43 / 104
第一部 ご飯パトロン編
43. 浅井の涙
しおりを挟む
「おい、自分の家だろ。しゃんとしろ」
柘植野は浅井に引きずられるように自分の部屋に戻った。
「ショック受けてたな」
「……」
「お前、柴田くんに何やらせてんの? あの子の実家のこと知っててやらせてんの?」
「実家……? 不仲としか知らない」
浅井は深いため息をついた。
「あの子の親は金持ちなのね。で、あの子は、親がのびのび働くために1人で家事を全部やらされてたの。部活も入らず、受験勉強の時間も削って家事をやってたの。そのせいで一浪したのに、親にはディスられるわで……」
浅井は荒い息をついて言葉を切った。
「それで、柴田くんが出ていくときに『この家の家事は誰がやるのか』って聞いたらなんだと思う? 家事代行を雇えるんだと!!」
浅井の語気は荒い。柘植野は、浅井がこれほど誰かに肩入れして怒るのを初めて見た。
いや、大学時代、2人がスレた大人になる前には、こういうことがあったかもしれない。
「自分らの産んだ子だぞ? 家のこと全部やらせるために産んだのかよ!? 家の切り盛りくらい計画してから子育てをしろよ! 楽しく激務三昧してんじゃねぇよ!」
浅井は激しく息をついた。
「あの子から聞き出した情報で調べたんだよ。両親とも同じメーカー勤務で、母親は経営幹部、父親は研究部門の部長だ。あの子を犠牲にしてキャリアに全振りしてんだよ! 金持ちのくせにケチケチしやがって……! あの子はシンデレラか!?」
柘植野は口をつぐんでいた。
柴田のことも、浅井のことも、自分は何も知らなかったのかもしれない。何かしゃべったら、泣いてしまいそうだった。
柴田は、妹も弟も、少しも手伝ってくれないとぼやいていた。
いくつ歳の離れたきょうだいかは知らない。
それでも3人きょうだいで、長男だけが家のこと全部を受け持つなんて、あんまりだ。
「ケチケチしたクソ親どもが、あの子の青春全部奪ったんだよ! それなのに受験では無理難題押し付けて、マジでクソ……。あの子は、ほんの少し家事代行をケチるために、誰にも感謝されないでずーっと家を切り盛りしてた……」
浅井は顔を背けた。
声が震えていた。泣いているんだと分かった。
柘植野は、浅井がここまで誰かのために怒って泣く人間だとは思っていなかった。言葉が出なかった。
「おい。聞いてんのかよ!」
「……知らなかった。それなのに、なんで僕には……」
「食レポレベルが100で? ファンレター?をくれるから、らしいわ。まあ、お前はあの子を傷つけないだけの対価は与えられてるんだろ」
柘植野は黙って、目に涙を浮かべた。
「もう引き返せないぞお前。分かっただろ」
「分かった」
柘植野はかすれた声で、でもしっかりと答えた。
自分のファンレターが、柴田さんの深い傷を埋めるものだと理解した。
だから柴田さんは、渇いた植物が水を求めるように、感想が欲しかったんだ。
「おいしい」のひと言でもきっとよかった。
でも僕には言葉の力があったから、柴田さんを深く深く満たすことができた。
柴田さんは僕を必要としている。僕は柴田さんに渡す言葉をいくらでも持っている。
ここで立ち去るわけにはいかない。
「柴田さんが『もうお腹いっぱいですよ』と笑ってくれるまで、僕はファンレターを書く」
柘植野は、噛み締めるように決意を口にした。
「なんか決意してるとこ悪いけど、柴田くん次第だからね。もうお前とは関わりたくないかもよ」
「……そうだね」
泣きたくないのに泣いてしまった。
自分はずっと間違えていた。
若者と関わればどちらかが傷つくかもしれないのに、踏み込んだ。
好意を持たれていると分かっていたのに、気づかないフリをした。
自分の中の好意を曖昧にごまかして、気持ちを伝えなかった。
ずっと柴田さんを傷つけている。
もう、柴田さんを大切にしたいなら、「あなたが好きです」と伝えるしかないんだな。
柴田さんが、僕を受け入れてくれるなら、だけど。
「一応焼肉行くか聞いて帰るけど、行かないだろうなあ~。ショック受けてたもんな。お前が本性隠してたせいで」
「そうだね。割り込んで悪かった。焼肉行けそうなら、楽しんで」
「お前のそういう、割り切ったふうの強がりを言うところが嫌いで好きだよ」
「柴田さんを口説いてろ。クズが」
浅井はケラケラ笑って玄関に向かった。柘植野はこの男が心底嫌いだと思ったが、笑い声に救われたのも事実だった。
「悪いけど、口説き文句なら僕が上手だからな」
