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第一部 ご飯パトロン編
48. 無意識の「あーん」
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「わ~~牛肉、おいしい!!」
「よかったですねえ」
柴田は、初体験の牛カツをひと口目から気に入った。
味がいいのはもちろん、自分で焼くのも楽しい。それに、抹茶塩や醤油やレモンが付いてきて、どの味を試すか考えるのもワクワクする。
「柘植野さんどうぞ!」
柴田は、いい感じに焼いた2切れ目を、箸で掴んで柘植野に差し出した。柘植野が頼んだ豚カツは、まだ運ばれてきていない。
「あ、ありがとう……。えっと」
柘植野は頬を染めて、えいっと牛カツにかぶりついた。
柴田は少し考えて、今のが「あーん」というやつだと気づいた。
やってしまった! 無意識だった!
まだ付き合ってないのに……。
あと3日待たないといけないのに、おれ、調子に乗りました……。
「柴田さん? どうしたの?」
「無自覚に『あーん』してしまいました……」
「そうですね。ちょっと恥ずかしかったです」
柘植野が照れた顔で笑ってくれたから、柴田は安心した。
「おいしいですね。ありがとう」
「すごくおいしいです! 牛肉の塊って、やっぱりどう転んでもおいしいんですよね……」
「あけすけに言ってしまえば全くその通りだよね」
「いや~でも衣もおいしいです。脂っこいのが逆にいいかな、みたいな」
「あー、分かります。塩とか醤油とか、さっぱり系の味付けだから、脂っぽい衣が逆にいい」
「肉も赤身ですしね! バランス最強だな……」
ここで柘植野の豚カツも運ばれてきた。
「柴田さん」
「はい」
「あーん、してほしいですか」
「それは……おれにはちょっとまだ早いです」
「よかった。僕もまだ心の準備が……。ひと切れどうぞ」
「ありがとうございます」
柴田が豚カツをひと切れ自分の皿に取って、2人で一緒に豚カツを頬張った。
「あ~おいしい。僕は結構、豚肉そのものの味が好きです」
「豚肉、ほかのどの肉にもない風味がありますよね! おれ、肉の中では豚肉の肉汁の味が一番好きかもです」
「そうなんですよ! 僕もそうです。サラッとしてて優しくて、なんというか、『はんなり』って感じ?」
「はんなり……。なんとなく優しさは分かります」
柴田は柘植野の食レポのレベルが高すぎて着いていけなかった。レベル100どころではないのかもしれない。
「わ、柘植野さん、このお漬物もおいしいですよ」
「ほんとだ。でも——」
柘植野は手を口元に当てて、ひそひそ声にした。
「海野屋のお漬物の方が好きです」
「えへへ~。そうですかね」
「あれはおいしいです」
バイト先の味を褒められて、柴田は頬を緩めた。
「あの、二十歳になったら、柘植野さんとのこと、海野屋の人に言ってもいいんですか」
柴田はちらちらと柘植野の様子をうかがった。柘植野は恥ずかしくて手で顔を覆った。
「いいです……。もちろんいいです……。すごく恥ずかしいけど……」
「『わんこ君が王子を捕まえた』ってからかわれちゃいますね」
「……? 『わんこ君』と『王子』とは?」
「おれが『わんこ君』です。柴田だし、柴犬みたいだから」
「な、なるほど……?」
「柘植野さん、『王子』って呼ばれてるの知らないんですか?」
「え?? 知らないです……」
柴田はハッと口に手を当てて、目を逸らした。余計なことを言ったかもしれない。
「海野屋さん、あだ名制度あるんだ……」
「ありますね」
柘植野は、行きつけの元気なオバチャンたちが切り盛りする定食屋を思い出す。
あのオバチャンたちに、柴田との交際を知られると想像すると、たまらなく恥ずかしい。からかわれるに決まっている。
柴田は牛カツを焼きながら、「真っ赤な柘植野さん、かわいい……」と人ごとのように思っていた。
「よかったですねえ」
柴田は、初体験の牛カツをひと口目から気に入った。
味がいいのはもちろん、自分で焼くのも楽しい。それに、抹茶塩や醤油やレモンが付いてきて、どの味を試すか考えるのもワクワクする。
「柘植野さんどうぞ!」
柴田は、いい感じに焼いた2切れ目を、箸で掴んで柘植野に差し出した。柘植野が頼んだ豚カツは、まだ運ばれてきていない。
「あ、ありがとう……。えっと」
柘植野は頬を染めて、えいっと牛カツにかぶりついた。
柴田は少し考えて、今のが「あーん」というやつだと気づいた。
やってしまった! 無意識だった!
