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第一部 ご飯パトロン編
46. 世界一のラブレターを
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22時過ぎ。
柴田に連絡したら訪ねていいと言うので、柘植野は隣室のドアベルを鳴らした。
柴田の家の土間は、相変わらず靴が少なくてさっぱりしている。
柘植野はそこまで上がって、柴田を見上げる形になった。
「柴田さん、すごくおいしかったです。ファンレター、あとで読んでください」
「ありがとうございます! 読むのはあとの方がいいですか?」
「そうですね……。あの、僕から、伝えたいことがあって」
「こ、告白、なら、おれから——」
柴田は真っ赤になって、つっかかりながら言った。
「柴田さん、ごめんなさい。僕は児童文学を書いているから、柴田さんが二十歳になるまでは告白するのもされるのもNGなんです。だから今日は、今までのことを謝らせてください」
「謝る……?」
柴田は顔にハテナを浮かべた。
柘植野は、柴田のこういう素直なところが、たまらなく愛しいと思う。
だから柘植野は、自分の過去を少しだけ柴田に伝えておきたかった。
柴田なら、言い訳めいた事情を素直に受け止めてくれるはずだから。
「少し昔話に付き合ってくれますか。10年前、柴田さんと同じくらいの歳のころ、僕はずっと年上の人と付き合って、結局深く傷ついて終わりました」
柴田は真剣な顔で聞いた。
玄関の土間に降りてきて、2人の視線の高さは少し近くなり、距離はぐっと縮まった。
「だから、僕はそんな大人にならないぞって思っていたんです。若い人とは距離を保って、予防線をいくつも張って、あくまで導き手として接することが正しいと思っていたんです。でも——」
柘植野は目を逸らしかけたが、もう一度まっすぐに柴田の目を見つめた。
「僕のそんな態度が、柴田さんを傷つけていましたよね。ごめんなさい」
少しも目を逸らさずに、目をのぞき込むようにして謝った。柘植野の精一杯の謝罪だった。
目に涙の膜が張るのを見られても、構わなかった。
「……傷ついてたのかは、分かんないです。でも、おれは柘植野さんの恋愛対象外って雰囲気はビシビシ感じてました」
「……そうですよね」
「『年上の人と付き合っちゃいけない』って言われたのを思い出して、釘を刺されたのかなって思いました。そのときは……苦しかったのかも」
「ごめんなさい」
柘植野はうつむいた。
「いや、おれが先に好きになったから……。逆に迷惑じゃないですか? おれの気持ちに巻き込まれて、告白、とか、言ってくれてるんじゃないですか?」
柘植野は胸を打たれて立っていた。
ここが恋の瀬戸際だ。なのに、この青年は自分の気持ちを抑えてでも、相手を気遣う人間なのだ、と。
「巻き込まれたなんて、違います! 僕はあなたを大切にしたい気持ちを間違えてました。僕の気持ちはずっとあなたに向いていたのに、見ないフリをするのが正解だと間違えていました」
「そうだったんですか……!」
柴田の声は泣き出しそうに震えている。
「柴田さん、僕を叱ってください。あなたにちゃんと叱られたい」
「おれは、全然、ずっと、寂しかっただけで傷ついたとかでは……。でも、ずっと寂しかったです!」
2人とも自然に腕を広げて、抱き合った。
「僕は、あなたが好きだって伝える言葉を何百通りも何千通りも持っています。何万通りだって生み出してみせます。世界一のラブレターを書くから、待っててください」
「はい!」
「お誕生日はいつですか?」
柘植野は顔を上げて聞いた。
「8月8日です」
「えっ!? 1週間後!?」
柘植野は驚いて、思わずハグの手を緩めた。
「世界一じゃなくて大丈夫ですよ」
「今までで一番キツい締切かもしれない……」
「世界一にこだわらないで」
柴田の声は、決意を固めた柘植野には届かない。
「プレゼントは何が欲しいですか? 二十歳だからとびきりすごいものでいいですよ」
