嫌われてるくせに、よくも「知り合い」なんて言えるな、と。
「えー! そうなの? どんな方?」
「素直で笑顔の明るい、いい奴ですよ。な、柘植野」
「そうだね。その通り」
「ステキ! だから柘植野くんも笑顔が増えたんだね」
「はい。恋人のおかげです」
柘植野はふたたび柴田の存在を誇らしく思って、はっきりと答えた。
「でも、ペアリングを交換してるって、結構将来を考えてる感じ?」
「いや……。まだ、将来は漠然としてるんですけど」
柘植野は少し悲しくなった。
いくら自分が声をかけても、柴田が実家から離れる将来を描くヒントにはならない。
先日、中道にそう断言されたのを思い出した。
「まあ、まだ大学1年生だもんな。誰かと付き合うのも初めてなんだろ?」
「えー! 大学1年生!?」
「柘植野くんは年下にモテるイメージがあったけど……。思い切ったね」
柘植野が浅井に「勝手に言うなよ」と文句を言う前に、先輩2人が反応した。
「えっと……。そうなんです。だから向こうは将来を考える地点に立ってないっていうか……」
話しながら、柘植野は自分の言葉で切ない気持ちになった。
そうだ。優さんは、まだ「2人の将来」に目が向くような歳じゃないんだ。
僕ばっかり、先走ってる。
「浅井はどうなの。僕はもう十分話したよ」
柘植野は浅井に話を振った。もう、柴田に関する悩みごとに意識を向けたくなかった。
「おれはまあ……。決めきれない感じっすね。モテるんで」
「それを自分で言うところが、浅井くんっぽいわ~」
「何人泣かせてるのよ。刺されないようにね?」
会話は浅井から先輩2人の近況に移り、柘植野はほっとした。
披露宴はつつがなく進み、新郎新婦の馴れ初めのビデオが流された。
2人は3年生のときに、柘植野たちと同じ留学プログラムで出会った。
イギリスの写真が流れて、柘植野のテーブルは、留学を懐かしむほんわかとした空気になった。
新郎新婦は大学3年生からずっと交際を続け、ついに今日夫婦になるのです、とビデオは締めくくられた。
柘植野は感動した。大学3年生から今日までと言ったら、10年間の交際ということになる。
10年間、愛情を失わずにお付き合いすることができる。その事実に、柘植野は励まされた。
同じように、柴田と交際を続ければいいのだ。柘植野の目に、希望が見えてきた。
柴田自身にしか実家の呪いを解くことができないのなら、たとえ10年かかろうとも、そばにい続ければいいんだ。
浅井は、斜に構えた目つきでビデオを眺めていた。
だが、この男がこんな表情をするのはいつものことだ。柘植野は気にも留めずに、忘れてしまった。
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