上 下
96 / 104
第二部 「優しいお正月」作戦編

31. 結婚式で浅井と

しおりを挟む
 結婚式ラッシュとはこのことだろう。
 柘植野が白いネクタイを締めるのは、下半期で3回目だ。
 今回は、大学の短期留学プログラムの同期で、2学年上にあたる先輩の結婚式だ。

 柘植野が1年生のとき、12人でイギリスに1ヶ月滞在し、現地の大学で学ぶプログラムに参加した。
 そのプログラムがかなりハードで、同期で励まし合って乗り切ったのだ。
 だから、たった1ヶ月の付き合いだったが、同期とは非常に仲がいい。年に一度は同窓会が開かれるくらいだ。

 今日は神前式ということで、柘植野は披露宴から参加する。
 コートをクロークに預けて、ペアリングが左手にはまっているのを確認した。身だしなみは問題ない。
 それから柘植野は、ぐるりと待合室を見渡した。

 あの男は、招待されているのだろうか……?

 姿勢のいい、ハリのある身体つきの男が目に入った。柘植野はサッと物陰に隠れた。
 元セフレで柴田にちょっかいを出してきた、浅井だった。
 柘植野と浅井は、留学プログラムで出会った。そして、なんだかんだでセフレになってしまったのだった。

 浅井は、よくきたえられた身体にあつらえたようなスーツを着て、きっちりと髪を固めている。
 柘植野は、「あいつ、あんなきちんとした格好をするんだな」と失礼な感想を持った。

 同期たちは柘植野と浅井のズブズブの関係を知らない。むしろ、仲のいい2人だと思われている。
 だから、柘植野の席は浅井と同じテーブルだった。

「柘植野。しばらくぶりだな」
「ああ、久しぶりだね」

 浅井が「しばらくぶり」と言ったのは、2人で会っているとほのめかすために決まっている。
 柘植野は「久しぶり」と返して、わずかな抵抗を試みた。

「柘植野、その指輪は? 婚約? 結婚?」

 浅井は、柘植野をからかうように、質問を重ねる。

「そうそう! 気になってた!」
「おめでたい話?」

 同席の2人が楽しげに反応し、柘植野は肩身が狭くなった。

「いや、ただのペアリングで……。こういう場では、左手につけてるんですけど……」
「そっかー。でもいい人がいるんだね!」
「柘植野くん、変わったよね。髪も切ったし、明るくなった」
「分かる! 柘植野くん、笑顔が増えたね!」
「恋人さんのおかげ?」
「そうかも……。いや、そうなんです」

 柘植野は照れてうつむいた。でも心の中では、まっすぐで明るい恋人が誇らしかった。

「おれ、柘植野の恋人と知り合いなんですよ」

 浅井が口を挟む。柘植野は歯噛みした。柴田に手を出そうとして嫌われてるくせに、よくも「知り合い」なんて言えるな、と。

「えー! そうなの? どんな方?」
「素直で笑顔の明るい、いい奴ですよ。な、柘植野」
「そうだね。その通り」
「ステキ! だから柘植野くんも笑顔が増えたんだね」
「はい。恋人のおかげです」

 柘植野はふたたび柴田の存在を誇らしく思って、はっきりと答えた。

「でも、ペアリングを交換してるって、結構将来を考えてる感じ?」
「いや……。まだ、将来は漠然としてるんですけど」

 柘植野は少し悲しくなった。
 いくら自分が声をかけても、柴田が実家から離れる将来を描くヒントにはならない。
 先日、中道なかみちにそう断言されたのを思い出した。

「まあ、まだ大学1年生だもんな。誰かと付き合うのも初めてなんだろ?」
「えー! 大学1年生!?」
「柘植野くんは年下にモテるイメージがあったけど……。思い切ったね」

 柘植野が浅井に「勝手に言うなよ」と文句を言う前に、先輩2人が反応した。

「えっと……。そうなんです。だから向こうは将来を考える地点に立ってないっていうか……」

 話しながら、柘植野は自分の言葉で切ない気持ちになった。

 そうだ。優さんは、まだ「2人の将来」に目が向くようなとしじゃないんだ。
 僕ばっかり、先走ってる。

「浅井はどうなの。僕はもう十分話したよ」

 柘植野は浅井に話を振った。もう、柴田に関する悩みごとに意識を向けたくなかった。

「おれはまあ……。決めきれない感じっすね。モテるんで」
「それを自分で言うところが、浅井くんっぽいわ~」
「何人泣かせてるのよ。刺されないようにね?」

 会話は浅井から先輩2人の近況に移り、柘植野はほっとした。

 披露宴はつつがなく進み、新郎新婦の馴れ初めのビデオが流された。
 2人は3年生のときに、柘植野たちと同じ留学プログラムで出会った。
 イギリスの写真が流れて、柘植野のテーブルは、留学を懐かしむほんわかとした空気になった。

 新郎新婦は大学3年生からずっと交際を続け、ついに今日夫婦になるのです、とビデオは締めくくられた。

 柘植野は感動した。大学3年生から今日までと言ったら、10年間の交際ということになる。
 10年間、愛情を失わずにお付き合いすることができる。その事実に、柘植野は励まされた。
 同じように、柴田と交際を続ければいいのだ。柘植野の目に、希望が見えてきた。

 柴田自身にしか実家の呪いを解くことができないのなら、たとえ10年かかろうとも、そばにい続ければいいんだ。

 浅井は、斜に構えた目つきでビデオを眺めていた。
 だが、この男がこんな表情をするのはいつものことだ。柘植野は気にも留めずに、忘れてしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

身代わりオメガの純情

夕夏
BL
 宿無しの少年エレインは、靴磨きで生計を立てている。彼はある日、死んでしまったレドフォード伯爵家の次男アルフレッドに成り代わり嫁ぐことを伯爵家の執事トーマスに提案され、困惑する。しかし知り合いの死を機に、「アルフレッド」に成り代わることを承諾する。 バース性がわからないまま、オメガのふりをしてバーレント伯爵エドワードと婚約したエレイン。オメガであることを偽装するために、媚薬を飲み、香水を使うも、エドワードにはあっさりと看破されてしまう。はじめは自分に興味を示さないかと思われていたエドワードから思いもよらない贈り物を渡され、エレインは喜ぶと同時に自分がアルフレッドに成り代わっていることを恥じる。エレインは良心の呵責と幸せの板挟みにあいながら、夜会や春祭りでエドワードと心を通わせていく。

貧乏Ωの憧れの人

ゆあ
BL
妊娠・出産に特化したΩの男性である大学1年の幸太には耐えられないほどの発情期が周期的に訪れる。そんな彼を救ってくれたのは生物的にも社会的にも恵まれたαである拓也だった。定期的に体の関係をもつようになった2人だが、なんと幸太は妊娠してしまう。中絶するには番の同意書と10万円が必要だが、貧乏学生であり、拓也の番になる気がない彼にはどちらの選択もハードルが高すぎて……。すれ違い拗らせオメガバースBL。 エブリスタにて紹介して頂いた時に書いて貰ったもの

好きになれない

木原あざみ
BL
大学生×社会人。ゆっくりと進む恋の話です。 ** 好きなのに、その「好き」を認めてくれない。 それなのに、突き放してもくれない。 初めて本気で欲しいと願ったのは、年上で大人で優しくてずるい、ひどい人だった。 自堕落な大学生活を過ごしていた日和智咲は、ゼミの先輩に押し切られ、学生ボランティアとしての活動を始めることになる。 最初は面倒でしかなかった日和だったが、そこで出逢った年上の人に惹かれていく。 けれど、意を決して告げた「好き」は、受け取ってもらえなくて……。というような話です。全編攻め視点三人称です。苦手な方はご留意ください。 はじめての本気の恋に必死になるこどもと、素直に受け入れられないずるいおとなのゆっくりと進む恋の話。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

ロマンチック・メタモルフォーゼ

七角
BL
BL大賞投票お待ちしてます♡↑全7章完結保証♡ 夕夜は、コマンドが効きにくく、いまいち気持ちよくなれない破れ鍋サブ。 それでも綴じ蓋な運命のパートナーがいると信じている。 真王は、プレイも支配も求めず、強いグレアを持ちながら他のグレアに弱いドム。 こんなに愛してるのに、愛されてる気がしないと言われがち。 普通じゃない二人が望むのは、普通の恋愛。 障壁に阻まれても、相手に相応しくなれるように「変わりたい」と行動する。 そしてついに、ロマンチックなふたりならではのプレイに辿り着く。 普通の恋愛が、二人にとっては特別になる。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

処理中です...