「いや、じゃあ世界一のラブレターもらえるならそれがいいです」
柴田はたった今もらった「ファンレター」をきゅっとつまんだ。
「……いつものファンレターだってとっても嬉しいのに、『世界一のラブレター』なんて、おれ、どれだけ幸せ者なんですか……!」
頬を染めて話す柴田を、柘植野は心から愛しく思った。
「ふふ。でもラブレターだけなんてダメですよ。外食に行きましょう。スーツじゃないジャケットは持ってますか?」
「スーツじゃないジャケットってなんですか?」
「なるほど。服を買いに行きましょう」
柘植野はジャケットのドレスコードがあるレストランに柴田を連れて行きたかった。
しかし、柴田の普段のファッションから想像するに、そういう場面で着るジャケットは持っていないだろう。
そこでまずジャケットをプレゼントすることにした。
「服……? 分かりました。外食なら、おれ焼肉屋に行きたいです」
「えっ! 焼肉行きたかったんですか!?」
柘植野の頭の中に、浅井の薄笑いがふたたびちらついた。
「おれ、最初は焼肉のつもりだったんです。柘植野さんに隠し事されてたのが、なんか、ショックで……。浅井さんは怖いけど、外では変なことされないだろうと思ったんです」
「ごめんなさい、僕が——」
「謝らないでください。柘植野さんがメッセージをくれたから、おれ、『やっぱり柘植野さんのこと諦めたくないっ!』って思えたんです」
「ありがとう、ございます……!」
柘植野は目を潤ませて、柴田を見上げた。
ほんの少し勇気が足りなかったら、柴田は自分の手からすり抜けていた。そう思うと、柘植野の視界は涙でにじんだ。
2人は、自然に解けていたハグの腕を、もう一度しっかり互いの身体に回した。
「素敵な焼肉屋さんを、予約しておきますね」
「ありがとうございます」
2人は自然に見つめ合った。
ふっと顔が近づきそうになり、慌てて顔を背けた。
心臓がばくばく打っているのを悟られたくなくて、2人はぎこちなく身体を離し、ぎこちなく「おやすみなさい」を言って別れた。
2人の胸に、「世界一のラブレター」の約束はしっかり刻まれたまま。
柴田に連絡したら訪ねていいと言うので、柘植野は隣室のドアベルを鳴らした。
柴田の家の土間は、相変わらず靴が少なくてさっぱりしている。
柘植野はそこまで上がって、柴田を見上げる形になった。
「柴田さん、すごくおいしかったです。ファンレター、あとで読んでください」
「ありがとうございます! 読むのはあとの方がいいですか?」
「そうですね……。あの、僕から、伝えたいことがあって」
「こ、告白、なら、おれから——」
柴田は真っ赤になって、つっかかりながら言った。
「柴田さん、ごめんなさい。僕は児童文学を書いているから、柴田さんが二十歳になるまでは告白するのもされるのもNGなんです。だから今日は、今までのことを謝らせてください」
「謝る……?」
柴田は顔にハテナを浮かべた。
柘植野は、柴田のこういう素直なところが、たまらなく愛しいと思う。
だから柘植野は、自分の過去を少しだけ柴田に伝えておきたかった。
柴田なら、言い訳めいた事情を素直に受け止めてくれるはずだから。
「少し昔話に付き合ってくれますか。10年前、柴田さんと同じくらいの歳のころ、僕はずっと年上の人と付き合って、結局深く傷ついて終わりました」
柴田は真剣な顔で聞いた。
玄関の土間に降りてきて、2人の視線の高さは少し近くなり、距離はぐっと縮まった。
「だから、僕はそんな大人にならないぞって思っていたんです。若い人とは距離を保って、予防線をいくつも張って、あくまで導き手として接することが正しいと思っていたんです。でも——」
柘植野は目を逸らしかけたが、もう一度まっすぐに柴田の目を見つめた。
「僕のそんな態度が、柴田さんを傷つけていましたよね。ごめんなさい」
少しも目を逸らさずに、目をのぞき込むようにして謝った。柘植野の精一杯の謝罪だった。
目に涙の膜が張るのを見られても、構わなかった。
