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第二部 「優しいお正月」作戦編
27. 悪い考え
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「ねえ、中道とサシでファミレスに来たこと、なかった気がする。嬉しいな」
柘植野は、旧友とファミレスというシチュエーションにテンションが上がって、ニコニコとしゃべる。
中道は、ほんの少し照れた顔をした。
それでも、素直に「ぼくも嬉しいよ」と口にできない性格は、変わっていない。
柘植野はポットパイとパンを注文した。
外食するとき、柘植野はつい「これは優さんに作ってもらえるだろうか」と考える。
作ってもらえそうならリクエストするので、作るのが難しそうなポットパイを選んだ。
中道はハンバーグとステーキのコンビを注文した。
この男は、どういう基準でメニューを決めたのだろう、と柘植野は思った。
このファミレスにいる全員が、それぞれの理由でメニューを決めている。そしてそれぞれの「おいしい」がある。
柘植野は、やっぱり人間の「食べる」営みは美しいと思った。
「柘植野? 相談っていうのは?」
中道に呼ばれて、柘植野はハッと意識を中道との会話に戻した。
「実家について、聞いてもいいかな。中道の実家は、厳しい家だと聞いてる」
「うーん……。内容次第だな。ぼくは実家とはほぼ絶縁してる。それくらいの関係だから、話したくないこともある」
中道は、少し表情を硬くした。
「もちろん、それで構わない。ありがとう」
「いやいや。それで、ぼくの実家と、柘植野の悩みはどうつながるのかな」
「僕の恋人の実家も厳しい家で、しかも、『長男だから家を引き継がないといけない』って呪縛に囚われてるんだ」
「『呪縛』とか『囚われてる』って言い方は、偏ってるんじゃないかな」
柘植野はハッとした。
「そうだね……。恋人にとっては、大切な目標なんだ」
「恋人は学生?」
「大学1年生。あと3年と少しの間に、厳しい家に戻らなくていいんだと、思ってほしいんだ」
「うーん……。具体的に、どう厳しいの?」
柘植野は、柴田から聞いたエピソードと、実際に妹と接触しての印象を、できるだけ中立に話した。
「なるほど。キツい家だね。戻ってほしくないのはよく分かる。ぼくだって、完全に部外者だけど、恋人がその家から自由になってほしいと思う」
「うん。恋人は、まだ自分が両親に刷り込みを受けているのに気づいていないんだ」
「そうだね。僕も大学の途中まではそうだった」
「……!! どうやって抜け出したの?」
柘植野は、求めていた回答を得られると思って、身を乗り出した。
「『自分で』抜け出したいと思ったんだよ」
中道は、「自分で」に力を込めて、ゆっくりと話した。
——『自分は呪縛を受けている』と自覚して、『変わりたい』と思わなければ、呪縛は解けないと思うんです。
柘植野は、三浦にも同じようなことを言われたと、思い出した。
「柘植野は、なんで恋人に、実家の『呪縛』から抜け出してほしいの?」
「……恋人を傷つける人たちから、恋人を遠ざけたいから」
「もっと利己的な理由があるでしょ?」
中道は、運ばれてきたステーキとハンバーグを、カツカツとナイフの音を立てて切り分けた。
最初に全部サイコロ状に切り分けてしまうところに、性格が出ている。
「利己的な……。そうだね。僕は、恋人と将来を考えたい。だから、恋人が群馬の実家に戻るというのは……」
「毒実家と付き合いを持ちたくない。違う?」
中道は、イラ立っているのが分かる口調で問いかけた。
「うん……。そうだね。利己的だよね……」
「妹の相手をして疲れてるのは分かるけど」
中道は長いため息をついた。
「柘植野はもっと利己的な動機に動かされてる」
「……? 僕は、中道にウソをついたりしてない」
「ごめん、イライラしてきた。柘植野は、年下の恋人を助けてやって、気持ちよくなってるだけでしょ」
中道のフォークが、カツンと熱い鉄板を叩いた。
「……確かに、支えて助けたい気持ちはあるよ、でも恋人が僕を支えてくれてる側面も、忘れないようにしてる」
柘植野は焦って言った。
でも、これは言い訳だと、自分が一番分かっていた。
図星だった。
出会ったときからずっと、年長者として助けたいと思っていた。
柴田の心に空いた穴を見つけて、埋めてあげたいと思った。
まだ若い恋人を支え、導くのは、気持ちよかった。
「おれは、人を助けて気持ちよくなってる奴が一番嫌いなんだよね。気持ちよくなって、自分の中の弱いところを埋めようとする奴がさ」
柘植野は、中道の口調が急に荒くなったので、驚いた。そして怖くなった。
「その恋人は自由にしてやれよ。自分で自分の面倒見る以外に、毒親から自由になる方法なんてないんだよ」
「……!!」
「柘植野は、もっと『普通の』彼氏を作って、何の心配もなく暮らせよ」
中道は、ステーキとハンバーグを残したまま、席を立った。
テーブルに2千円を置いて、柘植野の肩をポンと叩いた。
「な。お前はそんな男に関わらなくていい。そいつには自分で自分の面倒を見させろ」
「……僕の大切な人を『そんな男』とか『そいつ』とか言うなよ」
「お前にできることはない。このまま2人とも不幸になって、終わるぞ」
「だからこそアドバイスが欲しい! 中道!」
中道は返事をせず、本当にファミレスを出て行ってしまった。
柘植野は、二重にショックを受けた。
中道について、そして自分と柴田の関係について。
中道はいつも大人しくて優しくて、目立たないけどいい奴だと思っていた。
今日のように豹変したことが、第一にショックだった。
そして、突きつけられた現実を受け入れられないまま、中道の言葉を頭の中で繰り返して、そのたびに傷ついた。
優さんが自由になるには、自力で目覚めるのを待つしかない。僕にできることはない。
今まで、将来を意識してもらおうとやってきたことは、全部無駄だったんだ。
僕は、優さんを利用して、人助けをして気持ちよくなって、自分の傷を埋めていた。
少しも否定できなかった。パトロン契約を結んだとき、ひとえに「心の傷を埋めてあげたい」と思った。
そして、優さんとの関係を通じて、自分のトラウマを慰めていた。
糀谷——柘植野を深く傷つけた年上の元恋人——と自分は違うのだと確かめて、安心していた。
ポットパイのパイを全部突き崩して、シチューと混ぜ合わせた。
味が分からないまま食べ終えて、中道が残した分も食べた。
中道は正しい。それに、僕のためを思って、厳しく言ってくれたのかもしれない。
そんな状況でも、ご飯を残すのは、間違ってるよ。
——その恋人は自由にしてやれよ。
SNSの通知が鳴った。でも、柘植野は見る気にならなかった。
結芽に特定されているというSNSアカウントが、ただ鬱陶しかった。
交流のある人はいるけど、何も言わずにアカウントを消してしまいたかった。それくらい、結芽の存在が苦痛だった。
——優さんと別れたら、もう結芽さんは、僕のことを放っておいてくれるだろうか。
一瞬、悪い考えが頭をよぎった。
しかし、結芽から解放された自分を想像すると、あまりにも清々しかった。
柘植野は、旧友とファミレスというシチュエーションにテンションが上がって、ニコニコとしゃべる。
中道は、ほんの少し照れた顔をした。
それでも、素直に「ぼくも嬉しいよ」と口にできない性格は、変わっていない。
柘植野はポットパイとパンを注文した。
外食するとき、柘植野はつい「これは優さんに作ってもらえるだろうか」と考える。
作ってもらえそうならリクエストするので、作るのが難しそうなポットパイを選んだ。
中道はハンバーグとステーキのコンビを注文した。
この男は、どういう基準でメニューを決めたのだろう、と柘植野は思った。
このファミレスにいる全員が、それぞれの理由でメニューを決めている。そしてそれぞれの「おいしい」がある。
柘植野は、やっぱり人間の「食べる」営みは美しいと思った。
「柘植野? 相談っていうのは?」
中道に呼ばれて、柘植野はハッと意識を中道との会話に戻した。
「実家について、聞いてもいいかな。中道の実家は、厳しい家だと聞いてる」
「うーん……。内容次第だな。ぼくは実家とはほぼ絶縁してる。それくらいの関係だから、話したくないこともある」
中道は、少し表情を硬くした。
「もちろん、それで構わない。ありがとう」
「いやいや。それで、ぼくの実家と、柘植野の悩みはどうつながるのかな」
「僕の恋人の実家も厳しい家で、しかも、『長男だから家を引き継がないといけない』って呪縛に囚われてるんだ」
「『呪縛』とか『囚われてる』って言い方は、偏ってるんじゃないかな」
柘植野はハッとした。
「そうだね……。恋人にとっては、大切な目標なんだ」
「恋人は学生?」
「大学1年生。あと3年と少しの間に、厳しい家に戻らなくていいんだと、思ってほしいんだ」
「うーん……。具体的に、どう厳しいの?」
柘植野は、柴田から聞いたエピソードと、実際に妹と接触しての印象を、できるだけ中立に話した。
「なるほど。キツい家だね。戻ってほしくないのはよく分かる。ぼくだって、完全に部外者だけど、恋人がその家から自由になってほしいと思う」
「うん。恋人は、まだ自分が両親に刷り込みを受けているのに気づいていないんだ」
「そうだね。僕も大学の途中まではそうだった」
「……!! どうやって抜け出したの?」
柘植野は、求めていた回答を得られると思って、身を乗り出した。
「『自分で』抜け出したいと思ったんだよ」
中道は、「自分で」に力を込めて、ゆっくりと話した。
——『自分は呪縛を受けている』と自覚して、『変わりたい』と思わなければ、呪縛は解けないと思うんです。
柘植野は、三浦にも同じようなことを言われたと、思い出した。
「柘植野は、なんで恋人に、実家の『呪縛』から抜け出してほしいの?」
「……恋人を傷つける人たちから、恋人を遠ざけたいから」
「もっと利己的な理由があるでしょ?」
中道は、運ばれてきたステーキとハンバーグを、カツカツとナイフの音を立てて切り分けた。
最初に全部サイコロ状に切り分けてしまうところに、性格が出ている。
「利己的な……。そうだね。僕は、恋人と将来を考えたい。だから、恋人が群馬の実家に戻るというのは……」
「毒実家と付き合いを持ちたくない。違う?」
中道は、イラ立っているのが分かる口調で問いかけた。
「うん……。そうだね。利己的だよね……」
「妹の相手をして疲れてるのは分かるけど」
中道は長いため息をついた。
「柘植野はもっと利己的な動機に動かされてる」
「……? 僕は、中道にウソをついたりしてない」
「ごめん、イライラしてきた。柘植野は、年下の恋人を助けてやって、気持ちよくなってるだけでしょ」
中道のフォークが、カツンと熱い鉄板を叩いた。
「……確かに、支えて助けたい気持ちはあるよ、でも恋人が僕を支えてくれてる側面も、忘れないようにしてる」
柘植野は焦って言った。
でも、これは言い訳だと、自分が一番分かっていた。
図星だった。
出会ったときからずっと、年長者として助けたいと思っていた。
柴田の心に空いた穴を見つけて、埋めてあげたいと思った。
まだ若い恋人を支え、導くのは、気持ちよかった。
「おれは、人を助けて気持ちよくなってる奴が一番嫌いなんだよね。気持ちよくなって、自分の中の弱いところを埋めようとする奴がさ」
柘植野は、中道の口調が急に荒くなったので、驚いた。そして怖くなった。
「その恋人は自由にしてやれよ。自分で自分の面倒見る以外に、毒親から自由になる方法なんてないんだよ」
「……!!」
「柘植野は、もっと『普通の』彼氏を作って、何の心配もなく暮らせよ」
中道は、ステーキとハンバーグを残したまま、席を立った。
テーブルに2千円を置いて、柘植野の肩をポンと叩いた。
「な。お前はそんな男に関わらなくていい。そいつには自分で自分の面倒を見させろ」
「……僕の大切な人を『そんな男』とか『そいつ』とか言うなよ」
「お前にできることはない。このまま2人とも不幸になって、終わるぞ」
「だからこそアドバイスが欲しい! 中道!」
中道は返事をせず、本当にファミレスを出て行ってしまった。
柘植野は、二重にショックを受けた。
中道について、そして自分と柴田の関係について。
中道はいつも大人しくて優しくて、目立たないけどいい奴だと思っていた。
今日のように豹変したことが、第一にショックだった。
そして、突きつけられた現実を受け入れられないまま、中道の言葉を頭の中で繰り返して、そのたびに傷ついた。
優さんが自由になるには、自力で目覚めるのを待つしかない。僕にできることはない。
今まで、将来を意識してもらおうとやってきたことは、全部無駄だったんだ。
僕は、優さんを利用して、人助けをして気持ちよくなって、自分の傷を埋めていた。
少しも否定できなかった。パトロン契約を結んだとき、ひとえに「心の傷を埋めてあげたい」と思った。
そして、優さんとの関係を通じて、自分のトラウマを慰めていた。
糀谷——柘植野を深く傷つけた年上の元恋人——と自分は違うのだと確かめて、安心していた。
ポットパイのパイを全部突き崩して、シチューと混ぜ合わせた。
味が分からないまま食べ終えて、中道が残した分も食べた。
中道は正しい。それに、僕のためを思って、厳しく言ってくれたのかもしれない。
そんな状況でも、ご飯を残すのは、間違ってるよ。
——その恋人は自由にしてやれよ。
SNSの通知が鳴った。でも、柘植野は見る気にならなかった。
結芽に特定されているというSNSアカウントが、ただ鬱陶しかった。
交流のある人はいるけど、何も言わずにアカウントを消してしまいたかった。それくらい、結芽の存在が苦痛だった。
——優さんと別れたら、もう結芽さんは、僕のことを放っておいてくれるだろうか。
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