まだ付き合ってないのに……。
あと3日待たないといけないのに、おれ、調子に乗りました……。
「柴田さん? どうしたの?」
「無自覚に『あーん』してしまいました……」
「そうですね。ちょっと恥ずかしかったです」
柘植野が照れた顔で笑ってくれたから、柴田は安心した。
「おいしいですね。ありがとう」
「すごくおいしいです! 牛肉の塊って、やっぱりどう転んでもおいしいんですよね……」
「あけすけに言ってしまえば全くその通りだよね」
「いや~でも衣もおいしいです。脂っこいのが逆にいいかな、みたいな」
「あー、分かります。塩とか醤油とか、さっぱり系の味付けだから、脂っぽい衣が逆にいい」
「肉も赤身ですしね! バランス最強だな……」
ここで柘植野の豚カツも運ばれてきた。
「柴田さん」
「はい」
「あーん、してほしいですか」
「それは……おれにはちょっとまだ早いです」
「よかった。僕もまだ心の準備が……。ひと切れどうぞ」
「ありがとうございます」
柴田が豚カツをひと切れ自分の皿に取って、2人で一緒に豚カツを頬張った。
「あ~おいしい。僕は結構、豚肉そのものの味が好きです」
「豚肉、ほかのどの肉にもない風味がありますよね! おれ、肉の中では豚肉の肉汁の味が一番好きかもです」
「そうなんですよ! 僕もそうです。サラッとしてて優しくて、なんというか、『はんなり』って感じ?」
「はんなり……。なんとなく優しさは分かります」
柴田は柘植野の食レポのレベルが高すぎて着いていけなかった。レベル100どころではないのかもしれない。
「わ、柘植野さん、このお漬物もおいしいですよ」
「ほんとだ。でも——」
柘植野は手を口元に当てて、ひそひそ声にした。
「海野屋のお漬物の方が好きです」
「えへへ~。そうですかね」
「あれはおいしいです」
バイト先の味を褒められて、柴田は頬を緩めた。
「あの、二十歳になったら、柘植野さんとのこと、海野屋の人に言ってもいいんですか」
柴田はちらちらと柘植野の様子をうかがった。柘植野は恥ずかしくて手で顔を覆った。
「いいです……。もちろんいいです……。すごく恥ずかしいけど……」
「『わんこ君が王子を捕まえた』ってからかわれちゃいますね」
「……? 『わんこ君』と『王子』とは?」
「おれが『わんこ君』です。柴田だし、柴犬みたいだから」
「な、なるほど……?」
「柘植野さん、『王子』って呼ばれてるの知らないんですか?」
「え?? 知らないです……」
柴田はハッと口に手を当てて、目を逸らした。余計なことを言ったかもしれない。
「海野屋さん、あだ名制度あるんだ……」
「ありますね」
柘植野は、行きつけの元気なオバチャンたちが切り盛りする定食屋を思い出す。
あのオバチャンたちに、柴田との交際を知られると想像すると、たまらなく恥ずかしい。からかわれるに決まっている。
柴田は牛カツを焼きながら、「真っ赤な柘植野さん、かわいい……」と人ごとのように思っていた。
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