「……傷ついてたのかは、分かんないです。でも、おれは柘植野さんの恋愛対象外って雰囲気はビシビシ感じてました」
「……そうですよね」
「『年上の人と付き合っちゃいけない』って言われたのを思い出して、釘を刺されたのかなって思いました。そのときは……苦しかったのかも」
「ごめんなさい」
柘植野はうつむいた。
「いや、おれが先に好きになったから……。逆に迷惑じゃないですか? おれの気持ちに巻き込まれて、告白、とか、言ってくれてるんじゃないですか?」
柘植野は胸を打たれて立っていた。
ここが恋の瀬戸際だ。なのに、この青年は自分の気持ちを抑えてでも、相手を気遣う人間なのだ、と。
「巻き込まれたなんて、違います! 僕はあなたを大切にしたい気持ちを間違えてました。僕の気持ちはずっとあなたに向いていたのに、見ないフリをするのが正解だと間違えていました」
「そうだったんですか……!」
柴田の声は泣き出しそうに震えている。
「柴田さん、僕を叱ってください。あなたにちゃんと叱られたい」
「おれは、全然、ずっと、寂しかっただけで傷ついたとかでは……。でも、ずっと寂しかったです!」
2人とも自然に腕を広げて、抱き合った。
「僕は、あなたが好きだって伝える言葉を何百通りも何千通りも持っています。何万通りだって生み出してみせます。世界一のラブレターを書くから、待っててください」
「はい!」
「お誕生日はいつですか?」
柘植野は顔を上げて聞いた。
「8月8日です」
「えっ!? 1週間後!?」
柘植野は驚いて、思わずハグの手を緩めた。
「世界一じゃなくて大丈夫ですよ」
「今までで一番キツい締切かもしれない……」
「世界一にこだわらないで」
柴田の声は、決意を固めた柘植野には届かない。
「プレゼントは何が欲しいですか? 二十歳だからとびきりすごいものでいいですよ」
「いや、じゃあ世界一のラブレターもらえるならそれがいいです」
柴田はたった今もらった「ファンレター」をきゅっとつまんだ。
「……いつものファンレターだってとっても嬉しいのに、『世界一のラブレター』なんて、おれ、どれだけ幸せ者なんですか……!」
頬を染めて話す柴田を、柘植野は心から愛しく思った。
「ふふ。でもラブレターだけなんてダメですよ。外食に行きましょう。スーツじゃないジャケットは持ってますか?」
「スーツじゃないジャケットってなんですか?」
「なるほど。服を買いに行きましょう」
柘植野はジャケットのドレスコードがあるレストランに柴田を連れて行きたかった。
しかし、柴田の普段のファッションから想像するに、そういう場面で着るジャケットは持っていないだろう。
そこでまずジャケットをプレゼントすることにした。
「服……? 分かりました。外食なら、おれ焼肉屋に行きたいです」
「えっ! 焼肉行きたかったんですか!?」
柘植野の頭の中に、浅井の薄笑いがふたたびちらついた。
「おれ、最初は焼肉のつもりだったんです。柘植野さんに隠し事されてたのが、なんか、ショックで……。浅井さんは怖いけど、外では変なことされないだろうと思ったんです」
「ごめんなさい、僕が——」
「謝らないでください。柘植野さんがメッセージをくれたから、おれ、『やっぱり柘植野さんのこと諦めたくないっ!』って思えたんです」
「ありがとう、ございます……!」
柘植野は目を潤ませて、柴田を見上げた。
ほんの少し勇気が足りなかったら、柴田は自分の手からすり抜けていた。そう思うと、柘植野の視界は涙でにじんだ。
2人は、自然に解けていたハグの腕を、もう一度しっかり互いの身体に回した。
「素敵な焼肉屋さんを、予約しておきますね」
「ありがとうございます」
2人は自然に見つめ合った。
ふっと顔が近づきそうになり、慌てて顔を背けた。
心臓がばくばく打っているのを悟られたくなくて、2人はぎこちなく身体を離し、ぎこちなく「おやすみなさい」を言って別れた。
2人の胸に、「世界一のラブレター」の約束はしっかり刻まれたまま。
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