「ふーん? 作家先生のぽわぽわした口説き文句と? エリート営業マンの地に足の付いた口説き文句と? どっちが上手でしょうねえ?」
「僕に決まってる。青少年はぽわぽわが好きなんだ」
「ふふん。驕ってろよ」
浅井はいつものように薄く笑い、出ていった。
柘植野は浅井に引きずられるように自分の部屋に戻った。
「ショック受けてたな」
「……」
「お前、柴田くんに何やらせてんの? あの子の実家のこと知っててやらせてんの?」
「実家……? 不仲としか知らない」
浅井は深いため息をついた。
「あの子の親は金持ちなのね。で、あの子は、親がのびのび働くために1人で家事を全部やらされてたの。部活も入らず、受験勉強の時間も削って家事をやってたの。そのせいで一浪したのに、親にはディスられるわで……」
浅井は荒い息をついて言葉を切った。
「それで、柴田くんが出ていくときに『この家の家事は誰がやるのか』って聞いたらなんだと思う? 家事代行を雇えるんだと!!」
浅井の語気は荒い。柘植野は、浅井がこれほど誰かに肩入れして怒るのを初めて見た。
いや、大学時代、2人がスレた大人になる前には、こういうことがあったかもしれない。
「自分らの産んだ子だぞ? 家のこと全部やらせるために産んだのかよ!? 家の切り盛りくらい計画してから子育てをしろよ! 楽しく激務三昧してんじゃねぇよ!」
浅井は激しく息をついた。
「あの子から聞き出した情報で調べたんだよ。両親とも同じメーカー勤務で、母親は経営幹部、父親は研究部門の部長だ。あの子を犠牲にしてキャリアに全振りしてんだよ! 金持ちのくせにケチケチしやがって……! あの子はシンデレラか!?」
柘植野は口をつぐんでいた。
柴田のことも、浅井のことも、自分は何も知らなかったのかもしれない。何かしゃべったら、泣いてしまいそうだった。
柴田は、妹も弟も、少しも手伝ってくれないとぼやいていた。
いくつ歳の離れたきょうだいかは知らない。
それでも3人きょうだいで、長男だけが家のこと全部を受け持つなんて、あんまりだ。
「ケチケチしたクソ親どもが、あの子の青春全部奪ったんだよ! それなのに受験では無理難題押し付けて、マジでクソ……。あの子は、ほんの少し家事代行をケチるために、誰にも感謝されないでずーっと家を切り盛りしてた……」
浅井は顔を背けた。
声が震えていた。泣いているんだと分かった。
柘植野は、浅井がここまで誰かのために怒って泣く人間だとは思っていなかった。言葉が出なかった。
「おい。聞いてんのかよ!」
「……知らなかった。それなのに、なんで僕には……」
「食レポレベルが100で? ファンレター?をくれるから、らしいわ。まあ、お前はあの子を傷つけないだけの対価は与えられてるんだろ」
柘植野は黙って、目に涙を浮かべた。
「もう引き返せないぞお前。分かっただろ」
「分かった」
柘植野はかすれた声で、でもしっかりと答えた。
自分のファンレターが、柴田さんの深い傷を埋めるものだと理解した。
だから柴田さんは、渇いた植物が水を求めるように、感想が欲しかったんだ。
「おいしい」のひと言でもきっとよかった。
でも僕には言葉の力があったから、柴田さんを深く深く満たすことができた。
柴田さんは僕を必要としている。僕は柴田さんに渡す言葉をいくらでも持っている。
ここで立ち去るわけにはいかない。
「柴田さんが『もうお腹いっぱいですよ』と笑ってくれるまで、僕はファンレターを書く」
柘植野は、噛み締めるように決意を口にした。
「なんか決意してるとこ悪いけど、柴田くん次第だからね。もうお前とは関わりたくないかもよ」
「……そうだね」
泣きたくないのに泣いてしまった。
自分はずっと間違えていた。
若者と関わればどちらかが傷つくかもしれないのに、踏み込んだ。
好意を持たれていると分かっていたのに、気づかないフリをした。
自分の中の好意を曖昧にごまかして、気持ちを伝えなかった。
ずっと柴田さんを傷つけている。
もう、柴田さんを大切にしたいなら、「あなたが好きです」と伝えるしかないんだな。
柴田さんが、僕を受け入れてくれるなら、だけど。
「一応焼肉行くか聞いて帰るけど、行かないだろうなあ~。ショック受けてたもんな。お前が本性隠してたせいで」
「そうだね。割り込んで悪かった。焼肉行けそうなら、楽しんで」
「お前のそういう、割り切ったふうの強がりを言うところが嫌いで好きだよ」
「柴田さんを口説いてろ。クズが」
浅井はケラケラ笑って玄関に向かった。柘植野はこの男が心底嫌いだと思ったが、笑い声に救われたのも事実だった。
「悪いけど、口説き文句なら僕が上手だからな」
「ふーん? 作家先生のぽわぽわした口説き文句と? エリート営業マンの地に足の付いた口説き文句と? どっちが上手でしょうねえ?」
「僕に決まってる。青少年はぽわぽわが好きなんだ」
「ふふん。驕ってろよ」
浅井はいつものように薄く笑い、出ていった。
20
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
麗しの眠り姫は義兄の腕で惰眠を貪る
黒木 鳴
BL
妖精のように愛らしく、深窓の姫君のように美しいセレナードのあだ名は「眠り姫」。学園祭で主役を演じたことが由来だが……皮肉にもそのあだ名はぴったりだった。公爵家の出と学年一位の学力、そしてなによりその美貌に周囲はいいように勘違いしているが、セレナードの中身はアホの子……もとい睡眠欲求高めの不思議ちゃん系(自由人なお子さま)。惰眠とおかしを貪りたいセレナードと、そんなセレナードが可愛くて仕方がない義兄のギルバート、なんやかんやで振り回される従兄のエリオットたちのお話し。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが
なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です
酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります
攻
井之上 勇気
まだまだ若手のサラリーマン
元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい
でも翌朝には完全に記憶がない
受
牧野・ハロルド・エリス
天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司
金髪ロング、勇気より背が高い
勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん
ユウキにオヨメサンにしてもらいたい
同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます
ドS皇子が婚約破棄までして歳上教師の俺に求愛してくる
Q.➽
BL
異世界の自分と入れ替わったら、元の世界の教え子の陰キャ生徒にそっくりなドS平凡皇子様に寵愛されてて、側妃どころか結婚まで迫られてるという状況だった事に涙目のイケメン教師の話。
主人公 桐原 七晴 (きりはら ななせ)
生徒 宇城 三環 (うじょう さわ)
※ 11話以降からの、逃亡した桐原側の話は(逃桐)と表記します。
宇城に関しては、元世界線側は現、と名前の前に表記して話を進めます。
※主人公は2人の桐原。同じ人間ですがパラレルワールド毎に性格は違います。
桐原は静、逃げた方の桐原は動、と思っていただけるとわかり易いかと存じます。
※シリアスではございません。
チャラ男会計目指しました
岬ゆづ
BL
編入試験の時に出会った、あの人のタイプの人になれるように…………
――――――それを目指して1年3ヶ月
英華学園に高等部から編入した齋木 葵《サイキ アオイ 》は念願のチャラ男会計になれた
意中の相手に好きになってもらうためにチャラ男会計を目指した素は真面目で素直な主人公が王道学園でがんばる話です。
※この小説はBL小説です。
苦手な方は見ないようにお願いします。
※コメントでの誹謗中傷はお控えください。
初執筆初投稿のため、至らない点が多いと思いますが、よろしくお願いします。
他サイトにも掲載しています。
αなのに、αの親友とできてしまった話。
おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。
嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。
魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。
だけれど、春はαだった。
オメガバースです。苦手な人は注意。
α×α
誤字脱字多いかと思われますが、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる